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うかうか手帖

2023.02.09 更新 ツイート

函館三泊四日の旅 2 益田ミリ

函館旅行。

 

旅の二日目はホテルから歩いて元町へ。途中、「アンジェリック ヴォヤージュ」という洋菓子店に立ち寄ったのは生トリュフを買うためである。本当はガイドブックに載っていた賞味期限30分という話題のクレープを食べたかったのだけれど、ホテルの朝食バイキングで胃袋はパンパン。じゃあ夕方に食べに行けばいいじゃないかという話なのだが、「開店と同時に即完売するほど人気」とガイドブックに紹介されているクレープである。平日にもかかわらず店は午前中からクレープ目当ての行列ができていた。クレープは諦め、生トリュフを保冷バッグに入れてもらってテイクアウト。

坂の上の元町界隈は赴きある洋館や教会が建ち並び、路地に入っていくノラ猫の写真など撮りながら散歩する。坂を降りベイエリアに戻る途中、箱館山の山頂展望台へ行くロープウェイ乗り場に出たが、定期点検中のため運休だった。毎年、9月の下旬から11月中旬頃までロープウェイは運休するらしく、その間、展望台まではバスやタクシーを利用するのだそう。何度か山頂まで夜景を見に行ったことがあるので今回はそのまま歩いて海を見に行くことに。

箱館山を背に路面電車の宝来町駅を右へ。てくてく進むと前方に海の気配。見えてきたのは津軽海峡。海が見渡せるカフェがあったのでちょっと一息。

メニューに珍しいものを発見した。エルダーフラワーシロップのソーダ割である。ずーっと昔、東京のレストランで飲んだことがあり、なんておいしいんだろうと感激したのを思い出し迷わず注文。

マスカットのような爽やかな香りと甘さ。

そうそう、これこれ!

ちなみにエルダーフラワーはニワトコの木の花で、ハリーポッターの魔法の杖はこの木でできているのだった。

 

夜は函館駅前の「しなのや」で塩ラーメンを食べる。スープにコクがあり、塩ラーメンといえどもいろいろなタイプがあるのだなぁとおもしろく、初日に食べた「函館麺厨房あじさい」の塩ラーメンも好きだったし、甲乙つけるのはよすことにした。

 

旅の三日目は五稜郭へ。五稜郭タワーにのぼってみれば社会科見学の小学生たちがわんさといて大賑わい。一番高い展望台は地上から90メートル。

「見て! 人が小さい!」

子供たちの素直な感想が胸に響く。

函館、快晴。

五稜郭タワーからは前日に訪れた海辺のカフェ周辺も見えた。

ふいに淋しさが広がっていく。昨日の旅がすでに過去になっているのが淋しいのである。

わたしの人生は、もう未来より過去のほうが多い。

そのことにびっくりしているのは自分だけである。

タワーを降り五稜郭公園を一回り。その後、軌道からはじきとばされるように通りに出て「六花亭 五稜郭店」へ。

レーズンバターサンドでおなじみ「六花亭」。

ここの喫茶コーナーで食べたいと思っていた「新栗シャンティ」という秋の栗のデザートはすでに完売だった。変わりに「カンパーナふらの」と「花の首飾り」をコーヒーと共に。

「カンパーナふらの」は生の葡萄を一粒ずつホワイトチョコレートでコーティングしたお菓子。小箱に入って売られていた。葡萄のみずみずしさ&酸味がホワイトチョコと相まって無限に食べられそう。新発売の「花の首飾り」は完熟梅のシロップを染み込ませたサバランのようなお菓子。喫茶では生クリームをのっけて出してくれる。パンやスポンジ生地に液体を染み込ませて食べるのが好きな身としては「花の首飾り」は最強だった。おかわりしたい……しかし夜はお寿司なのでぐっとがまん。

というわけで、函館最後の夜は予約していたお寿司屋さんへ。

カウンターでお寿司を楽しめる大人はかっこいいと思う。

店の大将との自然な会話。日本酒を飲みつつ、ちょいとつまみ、からのお寿司。

わたしはそんなことができる大人にはなれなかった。この先なれる気もしないし、なりたいのか? と自問すれば、なれなくてもいいかな? とも思う(なんの話や)。食事中、お店の人との「ふれあい」を求めないタイプであることは確かだった。

しかし、今回の旅ではカウンターでお寿司にチャレンジ。コース一択だから出されたものを食べていけばOKだし、18時~20時、20時~22時30分の二部入れ替え制というシステマチックな感じが気楽でよかった。

時間通りに店に到着。カウンター6席、テーブル2席の店内はこざっぱりと清潔で、白木のカウンターは30年も店をやっているとは思えないほど美しい。

ひとくちサイズのいくら丼とかホタテの焼いたのとかアワビとか、蟹やブリのお寿司、全部おいしかった。

いざお会計というとき、寿司ツウっぽいお客さんが「かんぴょう巻きちょうだい」と言うと、大将がささっと作って出していた。あれは別料金なのだろうか? わたしにも出してくれるのかなとやや期待したが言わないと出てこないようだった。寿司屋のルールがわからない。

帰り道、名残惜しくて「ラッキーピエロ」でホットコーヒー。海が見える席に座り短い旅を振り返る。

赤れんが倉庫、元町、五稜郭、生うに丼、塩ラーメン、ホテルの朝食バイキングに六花亭のお菓子や回らないお寿司……。テイクアウトした生トリュフは薄いチョコの中にほっわほわの生クリームが入っていて、口に入れるとすぐに溶けて消えた。おいしさにもだえつつホテルの部屋でパクパク食べた。サンドイッチマン的に言えば、溶けてなくなるならたぶんゼロカロリーである。わかっちゃいたが食べ物の多めの函館2022年秋の旅であった。

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うかうか手帖

ハレの日も、そうじゃない日も。

イラストレーターの益田ミリさんが、何気ない日常の中にささやかな幸せや発見を見つけて綴る「うかうか手帖」。

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益田ミリ イラストレーター

1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書に、漫画『すーちゃん』『僕の姉ちゃん』『沢村さん家のこんな毎日』『週末、森で』『きみの隣りで』『今日の人生』『泣き虫チエ子さん』『こはる日記』『お茶の時間』『マリコ、うまくいくよ』などがある。また、エッセイに『女という生きもの』『美しいものを見に行くツアーひとり参加』『しあわせしりとり』『永遠のおでかけ』『かわいい見聞録』や、小説に『一度だけ』『五年前の忘れ物』など、ジャンルを超えて活躍する。

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