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あぁ、だから一人はいやなんだ。

2022.11.15 更新 ツイート

第189回 にぶいちの失明 いとうあさこ

11月上旬、劇団・山田ジャパン公演「にぶいちの失明」が上演されました。昔は公演終わってバラシをした後、みんなヘロヘロなのに打ち上げに行き。気づいたらすっかり元気になっちゃって朝まで飲んだりもした。今はコロナ禍というのもあって打ち上げもなく、大荷物を抱えて帰宅するのですが、52歳にはちょうどいいかも。だって“ちゃんと”疲れている、ってのもあるけど、部屋で寒くなってきた夜風を感じながら公演を振り返るっていう“しみじみ”タイムもなんかいいな、って。とか言いながら、また打ち上げ行くようになったらはしゃぐでしょうが。ふふふ。

 

今回のお話は高校サッカー部。将来有望なエース・横田つなきは試合での激しい接触プレーによって片目の視力を失う。それにより変わってゆく様々な人間関係や心の向き。私はそのつなきの母親を演じました。“にぶいち”。つまり“二分の一”。パンフレットの言葉を拝借すると“人が取る選択はいつだって「そうする」と「そうしない」の二択に絞られる。そうしたことに後悔はないか? そうしなかったことに後悔はないか? すべてにぶいちの果てのこの人生。”本当にそうだなぁ。大きい事もちっちゃい事も、意識のあるなしは別として何かしら選んで生きてきているな、と。

そう言えばこの公演中もいろんな“にぶいち”、ありました。

『23時コンビニ“にぶいち”』。毎日公演終了後、もろもろの作業をして22時頃退館。もちろん、腹ペコです。となると帰り道どうしても近所のコンビニへ。気づけば“ガッツリ”コーナーの前に立っている私。身体が求めているのは“肉っけ”。実は劇場の下に焼肉屋さんがありまして。我々演者は楽屋から舞台に向かう時にビルの裏階段を使う為、そこでその焼肉の匂いをもろに浴びるからか、正直普段そこまで牛肉をいただかない私が、疲れているのも相まって公演期間中、ずっと“肉っけ”欲が止まらず。そこで見つけたのがレンジでチンするレトルトのハンバーグ。“洗わなくていい”カットレタスも買って、あとは自宅でご飯をチンすれば、あっという間に“ハンバーグ定食”完成。そこに森三中・大島ちゃんに頂戴したもずくスープも付けたらなお良し。これもう毎日でもいい! と思っていたところに突如“新発売”登場。寒い冬にぴったりのスープスパ。味はひき肉のトマトクリーム。なんか妙に惹かれて買ってみると、ニンニクもガツン、唐辛子はピリリで思ってもみなかったそのパンチ力に一口で52歳、ノックアウト。となると生まれる“にぶいち”は『ハンバーグ定食かひき肉トマトクリームパスタか、どっちを食べる? “にぶいち”』。本当はこの時の正解って『この時間にこんな重いものを食べるか否か“にぶいち”』だと思うの。帰った後は衣装を洗濯したり、お風呂に“強めのバブ”とか入れて身体ほぐしたり、他にもちょこちょこ作業がある為、寝るまで2時間くらいある。ならいっか、じゃないのよ、ねぇ。でも結局千穐楽までこの繰り返し。胃、元気。

あとあれは中日過ぎた頃。まさかの『ハエ“にぶいち”』。舞台上に大きなハエちゃんが紛れ込みまして。いやね、ハエちゃんだっておそらくパニックだったと思うのよ。気づいたらなんかみんな(お客様)がこっちを見てて、めっちゃ熱いであろう照明を浴びて。だからハエちゃんはいいシーンだろうが、面白シーンで間が大事なところだろうが、所かまわずブンブン飛び回る。実は今回わたくし、3曲ほどピアノを弾いたのですが、そのうちの1曲はドビュッシー「月の光」。坂田隆一郎くん演じる勇輝の語りに合わせて弾く大事な、そして繊細なシーン。前のシーンが終わり暗転となった途端にまず録音されている「月の光」がかかる。真っ暗な中、出来るだけ素早くピアノの所に板付き、3小節目から私が本当に弾く。その弾き始めと共に私&ピアノに照明が入る。想像してください。真っ暗な舞台に、そこだけが明るい。となるとアイツ、やってきますよね。そりゃ来るだろうけどさぁ。こっちの想像の100倍速いスピードですぐ飛び込んできやがって。しかもさっきまでは自由に飛び回っていたくせに、急に楽譜にとまってウロウロ。こうなると生まれる“にぶいち”は『これはハエ? 音符? “にぶいち”』。照明が当たっているとは言え薄暗いですから。ハエちゃんが動いている時はもちろんわかるけど、五線譜の上でピタッと止まっていたら一瞬音符かハエかわからなくなる。弾き間違いは出来ないのに結局弾き終わるまでの数分間、ヤツは楽譜の上にいた。あの緊張感、忘れない。

逆にまったくもって“にぶいち”にならなかったのが『今回の舞台に出る出ないか“にぶいち”』。“出る”、一択。というのも夏に膝の手術をした私。今回セットが全面人工芝の坂&階段でなかなかのハードミッション。だからこのセットに決まってすぐ、リハビリの先生に伝えて階段を降りる練習スタート。ずっとやってきた動きのはずなのに、この数か月で階段の降り方を忘れた私の左足。あれ? どこをどう曲げてどうするんだっけ? 膝の動きを先生に見せる為に半ズボンのオバさんが町の片隅にある数段の小さな階段で何度も昇り降りする姿を見かけた皆様、怖い思いをさせて申し訳ありませんでした。無事舞台の坂と階段とお友達になれました事をここにご報告させていただきます。

毎回山田ジャパン公演する度に思うのですが、今回の作品は今まで以上に自分にとって、そして山田ジャパンにとっても特別な作品の一つとなったように思います。元々、山田能龍の書く言葉が大好きで劇団立ち上げから14年間ついてきましたが、今回特にその言葉が身体に心に、沁みた。この誰も悪くないのに起こった不幸な出来事にその登場人物は全員、一生懸命で。そこに悪意は存在しない。全員ただただ、一生懸命なだけ。「人生は団体戦。マイナスが出たならその分、みんなが少しずつ多く走ったり、我慢したりしてカバーすればいい。」ラスト、自分の中にものすごい“生きる”パワーがチャージされている事に気づく。「“あまり1”を分けあって、踏ん張るんですよ。」この舞台に関わる全ての方に心からの感謝と、無事完走出来た事への幸せを噛みしめながら通常運転に戻ります。まずは膝の水を抜く事から。頑張ろう。本当にありがとうございました。

 

【本日の乾杯】秋刀魚と茄子を・・・なんだっけな?52歳、すぐメニュー名を忘れてしまう。ただ一つ覚えているのは、めっちゃくちゃ美味しかったこと。はい、“秋刀魚と茄子のめっちゃくちゃ美味しいヤツ”です。ぬる燗くらいもいいねぇ。

関連書籍

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。2』

セブ旅行で買った、ワガママボディにぴったりのビキニ。いとこ12人が数十年(?)ぶりに全員集合して飲み倒した「いとこ会」。47歳、6年ぶりの引っ越しの、譲れない条件。気づいたら号泣していた「ボヘミアン・ラプソディ」の“胸アツ応援上映”。人間ドックの検査結果の◯◯という一言。ただただ一生懸命生きる“あちこち衰えあさこ”の毎日。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。』

ぎっくり腰で一人倒れていた寒くて痛い夜。いつの間にか母と同じ飲み方をしてる「日本酒ロック」。緊張の海外ロケでの一人トランジット。22歳から10年住んだアパートの大家さんを訪問。20年ぶりに新調した喪服で出席したお葬式。正直者で、我が強くて、気が弱い。そんなあさこの“寂しい”だか“楽しい”だかよくわからないけど、一生懸命な毎日。

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