(撮影:齋藤陽道)
先日、ツイッターのタイムラインに、すかっと、胸のすくようなツイートを見かけた。多くの反応があったツイートなので、ご覧になった方もいるかもしれない。図書館がこれまでに貸出が一度もなかった本から選書した〈貸出ゼロコーナー〉を設け、それを見た投稿者が「誰も読んでいない本を読むなんて最高」と、そこから何冊か借りてみたというのだ。
誰かに読まれることになって、その本もきっと嬉しいだろう。わたしはこのツイートを見て、都築響一さんの『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』という本を思い出した。正直に告白すれば、わたしはその本を読んだことがない。以前に勤めていた名古屋の店に、都築さんの「だれも買わない」が入ってきて、印象的な名前の本だなと思いそのことをいままで覚えていただけだ。しかしそのタイトルには、世の流行りには目もくれず、自分のやるべき仕事を行おうとする強い意志が感じられ、いまになって強く心を動かされる。今度読んでみようと思う。
開店以来約七年、一度も売れることなくそこにある本はTitleにももちろん存在する。ここでその書名を公表すれば、その本のことを不憫に思った誰かがわざわざ店に来て買ってしまうかもしれないので(それは自然なことではない)、あえて調べたり探そうとは思わない。しかし周りをよくよく見渡してみれば、店にある在庫のうち4分の1くらいは、これまで誰にも買われることなくそこにあるのではないだろうか。たまにお客さんが持ってきた本で、ページの上部にうっすら埃が積もっている本があるが、それを見た時などは、あぁ、いままでずっと誰からも手に取られなかったのだと、胸が少し苦しくなる。願わくば店にある本すべて、その本を待つ誰かが、きっとどこかにいてほしい。
誰も買わない本がある一方で、店には売れている本もたくさんある。よく、「いまどういった本が売れるのですか」と尋ねられることがあるが、冗談か禅問答のように聞こえても、「売れてる本が売れます」と答えるのが、いまという時代の気分をいちばん表しているように思う。
これはわたしに限った話だが、何かの賞を貰ったり世間的に売れている本に関しては、なるべく力を抜くよう心がけている。ここで言う「力を抜く」とは、何度も大きな声で宣伝はせず、そこにさりげなく置いておくといったくらいの意味。力を入れないのは、別に自分がしなくてもほかの誰かがそうするだろうから、全体としてはつりあいがとれると思ってのことだ。もちろん生来のあまのじゃくもあるだろうし、妬いているところだって少なからずある。しかし現実には難しくても、少なくとも一度店に置いた本に関しては、なるべくなら均等に、一冊ずつ気にかけたいと思っているのだ。そう、気持ちのうえでは。
出版社が自社から出した本の宣伝に励むのはあたりまえの話だが、本屋までもがそれに倣い、売れている本だけにべったり追随するのはよくない。「ああ、そうした本もあったよね」というくらい、あえてフラットに広く構えていたいものだ。右手では売れ筋を切らさぬよう目を光らせつつ、左手では(ちなみにわたしは左利きである)店全体のバランスをとり、本の多様性を確保する仕事を心がける。あらゆる本があっての、その一冊なのだから。
同じような意味で、「おすすめ本」という依頼に関してもいつも少しだけ困っている。もちろん仕事なのだから、その時々で好ましいと思っている本をいつも紹介しているが、何もその一冊だけが特別な訳ではないと、心のどこかで言いたい自分もいる。わたしはその一冊だけではなく、本という本すべてを推したい気持ちでいるので、いわゆる「推しの本」というのは存在しないのだ……
と、ここまで力強く書いて思い出したが、この連載にも「今回のおすすめ本」というコーナーがあった。さんざん格好をつけて書いてしまったうえ、このあと紹介される本も気の毒なので、今回のおすすめ本はお休みします。ちなみにこのコーナーは、「こんな企画があれば本屋の書くエッセイみたいじゃないですか?」と、わたしから担当編集者に持ち掛けたものであることを付け加えておきます。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー
科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
◯【書評】New!!
『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
◯【お知らせ】New!!
店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
○黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編 / お買いもの編
◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】
スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号
『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。