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想像してたのと違うんですけど~母未満日記~

2023.06.08 公開 ツイート

涙の卒乳日記。バイバイ「パッパイ」。 夏生さえり

2月、息子・1歳9ヶ月のころ。

ついに、ついに、ついに、卒乳、しちゃいました……。卒乳時期は、私の心もぐちゃぐちゃのぐちょぐちょになって情緒不安定になったものよ……。

 

まず「卒乳」っていうのは、子が自分のタイミングで授乳を卒業していくことで、「断乳」ってのは親のほうから「もうおっぱいおしまいね」と授乳をやめる決断をすることなんだけども、この卒乳・断乳問題、もうほんと~~~にいろんな説というか派閥(?)があるんですよ。

断乳派の主張は「虫歯のリスクもあるので1歳くらいまでには断乳しよう」「母もしんどいしね。やめたほうが楽よォ」「離乳食食べ始めたら授乳の必然性はなくなるので、執着心が出てくる前にやめたほうが……」って感じ。どうやら執着心が出てからやめさせるのはかなり難しいらしく、「おっぱいにカラシを塗ってやめさせた」とか「おっぱいにアンパンマンの絵を描いて“おっぱいが消えて、アンパンマンになっちゃったよ……”と言って説得した」とか、そんなおもしろエピソードもよく聞いて、他人事なら笑えるけども、いつか自分がおっぱいにこっそり絵を描く日が来るかもしれないと思ったら、なんだか妙に切なくて、私はこれを密かに恐れていた。

一方、卒乳派は「子供が欲しがるまでは、あげ続けたい」「授乳をする時間は、母子ともに幸せホルモンが出るので、授乳は大事」という感じ。

どちらを選んでも間違いではないようなんだけど、母へのメリット? で言えば、圧倒的に断乳の勝利。そもそも授乳って、やっぱり大変なのよね。お酒は飲めないし、タバコももちろんダメ。それに、薬も弱いものしか飲めないので、高熱が出ても頭痛があっても花粉で鼻水地獄に陥っても、いつも通りには服用できない。それだけじゃなくて、一説によると、1回の授乳でだいたい60キロカロリーを消費するらしい。60キロカロリーと言ったら、トランポリンを20分飛び続けたくらいに匹敵する、と。 正気か?「子供を産んでから、なんか疲れやすくなったな」「すぐ眠くなっちゃう」と嘆いていたけど、そりゃそーだ! むしろぶっ倒れてもおかしくないわ! ってなくらいのカロリー消費。それから、子に歯が生え始めると、乳首を思いっきり噛まれて乳首が取れかけた……なんて話や、乳首に裂傷ができて泣きながら授乳した……、なんてこともある(実際に私も深い傷ができた……)。さらにさらに、なぜだか授乳をやめると、子が朝までぐっすり寝てくれるようになる! って話もあって、いやあ、どう考えてもメリットしかないです、断乳一択! ……なんだけど。あらゆるメリットをテーブルの上に並べられてもなお、「いや……、私は……、卒乳まで待ちます……」と宣言し続けていた(誰に?)。

たしかにつらい。つらいんだけども、たった数年の話じゃないか。もし第二子を産まなければ、授乳の気分を味わえるのは、今だけ。だったら必要じゃ無くなる日が来るまでは待とうじゃないか、いくらなんでも、中学生になってもおっぱいを飲み続ける子はいるまい、いつか彼のタイミングで、必要なくなったよと手を離される日まではあげようじゃないか、と。私は、そういうわけで卒乳派だったわけです。

卒乳の雰囲気が出てきたら、積極的に飲ませたりせず背中を押そう。

それだけを自分の中でしっかり決めて、授乳を続けた。生後7ヶ月ごろには授乳を意味するベビーハンドサイン(手をグーパーさせる)を覚え、欲しくなると自分でグーパーグーパーと要求するようになり、そのうち「おっぱい」ではなく「パッパイ」と言うようになって、毎晩、「ねよっか」と声をかけると、ベッドまで走っていき「ねんね~! パッパイ~!」と繰り返し言っていた息子。1歳半を超えたころから「飲まなくてもいいんだよ」とか「大きくなったから、パッパイナイナイしてもいいよ」と声をかけるも「パッパ~イ!(ぐびぐび)」と当たり前のように飲んでいた。これは……もしかして……4歳まで飲み続けるとか、そういうパターンのやつ……? そ、それは母ちゃんの乳首の強度的に心配だよ? と、思っていた。が。

ある日、息子はパッパイを飲み忘れて、眠ったのだった。

「ねんね~!」と朗らかにベッドにむかったのに、絵本に気をとられて「パッパイ」を忘れている息子に気づき、このまま気をそらしてしまおうと必死に絵本をめくり、その後も「お歌、うたおっか!」と、となりのトトロの「さんぽ」を歌ったり、「ミッキーマウスマーチ」を歌ったり、彼がパッパイを思い出さないように、あれやこれやと手を尽くしているうちに……、寝た。翌日も、忘れて眠った。その翌日も、忘れて眠った。明け方に、ちょっと目が覚めて「パッパイ……」と小さな声でつぶやく日もあったけれど、「大丈夫だよ。ねんねしようね」と声をかけると、夢のほうに簡単に落ちていく息子。そうして一週間後。早朝に寝ぼけながら「パッパイ」とつぶやいた息子に「もう何日も飲んでないでしょ。だから大丈夫だよ。ママと手をつないで寝ようね」と言うと、すぐにコロンと転がって寝て、この日が最後の「パッパイ」になった。

もしかしたら気まぐれで、またあっさり飲みたがる日がくるかもと、数日は薬もお酒も飲まずに過ごしたけど、息子がもう後戻りをすることはなくて、さらに数日が経って、やっと私も「終わってしまったのだ」と思った。

成長していく息子の背中を押して、パッパイを忘れさせるように必死で絵本をめくったのは自分なのに、ごまかすように楽しい歌を口ずさんで気をそらしたのは自分なのに、いざ飲まずに寝てしまうと寂しくて、寝かしつけを終えて、ソファでひとり、しくしく泣いた。夫は、その寂しさには気づいてくれず、授乳がいかに母だけのものであるかも思い知って、その特権を失ったこともまた、さみしかった。いま、まさに、彼は大きくなるための階段をのぼっているところで、あともう一段のぼってしまうと、二度とおっぱいを飲むことはなくなるのだ、とわかっていながら、おしりを支え、上へと持ち上げる。この先も、さみしいな、行かないで、と思いながら、それを伝えずに、笑顔で背中を押す瞬間が、たくさん来るのだろう。そう思うと、親になったことがちょっと怖くなるくらい、心がビリビリになった。育児をしていると、常にタイムリミットを感じる。いつまで飲んでくれる? いつまで手をつないでくれる? いつまで「ママ!」と抱きついてくれる? いつまで? いつまで? その切なさみたいなのが常にあって、先へ進むということは、ひとつひとつが終わっていくということでもあって、切ない。

でも、切なくてさみしくて仕方ないけれど、同時に嬉しくもあるのは、きみが、ちゃんと自分のタイミングで前に進んでいるのが、手に取るようにわかるから。その姿はやっぱり誇らしくもあるから。

あーあ。
きつかったなあ。つらかったなあ。いたかったなあ。ねむかったなあ。

出産直後、ガチガチに張ったおっぱいから母乳が滴り落ちる姿はグロテスクで、しかもきみは別の病院に搬送されていて、ひとりで病室の鏡の前で泣いたなあ。助産師さんの爪が長くて、乳首のマッサージが痛かったなあ。熱を持って、冗談みたいに固くなったおっぱいに保冷剤を当てたまま寝たなあ。飲ませるのがこんなに難しいと知らなくて、ほとんど上半身裸になって、必死にきみの首を掴んで乳首に押し当てたなあ。吸い付くことに疲れて、寝てしまった顔を見ながら「お願い、飲んでよ」と泣いたなあ。そのうち、たくさん出るようになって、少し飲まれるだけでじゅわっとおっぱいが熱くなって、勢いよく噴き出して、きみの顔をぬらすこともあったなあ。よく搾乳もした。先輩からもらった自動搾乳機を両胸につけて「しゅぽっしゅぽっしゅぽっしゅぽっ」とまぬけな音が響くなかで、牛のようにぽたぽたとおっぱいを絞った。保存用のちいさな袋に詰め替えて凍らせて、なんだか食糧生産機みたいだなと思った。2度、乳腺炎にもなって、高い熱が出て、服が当たるだけで痛むおっぱいを母乳外来で揉みしだいてもらったときは、痛すぎて涙が出た。息子の風邪が何度もうつって、39度の熱が出ても、薬も飲めなかった。医者に「まだ授乳してるの?」とバカにされた日もあった。深夜も朝も何度も起きて、まあるく息子を抱っこして、目をつぶったままおっぱいをあげた。こっくりこっくり、船を漕ぐように揺れながら、息子を眠りまで運ぶ舟になった。最初はくわえさせるだけで一苦労だったのに、そのうち、ごろんと寝転んだままあげられるようになって、すっかり授乳玄人になったよなあ。ねむりながら服をめくり、服をめくりあげたまま眠ってしまって、冷たくなったおなかもあったなあ。添い乳しながら仕事のメッセージを返していたっけ。パジャマの隙間からでも上手に授乳できるようにもなったよなあ。

きつくて、きつくて、しんどかったな。
でも、とびきり、とびきり、とびきり、幸せだったなあ。

まあるい額をなでながら、「かわいいね。だいすきだよ。ほんとうに、だいすきなんだよ」と声をかける時間。上目遣いで私を見て、なんにも聞こえないふりをしながら飲み続けているときの、下唇のかわいさ。飲み終わったあと「ぷは」と勢いよく口を離すところ。寝ぼけながら「パッパイ」とつぶやく、あの声。
へその緒でつながっていたあと、おっぱいでつながっていたこと。息子が高熱を出して、ごはんをたべなくても、おっぱいがあれば、水を飲んでいなくても安心だったこと。地震が起きたとき、もしいま何かが起きても、私の身一つで、この子の命をつないでいけると思うと、自分をものすごく頼もしく感じたこと。

ぜーんぶ、おわっちゃったけどさ、私のパッパイが、きみをここまで大きくしたんだもんね。よくがんばったよ、私のパッパイ。

卒乳すると、おっぱいも乳腺炎になるかと思ったけど、おっぱいのほうも「役目終了ですね」ってかんじで、じわじわとしぼみ、おそれていた乳腺炎にもならず、痛むこともなかった。おっぱいにカラシをぬることも、アンパンマンを描くこともなく、おそれていたことは、なんにもおこらなくて、ただあるのは、静かに、けれど大きなきみの成長だけだった。

そこから2ヶ月経っても、3ヶ月経っても、お風呂で乳首をつまんでみると、母乳はじわっと滲んで出た。まだ出るんだ。泣いてはいけない、と思いながら、どうしても出てしまう涙みたい。
よくがんばったね、私のちいさなおっぱい。さようなら、大事な時間たち。
あっというまに喋れるようになった息子が、「あたま」「手」「おなか」「おしり」と私の体を指差しながら覚えたての言葉を口にして、最後に胸を指差し「おっぱい」と言った。もう「パッパイ」とも言わなくて、はっきりと「おっぱい」と言った。

「ねえねえ、おぼえてる? 赤ちゃんのころさ、パッパイ、飲んでたよね」。
聞いてみると、息子は「ウン」とうなずいて、あっさりと「おっぱい、バイバーイ」と言った。

そうだね。バイバイだね。
さよなら、私たちのパッパイ。

夏生さえり『揺れる心の真ん中で』

あの靴が似合わなくなったのは、いつからだろう――20代後半。着られなくなった服。好きになれなくなったもの。恋ってなんですか。愛ってなんですか。変わりゆく心と向かいあった日々の先で、彼女はひとつの答えにたどり着く。みずみずしい感性と文体で新時代の書き手が赤裸々に綴った、悩める女性たちに贈るメモワール・エッセイ。

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夏生さえり

山口県生まれ。フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)がある。Twitter @N908Sa

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