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フィンランドで暮らしてみた

2023.05.26 更新 ツイート

フィンランドで泳ぐ、歩く、そしてまた泳ぐ 芹澤桂

以前に水泳教室に通うことになったいきさつを書いたが、その水泳教室全8回講座がこのほど無事に終了した。 
なんせ高校卒業後20年以上もまともに泳いでおらず、自分が浮くかどうかも忘れてしまっていたような状態だったので選んだのは超初心者コース、それもフィンランド語での水泳用語を頭に詰め込んでの始まりとあって、通う前は自分でもあまりなにも期待していなかった。頑張っても8回しかないしな、と。 
さて、それでどうなったかというと、人生変わった。 
大げさな言い方だけれど、具体的には生活が変わった。行動範囲が広がった。

 

泳ぐ前に歩いた

 

 
 
まず水泳教室が始まる前に運動らしき運動をまったくしていなかったのでこれでは泳ぐどころじゃないぞ、と、ウォーキングを日課に取り入れて体力強化を図ってみた。ここでいきなりシューズやウェアが必要なジョギングに行かないあたり、自分の継続力への信用度がかなり低いのが透けて見えるが、そこはまあその通り。挫折したときにギアを無駄にしたくないという貧乏性の表れでもある。 
ウォーキングを日課にすると毎日同じコースを歩くだけではつまらないので、近所の小道という小道を制覇するかの勢いでのご近所探検もおまけについてきた。こんなところに瀟洒な木造戸建てばかり並ぶエリアが、とか、今日はグーグルマップ上でだけ知っていたカフェまで足を延ばしてみよう、とか、地図上では空白になっている土地を探索してみよう、とか。ちょうど季節も雪が解けて春になっていくところで、一年で一番、フィンランドという土地が生の力を見せつける時期でもあった。何の変哲のない森の中の小道さえ、日々様子が変わっていき初心者でも楽しい。何日か続けると、机仕事の最中に「あー、森に行きたい」と思うようにまでなってしまった。 
しまった、というのは、とうとうここまで来たか、という諦観の境地でもある。 

(最近の森はこんな風に幻想的)


フィンランドに来て最初の数年は、「森と湖の国? 確かに雑木林はその辺にあるけど別に普段行かないし」などと都会人ぶっており、その次の数年は「交通手段の途中に森があるから仕方なく通り抜けるだけ、車いなくて安全だし」と自然に恵まれたこの環境を気にも留めていなかった。しかし慌ただしく仕事をしたり、子供の出す騒音に鼓膜を丸晒しにしていたりすると、一日に一度訪れる森の静けさが心にしみるようになってきたのだ。葉擦れ、鳥のさえずり、野ウサギの足音。さすがにヘルシンキ市内であるから遠くの高速道路やを走る車やリズミカルな近郊電車の音も混じって聞こえてくるが、それもまたよし。森を愛する人々の気持ちが今ならわかる。 
そうなると、ちょっとふらっと家から出ただけで森にアクセスできるところに住んでいるのはどう考えても特権でしかない。その特権を勝ち誇ったように振りかざし、中毒のように森を求めて毎日歩き回るようになった。 

 

歩き出したら消費カロリーが気になりだした


 
歩くようになると、歩数を確認するためにスマートウォッチで運動量や消費カロリーを管理するようになった。スマートウォッチは2年ほど前から所有していたけれど、通常の時計と歩数計機能ぐらいしか使用しておらず、まったくスマートではないというユーザーエラーを起こしまくっていた。しかし歩き始め、体調管理を時計に任せると、自分の消費カロリーがそれでも日々足りていないのを実感するようになる。水泳教室は週に一度である。そのために歩くだけではもはや足りない。 
雪がすっかり解けて暖かくなってきたのも手伝って、しばらく眠っていた自転車に積極的に乗るようになった。幸いヘルシンキの中心部まで行けないこともない距離に住んでいるので、ちょっとした買い物や友人とのランチには自転車利用。毎日ではないが週のうち1、2回は乗って、運動不足解消の一端を担っている。 


そうして自転車に乗るようになると、ウォーキングでも自転車でも使わない筋肉が気になって、ごく軽い筋トレを自宅でたまに取り入れるようにもなってきた。ジムで行うような反復運動は一度試したことがあるけれど退屈で金輪際お友達にならないつもりで何十年もやってきていたというのに、大きな変化だと自分でも思う。だが純粋に、普段使わない筋肉を少し使ってあげるとすっきりするのに気が付いたのである。息も絶え絶えになるほどまでのトレーニングはしないけれど、家でならスマホでいくらでもトレーニングのアプリを立ち上げられて、いつでもやめられる。しかもただ外を歩き回るだけよりカロリー消費の効率もよいのである。 

(夜21時過ぎでも出歩ける明るさ)

 

教室が終わってもプールが恋しくなった


そうやって少しずつ体力をつけて、ついに水泳教室も終わった今、プールが少し恋しくなるようになってきた。幸い遅いながらもクロールと平泳ぎだけは泳ぎ切れるようになったので、いいぞいいぞと自分をおだてまくって、週に1、2度は公共のプールで泳ぐのも実践している。何十年も泳いでいなかったのに、運動しないと言い張っていたのに、ぱっと見ではすっかり健康志向の人だ。 
ただし実際は、長年の不摂生で失った体力を取り戻しているリハビリ段階にある。 
フィンランドのプールは、レーンごとに「歩く人用」「遅い人用」「競泳用」などと別れていて、その点では初心者にも優しい。が、優しくないところもあって、どういうわけだか飛び込み台付きのプール、それも3mとか5mとかの高さから飛び込めるプールが非常に多く、水深が無駄にありすぎて最初はかなり怖い。本音を言うと足の付く深さのみの地味なプールで泳いでいたいのだけれど、そこはなぜか公共のプールになると選択肢が少ないのだ。仕方なく、足が付かないので1レーンを泳ぎ切るしかなく、ゆっくりレーンでどうにかこうにか泳いでいる。 
泳ぐ前と泳いだ後は、シャワー室の横に必ずついているサウナに行く。むしろサウナがないと水温27度の温水プールも私には冷水でしかない。 


プールが楽しめるようになるとちょっと出かけるときに「このエリアってプールあったっけ」と確認してあわよくばついでに泳いだり、旅行の宿泊先のホテルもプール付きのものに心を動かされたりする。なんせ水着とゴーグルとタオルさえあれば運動できちゃうんだからジョギング道具一式を持っていくよりもかさばらない。と、こんなことは普段から泳いでいる人はわかっているのだろうけど、これまでまったく縁のない世界だったので気付いたときには大発見した気分だった。 
こんな生活がいつまで続くか自分でも半信半疑ではあるけれど、しばらく、せめて夏の間ぐらいは、定期的な運動をする生活を続けてみようと思う。

(森を適当に抜けたら突如として現れた川)

 

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芹澤桂 小説家

1983年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。2008年「ファディダディ・ストーカーズ」にて第2回パピルス新人賞特別賞を受賞しデビュー。ヘルシンキ在住。

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