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眠れぬ夜のひとりごと

2022.11.15 更新 ツイート

私が連れ去られた日のこと 真木あかり

(写真:iStock.com/Hakase_)

※本記事は性的暴行をめぐるセンシティブな内容を含みます。

下校途中だった私に、突然声をかけた男

 

女子児童が見知らぬ男に「トイレ、この辺にありますか」と声をかけられた──警察署が出した不審者情報が先日、ネットで物議を醸した。SNSでは「トイレに行きたかっただけでは」という意見が上がる一方で、そうした“なんでもない一市民”のような顔をしてトイレに連れ込み、性的暴行を加える事件がいかに多いかを発信する人も多かった。私は後者である。なぜなら、「このビルの入り口どこ?」というごくごく普通の問いかけで、小学校1年生だった私は小児性愛者に連れ去られたからである

センシティブな内容を含むため、同様の被害を受けた経験がある方はお読みにならないほうが良いだろうと思う。下記、いくつか前提となる情報を挙げておく。安心してほしい、さほどひどい結末は本エッセイにはない。

1. 被害者の女子児童(私)は、身体的には何も傷つけられることはなかった。少々陰気な性格ではあるが、成長して幸せに暮らしている。特段のトラウマもない。
2. 犯人はすぐにつかまった。
3.  両親は普段から子どもには細やかすぎるほどの目を向けており、私は放置されていたわけではなかった。彼らに非難されるべきところはひとつもない。むしろ細やかすぎたため、17歳になった私が家出したくらいである(すまん)。
4. 本エッセイを書くのは売名のためではない。こういったこともあるのだと、知識として知っていただきたいだけだ。両親が健在のうちに書くつもりはなかったが、慎重になる人がひとりでも多くなるほうが、価値があると考えた。

それは小学校1年生の、下校途中のことだった。裁判所や税務署などが立ち並ぶ整然とした通りを抜けると一瞬、街路樹のプラタナスが影を落とす一角がある。喫茶店に法律事務所、不動産屋、そして子どもたちの姿が常に絶えない模型店がテナントとして入居する16階建てのビルがあるのだ。上層階は住居となっている。ビルの隣は消防署に官庁、斜向いには私が生まれた大きな病院。常にきりりとした格好の大人が行き交っている場所で、ランドセルを背負ってそこを通ると、自分もいっぱしのお姉さんになった気がした。

ある日、下校途中に見知らぬ男の人から声をかけられた。

「このビルの入り口どこ? 大きなビルだから、おじさんわからなくって」

表通りに面して大きな開口部はあったが、そこはタクシー会社が入っており、ひっきりなしにタクシーが出入りしている。入り口はテナントが立ち並ぶ通りをぐるりと裏手に回った場所である。毎日通る私にとっては庭のようなもので、何の疑問も持たず「こっちだよ」と先に立って歩き始めた。すると男はやおら私の肩をつかんでライターの火を顔に近づけ、言った。「声を出したら火をつけるよ。黙ってついてきて」

男は前もって下見を済ませていたのだろう。流れるようにエレベーターに乗せられ、ビルの最上階で降りた。屋上へとつながるだだっ広いフロアに、リノリウムの床が午後の光を青白く反射している。男はまず、私の肩をつかんだまま窓から外を覗かせ、またライターの火を近づけた。「声を出したり、逃げたりしたらここから落とすよ」と言われて見た地上は、びっくりするほど遠かった。さっきまであそこにいたのに、なんて遠いんだろう。怖い、でも目の前には火があって、頬はその熱を感じていた。言うことを聞かないとやけどで死ぬか、落ちて死ぬんだ。そんなことは瞬時にわかった。声も出なかった。

男は抵抗しないことを見て取ると、リノリウムの床に私を寝かせて下着を取った。そして自身もズボンと下着を下ろした──このときの私にはその意味がわからなかったのだが、男の“それ”はうなだれたままだった。それを私にこすりつけ、「痛い? 痛い?」と聞いてくる。私が「痛くない」と言うと、男はなおもこすりつけては痛いかと問い続ける。その行為も痛いかと問われる意味もわからないが、とんでもないことが起きているのはわかる。でも窓から落ちて死ぬのはいやだ、火をつけられるのもいやだ。私は仰向けになったまま、声を殺して泣いていた。

そのときである。鋭い悲鳴と、何かが床に落ちる音がして、男はパッと身を離した。「あなた、何をしているの!?」と声がするほうに目を向けると、眼鏡をかけた女性が棒立ちになっている。その足元には、取り落したと思われる洗濯籠と洗濯物が散らばっていた。

男は脱兎のごとく逃げ、私はその女性に保護された。助かったのだった。

すぐに母が駆けつけ、警察署では夜遅くまで取り調べが行われた。私のパンツは持って行かれ、女性警官が最大限に配慮した言葉で、事件のあらましを私に尋ねた。どこも痛くないし血も出ていない。犯人はすぐにつかまったのだという。新聞に、小さく載っていた。私のパンツも無事に返却された。死なずに済んでよかったと思ったが、なおも意味はわからなかった。

傷つけるのは、犯人ばかりではなくて

さて、この話には後日談がある。事件が起きた日は確か土曜で、月曜は普通に登校した。新聞には載ったが、学校では秘密にしてもらうよう依頼したと、話には聞いていた。しかし、その日の「終わりの会」で、教師は言った。

「先週、○○さんがとても恥ずかしい目に遭いました。みなさんは知らない男の人についていかないようにしてください」

血の気がサーッと引いていく感覚を、今でも覚えている。不思議なことに、いつも授業を受けている普段の光景が一瞬、パッと青く染まって見えた──のちに陽光が透けて見える青のステンドグラスを見たとき、これだと思ったことを覚えている──そして、次第にもとの教室が見えてきた。教師の顔を見ると、彼女は薄い笑みを浮かべていた。

当時、この教師からは毎日のように叩かれ、ブスだと罵られていた。クラスメイトたちに「みんな、この人のこといじめていいわよ!」と言うものだから、友達もできなかった。だからだろう、クラスメイトたちはちらりと私を見たくらいで、「恥ずかしいことって何?」などと聞かれることはなかった。日常は変わらず続いていく。友達がいないと、こういうメリットもある──なんて皮肉めいたことを言えるようになったのは、大人になってからだ。

月日は過ぎて、私は小学校3年生になった。相変わらず担任は同じで友達はできず、休みの日はいつもひとりで過ごした。ある日、近所の公園のベンチで本を読んでいたところ──住宅街のなかにぽつんとある、遊具がばらばらと並ぶなんでもない公園である──急に中学生か高校生くらいの男子が目の前に立ち、突然私の手首をつかんで走り出した。

悲鳴を上げる余裕もなく、私は引きずられるようにして連れて行かれた。砂や雑草が靴や服とこすれ、ざりざりと音を立てる。男子は公園内に設置してある遊具の土管に私を押し込み、乱暴に服のなかに手を入れ、体をまさぐった。あのときの恐怖が蘇(よみがえ)る。ただもがくだけで、声も出なかった。

そのとき、公園のすぐ脇の道から人の話し声がした。一瞬、男子の手が止まる。その隙を突いて私は逃げた。足ががくがくしてうまく走れなかったし、後ろから追いかけて来るのではないかと強い恐怖に襲われた。人気の多い大通りまで走り、男子がついて来ていないことを確認すると、文字通りへたり込んでしまった。ただただ、怖かった。

私はそのことを誰にも言わなかった。親にまた衝撃と不安を与えるのはしのびなかったし、何よりも担任に何を言われるかが怖かった。約束は守られない。大事なことを、大事にしてもらえない。死の恐怖を感じたことも、彼女にとってはいじめの材料に過ぎないのだ。

取り落したままになった本は、なくしてしまったと嘘をついた。

怖い思いをしたことを、冷笑しない社会がいい

事件のときに私を保護してくれた女性によると、男が階段を使って逃走するとき、私は後を追いかけたのだという。確かに、男が階段の踊り場で止まって、「こっちに来て! ほら、早く!」と手を差し出した光景を、くっきりと記憶している。真っ白な壁に、骨ばった手。同時に「行っちゃダメ!」と強く私を抱きとめた女性の腕の感触も。

恐怖を与えた対象を、なぜ追ったりしたのか。人生で折に触れ考えたのだが、今となっては「現実から逃げたかった」という理由がひとつ、思い浮かぶ。「知らない人に声をかけられても、ついていってはいけない」ということは、当時の私も親からいやというほど言い含められていた。じっと見てもいけない。お菓子をもらってもいけない。繰り返し言われたし、よくわかっていたつもりだった。

それとは無関係な事象として、学校に行けば叩かれ、罵倒され、いじめられるという現実があった。小学校に入学して早々に、私は途方に暮れていた。いつも逃げたかった。他の子みたいに、先生や大人から褒められたかった。そうした心の欠落が判断力の低下につながり、無意識のうちに体が動いてしまったのではないか。そしてもし、止めてくれる人がいなかったら、私はもっとひどい目に遭うか、死ぬかしていたのだろう。

「知らない人に声をかけられても、ついていってはいけない」と繰り返し教えるのは大切なことだ。でも、子どもがそのとき、どんな心情でいるかまでを把握することはできない。もしそうした一瞬の隙をつくような犯罪を防ぐものがあるとすれば、それは世の中の大多数である“普通の良心の持ち主”が、「こういう不審者がいました」というアラートを真剣に受け止めることではないだろうか。「こんな些細なことを」と冷笑するムードを許してしまうと、世の中はとたんに「過敏に反応した結果、生きづらくなった現代社会」的な見方をされ、問題からどんどん目が逸らされていく。「あの人は、変ではないか?」と気付くことができる目は、もともと備わっているものでも、突然備わるものでもない。想像以上のことは、いつだって起こる。情報としてインプットし、普段から心の目を鍛えていなければいけないのだ。見つけてもらう前に連れ去られた私が言うのも、おかしなことだが。

冷笑するムードができることを危惧するのは、それによって口を閉ざしてしまう人もいるだろうと考えるからだ。ひとつひとつのアラートの背景には、ゾッとするような思いをした子どもがいる。通報した親は「怖い思いをしたね」「ちゃんと言えて、えらかったね」と子どもに言っているだろう。でも、世間が冷笑してしまっては台無しである。

二度目の事件を誰にも言わなかったことで、私は自分を守ったつもりだった。当時はそれしかできなかった。先生に「ボーッとしてるから悪いんじゃないのか」「なんで逃げなかったの」と言われるのではないかと怖かった。でもそれによって、また別の子が被害に遭ったり、犯人が別の犯罪に走ったりもしたのかもしれない。私には子どもはいないが、せめて被害を隠そうと思わない社会を、作っていきたいと思う。たまたま助かった、たまたま生きていた元・子どもとして。それが、本エッセイの目指すところだ。

事件のことを暴露された、あの瞬間の青はいまだに、頭から離れることはない。

 

●エッセイのおまけとして、「連れ去り事件」から連想した本を3冊ご紹介します。シビアな話はこのエッセイで充分でしょう。ですから、ひどいことにはならなかった小説を2本と、実際にあった事件を描いたノンフィクションを1冊にしました。

三浦しをん『きみはポラリス』(新潮文庫)

「冬の一等星」という短編が、連れ去られた女の子の話です。といっても犯人の目的は連れ去りではなく、「傷つくことがないように細心の注意を払って、私を暗がりから遠ざけた」のでした。こんなふうに、つらい現実から逃れたいと思っていました。

 

江國香織『すいかの匂い』(新潮文庫)

「あげは蝶」という短編があります。行ってしまおうと、ふと心が動く瞬間、私にも覚えがありました。夏の熱気に新幹線の空気と、匂いまでも伝わってくるような短編でした。

 

河合香織『帰りたくない 少女沖縄連れ去り事件』(新潮文庫)

47歳の男に連れ回され、沖縄で保護された10歳の少女に何があったのか。ここではない場所に連れ出してくれる、逃げ出させてくれる。そんな少女の願いが浮き彫りにされるノンフィクションです。

関連書籍

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真木あかり

大学卒業後、フリーライターを経て占いの道へ。『辛口誕生日事典 2018』『悪魔の12星座占い』(宝島社)など著書多数。LINE占い「チベタン・オラクル」監修。個人鑑定も行っている。

Blog http://makiakari.hatenablog.com/
Twitter @makiakari

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