
渋谷駅前は今、人で溢れている。コロナ禍、一度は人が完全に街から消えていたがもうそんな光景が思い出せないほどの賑わいだ。
渋谷を人が自由に行き交っている。コロナ禍は人の移動が制限されるという事態が、それこそ世界中で起こった。クリスマスを前にしたドイツのメルケル首相(当時)は演説の中で「自由な移動とは最も大切な人の権利であり、それを制限しなければならないことの重要性を自覚している」という旨のスピーチを行った。
ドイツで移動の自由、あるいは移動の制限という言葉を聞けばそれは必然的にナチスドイツ時代の強制収容所を連想することになる。人を強制的に移動させた挙句、強制的に収容し、そして虐殺した歴史だ。

人の移動を制限できるのは力だ。人を収容するのは力だ。ナチスドイツは暴力を背景に力を行使し、多くのユダヤ人やジブシーの自由、そして生命を奪った。大事なのはこうしたナチスの力の掌握が合法的に行われたことだ。ナチスの行動は後に国際軍事裁判で裁かれるようになるが、人の自由を奪い収容していく力の行使は行政の手続きを経てシステマチックに行われていた。
ゲシュタポ・ユダヤ人課課長として各地から集めたユダヤ人500万人をポーランドの絶滅収容所に送った男、ハンナ・アーレントによって「凡庸な悪」と評されたアドルフ・アイヒマンは行政官僚的に命令に従っただけだと裁判で述べている。遵法精神という言葉を使うときにはこの事例を頭に浮かべる必要がある。
今、参議院で入管法の改正案が審議されている。日本は難民条約に批准しているにも関わらず難民認定率は0.7%、これはおよそ先進国とは言えない数字だ。認定されない難民は収容され、たとえ申請中の仮放免が出されても就労は許されず、移動も制限されている。改正案ではさらに3回難民申請が拒否された人は強制送還できるという条文が入っている。そもそも命の危険があって逃れてきた難民を本国に送還することは難民条約で禁止されている。
2021年3月6日、名古屋入管に収容されていたウィシュマ・サンダマリさんが死亡する事件が起きた。飢餓状態であるにも関わらず適切な医療が提供されずに亡くなったのだ。この事件に関して詐病やハンガーストライキはなかったことは入管側が認めていることだが、そもそも詐病で人は死なない。今、遺族が国を相手にウィシュマさんがなぜ亡くなったのか、真相を明らかにするための裁判を起こしている。
入管に関しては所内の様子、そしてそもそもの難民認定の手順、拒否の理由なども公開されずブラックボックスだ。今回の改正案でもブラックボックス化を防ぐために司法のチェック、第三者機関による認定という案が出たが与党によって却下されている。
人の移動の制限、人の収容は力の行使だ。民主社会においては主権者が行政に力を与えている。力の行使が間違っていたらどうするのか? 間違った法律が施行されたとき、遵法精神に則って手続きを進めたらどうなるか?
5月21日、渋谷駅前では #FREEUSHIKU が主催する入管法改悪反対集会が開催されていた。僕は人でごった返すハチ公前でスピーカーたちの話を聴いていた。するとスタッフが声をかけてきた。予定していた登壇者が遅れているので一言話してもらえないかと頼まれた。僕は承諾してマイクを握った。目の前を行き交う人々。道玄坂へ、109へ、映画館へ、レストランへ、ライブハウスへ自由に移動していく人々。そうした人々を見ながら人の移動を制限すること、人を収容することの意味を考える必要があると話した。その場にいる、僕自身を含めた多くの主権者たちと、その有権者たちの判断に委ねるしかない外国人の方々に対して、メルケルがスピーチに込めたであろう思いを想像しながら。
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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。
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