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世襲 政治・企業・歌舞伎

2022.12.16 公開 ツイート

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地元・広島で暮らしたことのない三代目、岸田文雄 中川右介

本来、実力ある者が後継すればいいだけなのに、システムとして不合理で無理筋、途絶や崩壊の可能性が高い「世襲」はなぜ多いのか――。世襲が目立つ三業界(政・財・歌舞伎界)を徹底比較した注目の新刊『世襲 政治・企業・歌舞伎』(中川右介著)。本書の政治分野では、吉田茂から岸田文雄まで、戦後の総理大臣33人を家系図とともに紹介。なぜ世襲政治家だらけになったのか、その経緯と背景がわかります。

*   *   *

令和の天皇は現憲法下では3代目となる。それに連動するかのように、令和2人目の総理である岸田文雄は世襲の三世議員である。

岸田家はいまの広島県東広島市で農家を営んでいた。宮澤喜一家とは親戚である(「最後の東京帝国大学出身の総理、宮澤喜一」)。

岸田家の近代の歴史は文雄の曽祖父・幾太郎(1867~1908)に始まる。幾太郎(いくたろう)は1891年(明治24)頃から海産物の販売業を始め、成功した。台湾でも呉服商や材木商を営み、呉でも金物商を始め、満州へ移住して大連に土地を買ったところで、40歳で急死した。他に不動産業も営んでいた。

幾太郎の長男・正記(文雄の祖父、1895~1961)は京都帝国大学法学部を卒業したが、父の事業を継いで、大連や奉天で百貨店や不動産業を経営した。1928年(昭和3)の衆院選に立憲政友会公認で広島一区から立候補して当選し、42年まで連続6期当選した。敗戦後は公職追放となったが、解除後の53年の衆院選で返り咲いて1期だけ務めた。閣僚経験はない。正記は61年に65歳で亡くなった。娘・玲子は宮澤喜一の弟で参議院議員だった弘と結婚した。その長男・宮澤洋一(岸田文雄の従弟)も衆議院議員になっている。

正記の長男・文武(文雄の父、1926~92)は敗戦の1945年に東京帝国大学に入学し、48年に東京大学法学部を卒業した。商工省(後、通産省、経産省)に入り、中小企業庁長官まで出世したところで78年に退官し、政界へ転じた。かつて父・正記が出ていた広島一区から1979年の衆院選に自民党公認で立候補し当選した。53歳での転身である。当選後は宏池会に属し、親戚でもある宮澤喜一を支えた。中曽根内閣で総務政務次官と文部政務次官を務めたが大臣にはならなかったので、一般的知名度は低い。90年の衆院選まで5期連続当選したが、在職中の92年8月4日に65歳で亡くなった。

文武の長男が、文雄である。1957年7月29日に東京で生まれた。野田佳彦が同年5月生まれなので、いまのところ歴代総理のなかで最も若い。父はすでに通産官僚で東京に住んでいたので、文雄は東京で生まれ育った。「被爆地・広島を選挙区としている」とよく語っているが、広島で暮らしたことはない。

岸田文雄は小学生時代は父がニューヨークに赴任していたので、現地の学校に通った。小学3年生で日本に帰り、高校は開成高等学校へ進み東大を目指していたが2浪しても入れず、78年に早稲田大学法学部に入学した。政治家を志していたわけではなく、雄弁会には入っていない。79年に父・文武が衆院選に初めて出たときに手伝い、それが政治と触れ合うきっかけとなった。82年に早大を卒業し、長期信用銀行に入った。

文雄は1987年に政界入りを決め、長銀を辞めて父・文武の秘書となった。90年の衆院選で文武は5期目の当選をしたが、92年に在職のまま亡くなったので、文雄は93年の衆院選に地盤を継承して当選した。父とは異なり36歳という若さで代議士となった。

岸田文雄は父と同じ宏池会に属し、平成の政界を生き抜いていった。初入閣は50歳になる2007年の安倍内閣での内閣府特命担当大臣で、続く福田内閣でも留任した。12年に宏池会会長となり、本気で総理大臣を目指すポジションに就いた。同年12月に自民党が政権を奪還して第二次安倍政権が始まると外務大臣となり、17年8月まで4年8カ月続けた。安倍は岸田の3歳上だが同世代で、三世議員という点でも同じだった。安倍は自分の派閥の後継者はつくらなかったが、一応、次世代の政治家として岸田を育てたとは言える。17年からは党の政調会長となり党務も経験し、20年8月に唐突に安倍晋三が辞任すると、総裁選に立候補したものの、菅義偉に完敗した。

だがその1年後の2021年9月29日の総裁選に勝ち、10月4日に国会で第100代内閣総理大臣に指名された。

衆議院の任期満了が近かったので、就任10日後の14日に解散し、同月31日の衆院選では公示前からは減ったが261議席で絶対安定多数を獲得し、11月10日に召集された国会で第101代内閣総理大臣に指名され、本格的な岸田政権が始まった。

岸田政権は、2022年夏の参院選で自民党が勝ったところまでは順調だったが、安倍晋三元首相の国葬、旧統一教会との関係、物価高といった諸問題の対応に失敗し、支持率が急落するなか、10月になると、岸田は長男を総理秘書官にした。将来、後を継がせる意向と思われる。

国会に残っている家

2022年7月の参院選の最中、安倍晋三は旧統一教会信者の息子に狙撃され亡くなった。安倍には子はなく、選挙区の後継者は決めていなかった。

さて──2022年10月現在、33人の総理大臣とその子孫で現職の国会議員は次の19人である。

  • 麻生太郎(本人、吉田茂の孫、鈴木善幸の女婿)
  • 菅直人(本人)
  • 野田佳彦(本人)
  • 菅義偉(本人)
  • 岸田文雄(本人)
  • 岸信夫(岸信介の孫、安倍晋三の弟)
  • 寺田稔(池田勇人の孫の夫)
  • 阿達雅志(佐藤栄作の孫の夫)
  • 福田達夫(福田赳夫の孫、康夫の子)
  • 越智隆雄(福田赳夫の孫)
  • 鈴木俊一(鈴木善幸の子)
  • 中曽根弘文(中曽根康弘の子)
  • 中曽根康隆(中曽根康弘の孫、弘文の子)
  • 宮澤洋一(宮澤喜一の甥)
  • 羽田次郎(羽田孜の子)
  • 橋本岳(橋本龍太郎の子)
  • 小渕優子(小渕恵三の子)
  • 小泉進次郎(小泉純一郎の子)
  • 鳩山二郎(鳩山一郎のひ孫、由紀夫の甥)

国会から消えたのは、吉田(孫の麻生太郎がいるが「家」は別なので)、片山、芦田、石橋、田中、三木、大平、竹下、宇野、海部、細川、村山、森、安倍の14家である。

このなかには、今後復活する家もあるかもしれない。

関連書籍

中川右介『世襲 政治・企業・歌舞伎』

日本の企業数は約三六七万社、そのうち九九%が中小企業で、規模が小さい「家業」ほど世襲率は高くなる。本来、実力ある者が後継すればいいだけなのに、システムとして不合理で無理筋、途絶や崩壊の可能性が高い「世襲」はなぜ多いのか。破綻を回避する術はあるのか。世襲が目立つ三業界――公職の私物化が進む政界、基幹インフラ産業の自動車・鉄道、藝は一代限りともいいながらほぼ世襲の歌舞伎界――を比較研究。このグローバルな時代にいつまで「家業」を続けられるか。実例でみる栄枯盛衰の世襲史。

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世襲 政治・企業・歌舞伎

『世襲 政治・企業・歌舞伎』試し読み

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中川右介

一九六〇年東京都生まれ。編集者・作家。早稲田大学第二文学部卒業。出版社勤務の後、アルファベータを設立し、音楽家や文学者の評伝や写真集を編集・出版(二〇一四年まで)。クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガ、政治、経済の分野で、主に人物の評伝を執筆。膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、データと物語を融合させるスタイルで人気を博している。『プロ野球「経営」全史』(日本実業出版社)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『国家と音楽家』(集英社文庫)、『悪の出世学』(幻冬舎新書)など著書多数。

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