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『山女日記』刊行記念対談 湊かなえ(作家)×神谷浩之(『山と溪谷』編集部)

2016.11.12 公開 ツイート

【再掲】山に登る理由がわからないから本を読む 前編 神谷浩之/湊かなえ

自分では登る理由がわからないから物語に仮託する

神谷 山に行きたいけど時間がないときは本で。笹本稜平さんの山岳小説も好きですね。映画化した『春を背負って』や、中国とパキスタンの国境にあるK2を書いた『還るべき場所』とか、笹本さん本人は実際に行ったことがないのに描写が細かくて、本当にその場にいるようなリアリティがすごい。人が山に登る意味や理由を突き詰めている物語が好きなのは、自分もそれがよくわからずに登っていたりするからでしょうか。『神々の山嶺』では、「俺がここにいるから登るんだ」という圧倒的な答えを出されて「おお」と。自分では言葉にできないものを言葉にしてくれて、人間を真っ正面からとらえている作品は心に響きます。『山女日記』の中でも、登場人物たちにはそれぞれが山に登る理由があって、山によって少しだけ救われて、そして物語は終わっていく。自分ではわからないことでも登場人物に仮託すると見えてくるものがある。小説ならではのおもしろさですよね。

 山の話ではあるけど、別のことにも置き換えられますよね。自分には愛するものがこれしかないんだ、というように。

神谷 新田次郎さんの『孤高の人』もすばらしいと思います。加藤文太郎というすごい登山家が書いた『単独行』を大きく脚色したのが『孤高の人』で、谷甲州さんが「山と溪谷」で連載された『単独行者 (アラインゲンガー) 新・加藤文太郎伝』では実直に加藤文太郎という人が何をしたのかという実像に迫ろうとしているのですが、それぞれに魅力があります。『孤高の人』は女性問題やその当時の世界情勢や政治が物語にあってドラマとしておもしろく読めますし、『単独行者(アラインゲンガー)』では谷さんが実際にいろんな山に登られている経験をふまえて、さらに当時の地図や天気図を取り寄せて、このときにここはどういう天気でどういう風が吹いて、加藤が何を思ったかというのを細かくねちねち書いていくのですが、読み応えがあります。『単独行』『孤高の人』『単独行者(アラインゲンガー)』を読み比べてみるとおもしろいですよ。加藤という魅力的な登山家の力があるんだろうなと思いますね。

 私は新田次郎さんの作品しか読んでいませんけど、感想は「ああ、後輩と行かなければよかったのに……」と。『神々の山嶺』と同じで「こいつと行かなきゃこんな目に遭わないで済んだのに」というパターン(笑)。

神谷 それこそが大きな脚色なんですけどね。

 実際は、文太郎さんが同行者を頼っていた面もあったんですよね。

神谷 実は直前に2人で登ったときに実力を認め合ったからこそ、あの厳しい槍ヶ岳北鎌尾根に2人で挑んだんです。『孤高の人』のドラマの作り方は、それはそれで正しいやり方だったと思いますけど。

漫画の『孤高の人』は、さらに全然脚色が違っていて精神世界にいきますよね(笑)。

神谷 漫画を読んだとき、これは『孤高の人』ではないと思いました。でも実は原作のエッセンスがすごく詰められて、そのまま出ている。北アルプス全山を冬に縦走するシーンはまったく違うシチュエーションなんですけど、脚色したらこうなるんだというのを読み比べてみると、ますますおもしろいです。最後には精神世界に行ってしまいますが、誰も見たことのない世界をああいう風に絵で表現して、空を飛んでみたり、白馬に乗ってみたり、文字が歪んできたり……漫画表現としての極地を極めてしまったのではないでしょうか。

 その漫画家の方(坂本眞一)、今はフランスの死刑執行人の話を描かれていて、さらに精神世界に入っています(笑)。ところで、『岳』(石塚真一作)は読んでいますか? 私は結末を知ったときに、楽しいところでやめました。

神谷 ヒマラヤには行かないほうがよかったかなと個人的には思います。三歩がナオタと一緒に……読んでないとわからないですよね(笑)。

 三歩がお父さんを助けられなかった男の子ですね。

神谷 中学生になった男の子と一緒に初めて山に行ったところで、自分の中では最終回だと思っています。

 私は最後の三巻くらいは読んでないです(笑)。
(→7月14日更新予定の後編に続きます)

 

関連書籍

湊かなえ『残照の頂 続・山女日記』

ここは、再生の場所。 NHK BSプレミアム「山女日記3」原作小説。 幅広い層に支持されたベストセラー、待望の第2弾。「通過したつらい日々は、つらかったと認めればいい。たいへんだったと口に出せばいい。そこを乗り越えた自分を素直にねぎらえばいい。そこから、次の目的地を探せばいい。」後立山連峰 亡き夫に対して後悔を抱く女性と、人生の選択に迷いが生じる会社員。北アルプス表銀座 失踪した仲間と、ともに登る仲間への、特別な思いを胸に秘める音大生。立山・剱岳 娘の夢を応援できない母親と、母を説得したい山岳部の女子大生。武奈ヶ岳・安達太良山 コロナ禍、三〇年ぶりの登山をかつての山仲間と報告し合う女性たち。……日々の思いを噛み締めながら、一歩一歩、山を登る女たち。頂から見える景色は、過去の自分を肯定し、未来へ導いてくれる。

湊かなえ『山女日記』

こんなはずでなかった結婚。捨て去れない華やいだ過去。拭いきれない姉への劣等感。夫から切り出された別離。いつの間にか心が離れた恋人。……真面目に、正直に、懸命に生きてきた。なのに、なぜ? 誰にも言えない思いを抱え、山を登る彼女たちは、やがて自分なりの小さな光を見いだしていく。新しい景色が背中を押してくれる、感動の連作長篇。

湊かなえ『往復書簡』

手紙だからつける嘘。手紙だから許せる罪。手紙だからできる告白。過去の残酷な事件の真相が、手紙のやりとりで明かされる。衝撃の結末と温かい感動が待つ、書簡形式の連作ミステリ。

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『山女日記』刊行記念対談 湊かなえ(作家)×神谷浩之(『山と溪谷』編集部)

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神谷浩之 『山と溪谷』編集部

1975年愛知県生まれ。千葉大学徒歩旅行(ワンダーフォーゲル)部OB。東京ヤングクライマーズクラブ(YCC)所属。山と溪谷社入社後、『ヤマケイJOY』編集部などを経て、現在、『山と溪谷』編集部。『単独行者(アラインゲンガー) 新・加藤文太郎伝』(谷甲州著)、『生還 山岳捜査官・釜谷亮二』(大倉崇裕著)などの編集を担当。

湊かなえ 作家

1973年広島県生まれ。2007年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞。08年、同作を収録した『告白』でデビュー。12年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。著書に『少女』『贖罪』『Nのために』『夜行観覧車』『往復書簡』『花の鎖』『境遇』『サファイア』『白ゆき姫殺人事件』『母性』『望郷』『高校入試』『豆の上で眠る』など。

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