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ライムスター宇多丸のお悩み相談室

2022.10.28 公開 ツイート

自分に経験がないため、女性への差別的発言に鈍感です。問題意識が薄いのではないか?と悩んでいます。 宇多丸/小林奈巳(女子部JAPAN)

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自分に経験がないからか、女性への差別的発言に鈍感です。意見が言えない私は社会人として欠落している?(2021年4月17日)

女性への差別的発言がきちんと批判されたり、生理の話がオープンになってきたりと、私たち女性を取り巻く環境は日に日に変わっていると思うのですが、そんななか私は鈍感で悩んでいます。自分はこう思うという強い意見がなく、差別的発言にひどいとは思いますが、一時的には怒りが湧いても持続しません。それは私が育ってきた環境が女子校(中学から大学まで)でそういった経験がなかったこと、家族は典型的な「かかあ天下」で、優しい父のもと姉妹として育ち、職場も女性が多いので「女だからああだこうだ」という扱いを受けた経験がありません。だからなのか、穏やかな性格といえば聞こえは良いかもしれませんが、女性差別に対する問題意識が薄いのではないか? と自分自身に悩みます。強くしっかりした意見が言えない私は社会人として欠落しているのでしょうか? そうであれば、どう改善したらいいと思いますか。(ポコ・35歳・東京都・会社員)

こばなみ  私はこのポコさんの気持ち、ちょっとわかるなぁと。環境が良かったのか、幸いにもつらいことがあまりなく育ってきたものでして、なにも思わないということではないのですが、自分は社会問題に対して疎いんじゃないかと、それを引け目に感じてしまうことは、正直あります。

宇多丸   なるほど。でもさ、ある社会問題に対して、人それぞれに考えやテンションの差があったりするというのは、本来当たり前のことじゃない? 誰ひとりとして同じ経験、同じ人生を歩んでなどいない以上、その問題に対する当事者性や距離感も、それぞれ異なっているのは当然で。

たとえば性差別に関しても、女性のなかでさえ、どれだけ自分事に感じるかにはそれなりの幅がある、という。もちろんその異なり自体に、ポコさんやこばなみのように「私なんかいい気なものでしかないんじゃないか」などとコンプレックスを感じたり、逆に「なんでみんなもっと声を上げないの?」的に苛立ちをおぼえたりするというのも、気持ちとしては全然わかるけども……。大事なのは、その「みんなそれぞれ異なる」という事実に対して、お互いできる限り想像力を働かしましょうよ、ってことじゃないかな。

たとえば、「私自身は女だからといって差別的な扱いを受けたことなど一回もないし、そういう視線を感じたこともまったくない」というような女性がいたとして、無論そのほうが望ましいことなのは間違いないし、そのことをもって責められるいわれはないのも当たり前だけど、だからといってその人がもし、「……なので、言われてるほど今の世の中に差別なんか存在しないと思う」とか言い散らかしたりしたら、それはもう完全に、現に差別に苦しんでいる人たちに対して抑圧的、なんなら暴力的に機能する何かに、速攻でなりさがっちゃうわけじゃないですか。そういう理屈をふりまわす人、ホントにちょいちょいいたりしますけども。

要は、自分の視界に入るものが世界のすべてだと思い込んじゃっているから、そういう傲慢な発言になる。あとはひょっとしたら、そうした件に自分があまり熱くなれないことに、ポコさんやこばなみ同様、ある種の後ろめたさを実は感じてもいて、だからこそつい反射的に「迎撃態勢」を取ってしまう、という面もあるかもしれない。

いずれにせよ、現状そこまで不自由を感じずにいられている恵まれた立場の人ほど、そこに問題があるということ自体に気づけなくなりがち……だからこそ、常に自らを戒め、謙虚でいなきゃいけないはずだろう、と僕は思うんですよね。これはセクシズムのみならず、この世のありとあらゆる差別構造に言えることで。

もっと言えば、ある面では被差別側にいる人が、同時にまた別の面では無自覚な抑圧側でもある、ということだって、普通にいくらでもありうるわけでしょ。そう考えると、「自分は何もわかってないのかもしれない、ヘタすりゃすでに加害者側でもあるのかもしれない」といった「引け目」は、誰もが持ち続けたほうがいい感覚かもしれないですよね。

だからポコさんやこばなみみたいな人も、実際に性差別でつらい目に遭ってきた人たちと比べておっとり構えてしまうのは仕方ないというか、それそのものが悪いわけではまったくない、恥じるべきことでもないんだけども、同時に、そういう問題は現実にそこらじゅうにあるということ、自分はたまたま幸運な場所に生まれついてそれらを避けられただけなんだということを、最低限アタマで理解しようとすることは、できるはずじゃない? 

そういうことさえなんとか心がけていけるなら、「差別を解消していきたい」という根本の理想を共有している者同士であれば、互いに立場や細かい考え方の異なり、テンションの差などはあったとしても、大筋でそれぞれが連帯してゆくことは、全然可能だろうと思うんですよね。

逆に、大目的は一致しているのに異なりがあるからっていちいち分断なんかしてたら、それこそ差別を良しとする側の、思うツボですよ! その意味で、いわゆる意識の高い、「正しさ」に敏感な人が、そこまで厳格な基準で動いていない人を一方的に激しく非難したりするのも、それぞれ異なる事情を抱えた他者同士でもあるということに対してちょっと配慮を欠いているとも言えるかもしれないですよね。

こばなみ  たとえば生理の話をすることがオープンになってきたという動きがここ数年でありますが、生理用品を買ったときに袋に入れてほしいか/ほしくないかという話をよくしていて。そもそも隠すものでもないわけだからオープンにしていい、だから袋に入れなくていいじゃないかって意見もあるし、やっぱりちょっと恥ずかしいから入れてほしいっていう意見もあって。なんとなく私は後者なんですけど、オープンにするのが「正」という意見のほうが強い印象があって……。でも別に答えをひとつに決めなくていいんじゃないかって思うんですが。

宇多丸   そうだね。女性自身さえ生理というものを恥ずかしく感じるよう仕向けられてきた、これまでの社会のあり方は、確かに男性中心的、性差別的で、なるべく早く正されるべきなのは間違いなく正論だし、そのための意識変革の第一歩として、まず生理用品を隠すように買うのはやめようよ、という提案も筋が通ってるとは思う。

しかし同時に、理念としてはそこに賛同していたとしても、とはいえ長年内面化されてきた羞恥心を急になかったことにはできないよ! というような女性たちが少なからずいるというのも、これまた無理からぬ話で。その人たちに、どうしても今すぐ袋から生理用品を出すよう強要するところまで……つまり、現時点でのその人にとっての切実な選択よりも、大文字の「正しさ」を厳格に優先させるべし、というところまで行ってしまうとしたら、それは歴史的に見てもちょっと、危ない方向なのではないかという気がします。

大原則として、積極的に他者を害したりしない限りは、それこそ保守的な価値観を持つ権利だってあるわけですから。もちろん女性であってもね。

ただこれ、くれぐれも勘違いしないでいただきたいのは、どんな考え方でもいいって言ってるわけじゃなくて。「みんな違って、みんないい」、要は多様性の肯定というのは、「他者の権利を侵害しない」「他者の尊厳を踏みにじらない」っていう、最低限の一線が守られているのが前提の話なので。もちろん「正しさ」の主張にも、同じルールが適用されるべきで。その点、言うまでもなく差別主義というのは、人権侵害、尊厳無視の最たるものですから。問答無用でアウト! なわけです。

まぁとにかく、ポコさんもこばなみも、そしてもちろん僕もでしょうが、ここまで比較的恵まれた境遇にいられたことを感謝しつつ、だからと言ってそこに開き直ってちゃダメで、むしろいつでも自分の世間知らずっぷりに焦ってる、くらいでちょうどいいのかもね。そのうえで、普段から怒りを表明したり具体的な活動をしたりというところまではゆかなくとも、いざというときには、ライトなスタンスでいいから「自分なりにできることをする」で、とりあえずはじゅうぶんなんじゃないかなぁ。

たとえばやはり、ちゃんと考えて参政権を行使する、とかは基本だろうし……。ほかにも、寄付や署名、リツイートやいいねもそうかもしれないし、あとはまわりの人たちとカジュアルに話し合う、などまで含めて、やり方はいろいろですよね。まぁ人間誰しも、直接的な認知の限界はあるわけだけど、知性と想像力で、そのギャップをある程度まで埋める努力はできるはずだから。

本を読む、ニュースに触れる、人の話を聞く……それこそ、この連載の良さって、自分とは立場が違う人の、まさに「当事者」としてのリアルな声が聞けることだったりすると思うんですけど。僕自身もすごく勉強になりますし、みなさんにとってもそうであるといいな、と思って毎回やっています。

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宇多丸 ラッパー、ラジオパーソナリティ

1969年東京都生まれ。早稲田大学在学中にMummy-Dと出会いヒップホップ・グループ「RHYMESTER(ライムスター)」を結成。ジャパニーズ・ヒップホップシーンを開拓/牽引し、結成30年をこえた現在も、アーティストとして驚異的な活躍を続けている。2007年にはTBSラジオで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』がスタート。09年に「ギャラクシー賞」ラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞するなど、ラジオパーソナリティとしても活躍。同番組内の映画批評コーナーなどが人気を博す。18年4月からは、同局で月~金曜日18~21時の生放送ワイド番組『アフター6ジャンクション』でメインパーソナリティをつとめている。著書に『ライムスター宇多丸の『ラップ史』入門』『森田芳光全映画』『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』などがある。

小林奈巳(女子部JAPAN)

愛称・こばなみ。株式会社都恋堂・代表取締役。出版物や広告コンテンツの編集業務を経て、2010年に「iPhone女子部」を結成。現在はコミュニティ・メディア「女子部JAPAN」として、全国2万3千人の30~40代女性を対象に、ココロとカラダを元気にするためのコンテンツ&イベントを企画・実施中。仕事は好きだが、PCのデスクトップと部屋がどうしても片付けられないのが長年の悩み。

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