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51歳緊急入院の乱

2022.11.22 更新 ツイート

第42回

「生」がいいのか「生」じゃなくてもいいのか 花房観音

退院翌々日。
まだ体力なくて、へばっている。
しかしさすがに仕事をしなくてはならないと、パソコンに向かう。
昼間に保険組合から電話がかかってきた。
昨日、速達で送った入院費を減額するために必要な書類に、不備があったとのことだった。
入院費は今月中に病院に書類を出さないと減額されない。土日もはさむし、時間がない。
書類不備は完全な私のミスで、一番重要な箇所を記入していなかった。
なんでこんなアホみたいなミスするんだ……と、焦りまくったが、メール添付して新しい書類を送ってもらい、急ぎ記入し確認して、また郵便局へ。保険組合の人は、とても親切丁寧で、助かった。
自分では、頭はしっかりしているつもりだったけど、実はそうではないかもしれないと、このときに初めて思った。
何をするにも、慎重にならなければいけない。取返しのつかないミスをする前に。

 

「してはいけないことはない」と言われても

自分が悪いとはいえ、二日続けて郵便局に行き、今日もぐったりだ。
体力が無さ過ぎて、心配になる。
しばらくは予定を入れず、家で静養しているつもりだったが、一ヶ月後の6月下旬には、東京で新刊のトークイベントの予定があった。
入院で宣伝活動もロクにできず、出版絡みのトークショーもふたつ欠席するはめになってしまっていたのだが、今度のはちゃんとできるだろうか……東京まで行けるのかという不安がよぎる。
主治医には「してはいけないことはないです。普通に生活してください」と言われていたが、体力がついていかない。
私は旅行が好きなのだが、旅も今後できるか不安だった。
とりあえず、心臓に負担がかかるから温泉はしばらく控え、救急車がすぐに来ないところで倒れると困るから、秘境のようなところにも行かない。
趣味はともかく、仕事のための取材旅行ができなくなったら、書くことの幅が狭まる。
まだ台所で食事の準備をしてる最中に、めまいを起こして倒れこむような状態だったので、旅行どころではないと、不安と心配で憂鬱なままだった。

それでも、楽しいことはある。
この日の夜は、部屋でパソコンの前に座り、好きな漫才師のイベントをネットの配信で見た。
本当は現地に行きたかったが、人気があるので、チケットが取れなかったのだ。
残念だったが、そのあとで私は倒れたので、どっちみちチケットを取っていたら、キャンセルすることになって、悔しい想いをしていたはずだ。
だからチケットが取れなくて、結果的には幸いだった。

この「お笑いイベント」いや、お笑いに限らずだが、イベントを配信で見るのが当たり前になったのは、コロナ禍になってからだ。
そりゃあ現地に行って生で見たほうが面白いに決まっているし、同じ空間を共用できるという喜びがある。
しかし、今の私のように、体力がなくてどこにも行けない者にとっては、どれだけこの「配信」というシステムがありがたいか、噛みしめながら漫才を見て笑っていた。

娯楽のない町に生まれて

私は出身が兵庫県北部の田舎町で、昔は何も娯楽がなかった。
一度、大学入学で京都に出てはきたけれど、自分の不始末が原因で、30歳過ぎに実家に戻り数年を過ごした。
電車は一時間半に一本しかないし、車がないと生活できないような土地だ。
大型書店に行くのも、車で片道50分ほどかかる。

私が大学に行く前は、地元には有名なファーストフードやコンビニも無かった。
好きな作家や俳優ができても、生で芝居を見たり、イベントに行くには、時間とお金と体力が必要だった。
夕方まで仕事をして、夜にサクッとイベントに行けてその日のうちに家に帰れるような生活をしている人には、想像もつかないだろう。何度も悔しい想いをした。

コロナは本当に鬱陶しいし困ったものだけど、そのおかげで、さまざまなイベントが「配信」されるのが当たり前になり、遠方に住んでいる人、交通費や宿泊費が出せる経済的余裕のない人、忙しくて時間がない人、そして私のような身体の不調で家から出られない人間の娯楽が増えた。

お客さんを入れての配信もあれば、無観客の配信も増えた。
どちらがいいかは人それぞれだろうが、私は一度、無観客配信のイベントに登壇して、人のいない客席に最初は違和感があったけど、精神的には楽だった。
お客さんの顔色を窺わなくていいからだ。
きっと無理やり連れてこられたんだろう、退屈そうにして寝てる人や、ずっとスマホの画面を見て何やらしている人、酔っぱらって喋っている人とかに、イラッとしなくていい。特に自分が主催のイベントにマナーの悪い人がいると、呼んだゲストに申し訳ない。
もともと人と接することが苦手で、特に知らない人と話すと、ひどく疲れてしまう私にとっては、無観客配信は気が楽だ。
人によっては、無観客だと話しにくい人もいるだろう。
でも、見る側も、演者の側も、選択肢が増えたのはいいことだと思う。

やっぱり「生」がいちばん

ところで、この日に見た、漫才の配信イベントは、もともとそういう芸風だからと承知はしていたが、「ピー」と、音が消されている場面が多かった。
配信できない、現地の人しかわからない、危ない内容ということだ。
配信は便利だけど、やっぱり次は現地で生で聞きたいと思った。
そのためにも元気にならねば。

(これのおかげで入院費半分になった)
​​​​

関連書籍

花房観音『ヘイケイ日記 女たちのカウントダウン』

いつの時代も女の人生、いとめんどくさ。 諸行無常の更年期。花房観音、盛者必衰の理を知る。 とはいえ花の命はしぶといもので生理が終われど女が終わるわけじゃなし。 五十路直前、滅びるか滅びないかは己次第。 いくつになろうが女たるもの、問題色々、煩悩色々。

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51歳緊急入院の乱

更年期真っ只中。体調不良も更年期のせいだと思っていたら……まさかの緊急入院。「まだ死ねない」と確信した入院日記。

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花房観音

2010年「花祀り」にて第一回団鬼六賞大賞を受賞しデビュー。京都を舞台にした圧倒的な官能世界が話題に。京都市在住。京都に暮らす女たちの生と性を描いた小説『女の庭』が話題に。その他著書に『偽りの森』『楽園』『情人』『色仏』『うかれ女島』など多数。

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