
「面白い自伝になるような生活を送りたい」というのは、私の人生のモットー。仕事においても、プライベートにおいても、とにかく「面白さ」を優先する。なので、友達にライブ、パーティ、陶芸教室、イベントに誘われたら可能な限り参加することにしてる。だって、その1日、一夜は自伝の最高の一章になるかもしれない。
数週間前に友達に誘われた「オルタナな戴冠式」は「面白い自伝の材料」としてピッタリだった。

主催者はロンドンで20代や30代の人を対象に「移動する会員制クラブ」的なイベントを計画している人たちで、いつもユーモアたっぷりのパフォーマンスや音楽があるという評判。開催日は本物の戴冠式、チャールズ三世が新国王として即位される翌日、5月6日だった。すぐにGoogleカレンダーにメモった。
しかし、会場について友達たちと外で待ってたら、これはちょっとややこしいんじゃないか、という予感がした。
「女性たちはボーイッシュな格好をして来てください」ということだったので、私は淡い青のスーツとかわいいピンク色のサンダルで行った。しかし、他の参加者たちはそのドレスコードをもっと強烈に解釈をしていた。友達の友達はワイシャツに網タイツ(ズボンなし)を着てきた、もう一人はジーパンにランジェリーのビスチェを合わせてた。そこで初めて気づいた。「あぁ、これは単にみんなでイノセントに遊ぶパーティじゃなくて異性にアピールするパーティなのか、ふむふむ」
なんの仮装もしていない、ノリノリの参加者を冷めた目で見てる、バイトのおばさんに「名前をください」と言われてチェックインしたら、入り口で海賊の格好をしていた謎の人に「イベントのルール」を説明された。
積極的に自分の友達たちじゃない人と喋ってください、できるだけ携帯をいじらないで、リアルでパーフォマンスを楽しんでください! うん、、、はい。
とりあえずその雰囲気に付き合ってあげようと思った。友達たちと素敵なポールダンスのパーフォマンスを見たり、一緒に踊ったり、屋上の「にわ」で他の参加者と話をしたり。酔っ払う価値のあるイベントなのか、と迷ったので水だけにしていた。男性もみんな普段着じゃなくて、なんというか、プリンスやハリー・スタイルズのような中性的なファッションをしていた。女性のブラウス、女性のネックレス。
これ自体はそこまでおかしくない。普段なら控えめに振る舞うイギリス人は仮装パーティが大好き。イギリス人はなぜか仮装やコスプレを”Fancy dress”というけど、ハロウィーンだけじゃなくて、一年中やっている。ウィリアム王子でさえ、「アフリカ」をテーマにパーティで21歳の誕生日を祝った。
参加者は別に悪い人ではなかったけど、だんだん気づいた。この人たちは要するに、高校時代演劇部に入っていた人たち。目立ちたがる、外向性の強い人たち。ある意味では、この空間は彼らの「舞台」だった(ちなみに、私は高校時代、演劇にちょっと出たけど、主に合唱団で大人しく歌ってました)。でも、今その人たちは普通の会社員になっている。日常の退屈を紛らわす、ちょっとした刺激を求めているんだね。
集まった人たちを静かにジャッジし始めてまもなく、当日のメインイベントが始まった。それは、「オルタナな戴冠式」。
即位するのは王様ではなく、「SNAG」だった。
この表現はその日まで聞いたことがなかったので、ロンドンでもそんなに多く使われていないと思う。SNAGは元々オーストラリアの俗語で、Sensitive new age guyの略。要するに、穏やかで心の奥底にある感情をよく知っている、日本の草食系男子に近い生き物のこと。女性に興味はあるけど、「優しく」接したい。そういう意味では日本の草食男子ほど消極的ではない。
12人の応募者は一人ずつみんなの前に出て、司会の質問に答えて自己紹介をした。酔っ払っていた女性が叫び声で質問を飛ばした。質問の中身はその人の「優しい、sensitive」な面を引き出すものだった。
「お母さんと仲がいいですか?」
「自分についての秘密を教えてください」
「女性をロマンチックなデートに連れて行くんだったら、どこにしますか?」
候補者の自己紹介が終わったら、マリー・アントワネットの仮装をしていた男性が出てきて、女性の叫び度合いでトップのSNAGが決まり、彼は冠を被させられた。男性たちはすごく似ていたので誰が選ばれたのか、よく覚えていない(笑)。
式が終わって、音楽がガンガン始まった。かなりいい感じに酔っ払った人たち(私はまだ水だけにしていた)は踊り始めた。ダンスフロアのバーで「美人ですね、名前は?」と男性と声かけられてちょっと話をしたけど、彼がすごくしつこくなってきたので屋上に逃げた。
屋上は音楽が流れていなくて、大声を出さずに人とおしゃべりができた。知り合いと話し始めたら、SNAGsの候補の一人だった男性に声をかけられた。彼も淡い青のスーツを着てたことを、私に声をかける言い訳にしたかったらしい。
彼も話がしつこくなってきたので、また一階に逃げた。
かなり強い違和感を覚えてきた。このパーテイはなんというかちょっと気持ちが悪かった。
一つは、明らかに「異性愛者向け」のイベントだったけど、主催者はLGBTQ+文化の盗用をしていると感じた。ポールダンスをする男性のパーフォマンス、男性の女装の奨励……異性愛者は別にクイアのイベントに参加してもいいけど、このパーティはマイノリティの人にとってあまり優しくない空間だと思った。SNAGsがどうのこうのと言っても、結局男性が女性をナンパできるパーティ、っていうだけのことだった。SNAGsは綺麗事にすぎなかった。
でもそれより大きかったのは、参加者は非日常的な空間に浸かって異性と交流したがっていたけど、なんとなく無理があったことだ。多くのイギリス人は普段ならパブやバーで知らない人に声をなかなかかけられない、シャイな性格だってことなんだろうか?
でも、私は酔っ払ってなくても素敵だと思う人がいれば、平気で声をかける。別に日常を離れなくても新しい友達ができる。「面白そうなことは何でも経験して自伝の材料にする」っていうのが私の自伝哲学だけど、このパーティはちょっとNG。人生は短すぎるので、自分の好みがあれば、それに合った人、イベント、経験を優先すればいい。
もうこの場はいても仕方がないと思って、12時ごろにパーティを抜け出して帰った。
そこから三日後、そのパーティで知り合った男性からLinkedInでDMがきた。
信じられる? LinkedInだよー仕事用のSNSだよー。で、DMの件名は「ミステリアスな美人へ」だって。本当かよーネットを通じて連絡をとるんだったらせめてTwitterでDMにしろよー。
いまだに未読スルーにしています。
パーティの翌日、ゲイの男性友達3人とブランチをしながら、変わった戴冠式の話をした。イベントの開催場となったクラブの名前を言ったら、3人ともハッと息をのんだ。
「それはゲイのクラブだよ、ストレートらはもう占拠しちゃったのか……」
ロンドンはコロナ禍以来、バーやクラブ、特にLGBTQ+のお客さんが愛用していたところの廃業が相次いだ。
「ストレートの遊びはそんなにひどいのか」と一人がからかっていった。
「綾はさ、ストレートのパーティのニュース報道をやればいいじゃん」ともう一人。
はい、現場から中継しています鈴木綾です、異性愛者らの近況報告でした。
* * *
鈴木綾さんのはじめての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』もぜひご覧ください。
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