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月はすごい 資源・開発・移住

2022.11.24 更新 ツイート

月の砂「レゴリス」の不思議な性質 球体なのに「盆のよう」に見える理由 佐伯和人

アメリカ主導による有人月面着陸計画「アルテミス計画」、民間ベンチャーによる月面探査機打ち上げなど、宇宙開発の中でも特に注目度の高い「月開拓」。なぜ国や企業は「月」に注目しているのでしょうか。

最前線の月探査プロジェクトに携わる佐伯和人さんの著書『月はすごい 資源・開発・移住』(中公新書)から、月の砂の不思議な性質について、抜粋してお届けします。

砂浜の砂より細かく、機械の故障の原因ともなる月の砂「レゴリス」

高地も海も、できた時は岩石の塊であったはずである。しかし、今は、細かな砂で覆われている。図13はアポロ宇宙飛行士が月面につけた足跡の写真である。砂浜でもこんなにくっきりとは足跡はつくまい。月の砂は砂浜の砂よりもずっと細かく、平均の粒の直径は0.1ミリメートル以下である。小麦粉と同程度の粒のサイズと考えて良い。

図13 人類初の月面着陸の時に宇宙飛行士が月面につけた足跡(NASA)

月には大気がないので、1ミリメートルよりも小さな隕石でも大気で減速することなく、秒速10キロメートル以上の速度で落ちてくる。月面の岩石は大小の隕石に砕かれて粉々になっていき、そのうちに細かな砂になる。この月面の砂をレゴリスと呼ぶ。

このレゴリスは少々やっかいな物質で、月面活動をしていると、宇宙服や観測機器に静電気でくっついてくる。図14はレゴリスで汚れた宇宙服を着た宇宙飛行士である。レゴリスは家にあるような綿埃ではなく、岩石の粒なので、機械の歯車に入って回転を妨げる可能性があるし、カメラのレンズなどについた場合、拭き取るとレンズに傷をつけてしまう、眼に入ったらものすごく痛い、月がレゴリスで覆われていることは、実は人類が行く前から想定されていた、それは、月の見え方からである。

図14 レゴリスで汚れたアポロ17号ハリソン・シュミット宇宙飛行士の宇宙服(NASA/Eugene A. Cernan) 

ヒントは、「月」という歌にあった、こんな歌詞である。

出た出た月が まるいまるいまんまるい 盆のような月が

この歌は文部省唱歌と言って、文部省、現在の文部科学省が、明治後期から昭和初期に小学校の音楽教育用に作った歌である。その後も、長らく幼稚園や小学校の音楽の時間で歌われており、著者も幼稚園のころから習って歌っていた。最近は学校で歌われておらず、若い世代には知られていないようだ。

それはともかく、幼稚園のころから私はこの歌が大嫌いだった。アポロ計画で人類が月に着陸したのは1969年で、私が2歳の時だった。当時は子ども向けの本にまでアポロ計画の様子が詳しく解説されていたので、幼稚園児の私も月が球体であることを知っていた。そして、こう思ったのである。

「盆のような月だって。それじゃあ学芸会のために幼稚園の先生が段ボール紙で作った月みたい。なんてつまらない見方をしているんだ」

月には実際に「盆のよう」に見える性質があった

こう思ったことは、実は大人になるころには忘れていたのだが、月周回衛星「かぐや」の地形・地質カメラの開発メンバーになった時に、衝撃をもって思い出すことになった

私はもともと隕石を切断して電子顕微鏡で観察したり、小さな鉱物の化学組成を測定したりすることを専門としていたので、「かぐや」のように、月の上空からカメラで画像を撮影して、その画像を分析するという手法の研究はやったことがなかった。そこで、月惑星探査のさまざまな論文を読みながら、大学の屋上に望遠鏡を担ぎ上げて撮影した月画像をコンピューターで解析しつつ、勉強をしていた。

そしてとある論文の中にこのような文を見つけたのである。「月は、表面の特性によって平板な円盤(flat disk)に見える」。この文を読んだ瞬間に、文部省唱歌「月」を突然に思い出したのである。文部省唱歌の作詞者は不詳ということになっているが、もちろん、天体の光観測の論文を読んだはずはない。おそらく、純粋に月を見て「お盆に見える」と思ったのだろう。

それに引き換え、自分は月が球体であるという先入観から、きちんと月を見ることもできていなかったのか……不詳の作詞者の観察眼への敬服、自分の浅はかさへの恥じらい、何気ない観察に科学の本質が隠されていたことへの驚き、さまざまな感情が一度に湧き上がってしばらく茫然としてしまった。

(写真:iStock.com/m-gucci)

盆に見える秘密はこうである。

まずは下敷きのような平面を考えていただきたい。この下敷きの表面がつるっとなめらかだと、下敷きに当たった光は、ほとんどは、鏡で反射するような決まった角度に反射して進む。光が反射する方向から見ると、この平面はぴかっと光って見えるが、それ以外の角度から見ると暗く見える。一方で、この平面が砂地のように荒れていると、入射した光は四方八方に散乱されて跳ね返るので、この平面をどの角度から見ても、同じような明るさに見える。このような平面を拡散反射面という。

月はレゴリスという粉体に覆われているので、月面は拡散反射面の性質を持っているのだ。

光を当てる物体が球体だとどうなるだろうか。盆のように見えるのは、「まんまるい」月、すなわち満月である。満月の状態というのは、「菜の花や……」の俳句のとおり、太陽・地球・月がほぼ一直線に並んでいる状態で、太陽の光が月に差し込む方向と、我々が月を見る視線の方向がほとんど同じである。この時、月面がつやつやピカピカの滑らかな平面であった場合は、中心付近は光がまっすぐ跳ね返って明るく見えるが、満月の周辺部では、光は、地球方向ではなく、宇宙方向に跳ね返っていく。そうすると、満月は中心が明るく、周辺は暗い球体のように見える

一方で現実の月は、レゴリスで覆われているために、月面が太陽光線に対してどういう角度になっていても、同じような明るさに見える。そのために、実際の満月の中心と周辺部は同じ明るさに見えて、まるで盆のように見えるのだ。

異常に明るい満月

レゴリスという粉体に覆われていることで、もう一つ重要な現象が起きる。それは、しょう効果だ、衝効果とは、光源―対象物―観測者のなす角度が零度に近い時に対象物が異常に明るく見える現象のことである。

*   *   *

この続きは中公新書『月はすごい 資源・開発・移住』をご覧ください。

佐伯和人『月はすごい 資源・開発・移住』(中公新書)

一番身近な天体、月。約38万km上空を回る地球唯一の衛星だ。アポロ計画から約半世紀を経て、中国やインド、民間ベンチャーも参入し、開発競争が過熱している。本書では、大きさや成り立ちといった基礎、探査で新たに確認された地下空間などの新発見を解説。人類は月に住めるか、水や鉱物資源は採掘できるか、エネルギーや食糧をどう確保するかなども詳述する。最前線の月探査プロジェクトに携わる著者が月面へと誘う。

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月はすごい 資源・開発・移住

アメリカ主導による有人月面着陸計画「アルテミス計画」、民間ベンチャーによる月面探査機打ち上げなど、宇宙開発の中でも特に注目度の高い「月開拓」。なぜ国や企業は「月」に注目しているのでしょうか。

最前線の月探査プロジェクトに携わる佐伯和人さんの著書『月はすごい 資源・開発・移住』(中公新書)は月の基礎知識から月がもたらすであろう資源やエネルギー、そして宇宙開発の未来まで解説した一冊。

月の大きな可能性が垣間見えるこの本から、一部を抜粋してお届けします。

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佐伯和人 博士(理学)

1967年(昭和42)愛媛県生まれ。東京大学大学院理学系研究科鉱物学教室で博士取得。専門は惑星地質学、鉱物学、火山学。ブレイズ・パスカル大学(フランス)、秋田大学を経て、現在、大阪大学理学研究科宇宙地球科学専攻准教授。JAXA月探査「かぐや」プロジェクトの地形地質カメラグループ共同研究員。月探査SELENE-2計画着陸地点検討会の主査を務め、月着陸計画SLIMにかかわるなど、複数の将来月探査プロジェクトの立案に参加している。

著書『世界はなぜ月をめざすのか』(講談社ブルーバクス、2014年)『月はぼくらの宇宙港』(新日本出版社、2016年)ほか

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