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眠れぬ夜のひとりごと

2022.09.15 更新 ツイート

電話のむこうにある闇 真木あかり

(写真:iStock.com/K-Angle)

電話にでんわ

 

20代半ば、突然電話がダメになった。なんとなく嫌だと感じる相手が増え、ある段階からはっきりとした苦痛に変わった。気付いたら、かけるのも受けるのも冷や汗すらかくようになっていた。

 

そもそもは好きも嫌いもなかった。電話は日常に溶け込んでおり、友達と長電話するのは楽しかったし、テレアポのアルバイトもした。当時、目の前にいない相手とのコミュニケーションツールといえば手紙か電話くらいのものだったのだ。日本にもそういう時代があった。それはともかく、ある日気付いたら電話がダメになっていた。電話をかける。知らない人間が出る。その人が今ヒマなのか忙しいのか、機嫌がいいのか悪いのかわからない。本人かどうかも不明である。一寸先も見えない闇のなか、素手で正体のわからない、蠢(うごめ)く何かに触れに行くような感覚だった。かかってくるのはさらに恐怖で、突然鳴り出すと心臓が早鐘のように打った。当時、私はいろいろな事情からひどい人間不信に陥っていた。それが影響したのかどうかはわからない。電話をかけてくる人とは、誰とも交流したくないとすら思った。

 

あるとき、憧れていた物書きの職でアルバイトを見つけた。しかし募集欄に「まずはお電話を」とある。しかし電話が怖い。なんとかチャンスが欲しいと思った私は、その会社に手紙を書いた。事情があって電話が苦手で応募ができないのだが、ネット回線とやる気はあるのでぜひ挑戦させてほしい──数日後、封書で返信が来た。今から思えばなんと丁寧な対応をしてくれたものだと思う。「やはり最初は、お電話でお話しできればと思います」と、美しい楷書で書いてあった。ごもっともである。電話を1本入れるくらい、何だというのだ。そもそも電話ができなくて、仕事になるのか。社会人たるもの、そんな甘えたことを言っていてはダメではないか。そこで私は勇気を出して電話をしたかというと、応募そのものを諦めたのだった。どうかと思う。

 

つくねんとブログを書くなどして暮らしていたら、渋谷のベンチャー企業に拾ってもらえた。というか、オフィスに遊びに行ったらいつの間にか入社することになっていたのだ。「電話に出なくていいなら」と言うと、それでOKだという。というわけで、入社後1年ほどは本当に電話に出ずに仕事をしていた。どうかと思う。

 

あるとき、中途採用されて上司になった人が「絶対に電話に出ない」という私の入社条件などつゆ知らず、電話をガンガンに使わせた。話が違う。勘弁してもらいたいと言うと、上司は真剣な瞳で「僕も仕事は苦手だ、しかしなんとかなっている」と言う。交渉失敗である。かくして私は電話のある世界に戻るわけだが、しだいに慣れた。しかしプライベートとなるとまるでダメで、美容院や飲食店の予約が全滅である。地味に困って、よく自分で髪の毛を切っていた。

 

10年の歳月は流れるように過ぎた。あるとき「もういいのでは?」という天啓がひらめき、私はなんとなく会社を辞めた。当時はまたしてもものすごい人間不信に陥っており、ふたたびすべての電話がダメになっていたのである。有線電話からガラケーへ、そしてスマホと機器が変わって、曲りなりにあの闇を克服できたものと思っていた。しかしねっとりと重い闇はすぐ目の前にあり、電話をかけようとするたびに襲い掛かってくるのだった。取引先に1本の電話をかけるのに半日あまりも決断の時間を必要とする体たらくで、電話後は寝込んでしまう。効率も何もあったものではない。逃げたい。

やっぱり電話にでんわ

アルバイトの応募から逃げ、就職してもなお電話から逃げようとした私は、今度は徹底的に逃げることにした。電話を排除すべく、数年かけてじっくりと仕事を設計したのである。協力してくれるメンバーは税理士さん含めすべて、電話で連絡してこない人である。仕事そのものも慎重に選別し、電話が必須のものは徹底的に避けた。「電話よりもメールで連絡がつく人」と印象づけるため、電話には出ずメールは何時であろうと即レスした。逃げるからには、電話以上に有用なスキルを磨かねばならぬとも考え、得意分野に特化した。こうした努力と創意工夫を仕事に向ければ、今頃すごい何かになっていたのかもしれない。富豪になってドバイあたりで暮らしていたかもしれない(そんなことはない)。

 

電話が怖くない人からすれば「そのくらい、慣れればいいのに」だと思う。「甘えじゃないのか」でもあると思う。私もそう思う。それで会社員時代、10年頑張ってみたのだ。もう10年やったら慣れるかとも思ったが、暗闇に向かって怖いと思い続けるであろう時間の総数を、できれば笑って楽しく過ごすために使いたいと思った。生きるために、逃げよう。そう結論を出した。

 

世の中は「逃げろ」と「逃げるな」で溢れている。ある人は逃げろと言い、ある人は逃げずに向き合えと言う。実を言うと、私は実にいろいろなものから逃げてきた。電話なんて些細なものだ。勉強からも、自立からも、就職からも、パートナーシップからも逃げて今がある。しかし、そこそこ長く生きてわかったが、「嫌だから逃げる」を選ぶと、人生のどこかで別のかたちで、それを補うような努力が必要になってくる。「生きるために逃げる」を選ぶと、それを補う努力のタイミングは突然降ってくるのではなく、自分で意識してやっていくことになる。

逃げずに物事に向き合えば、耐え抜く努力が必須だろう。どれを選んでも結局、そこからが人生なのだ。私たちはいつだって何かしらの問題を抱え、崖っぷちにいる。逃げてもいい。逃げなくてもいい。世の中の“正しさ”に縛られず、丁寧に考えることだけが自分を救う。

 

農学博士の稲垣栄洋氏は、「踏まれた草にも花は咲く」、つまり逆境にある人にもいつかチャンスはやってくるという意味合いの慣用句に、専門家としての立場から異議を唱えている。雑草の場合は「踏まれた草こそ花は咲く」のだという。植物は種子を残すことがその生において最優先事項である。その種子のために使われるエネルギー率「繁殖分配率」は、恵まれた場所に生える植物よりも、踏まれてばかりの雑草のほうが高いのだという。

 

「環境が厳しいほど、植物は自らのエネルギーを、より大切なことのために使います。一粒でも多くの種子を残すために、『踏まれた草』こそ花を咲かせるのです」

(稲垣栄洋『大事なことは植物が教えてくれる』マガジンハウス)

 

植物のことを勝手に人間に援用するのはいささか安易なことかもしれないが、踏まれることはつらい。できたら踏まれずに生きていきたい。人格も心も、尊厳も、誰も踏みにじったりしないでほしい。でも踏まれた草こそ花が咲くならば、踏まれた者こそ生き延びる力が高まるようなこともあるのではないか。とにかく逃げたいだけのときも「生きるために逃げるのだ。そうすることで、力が出るのだ」と思ってみると、真っ暗なトンネルの先にも光を見出しやすくなるのではないだろうか。踏まれたままで、終わってなるものかと。自分の花を咲かせるんだと。

●エッセイのおまけとして、「逃げる」から連想した本を3冊ご紹介します。

角田光代『ツリーハウス』(文春文庫)

戦争、結婚、仕事、夢、パートナーシップ……いろいろなものから逃げ、それぞれが自分の力で答えを見つけた一族の物語。「そこにいるのがしんどいと思ったら逃げろ。逃げるのは悪いことじゃない。逃げたことを自分でわかってれば、そう悪いことじゃない。闘うばっかりがえらいんじゃない」というセリフに魅せられました。

 

渡辺龍太『自分の居場所はどこにある?』CCCメディアハウス

居場所を確保するためのコミュニケーションにスポットライトを当てた本。誰もが最初から居場所を見つけられるわけではないなか、「居場所はつくるのではなく、発見し、受けいれる」「虚構の居場所を求めない」などという言葉にハッとさせられます。逃げる、その先を考えるのにいい本だと思います。

 

稲垣栄洋『大事なことは植物が教えてくれる』(マガジンハウス)

文中でも引用させていただいた1冊。古今東西の言葉を取り上げながら植物の姿を紹介するというコンセプトですが、植物の生き方から学ぶことの多さについ、うならされるばかり。逃げ方のバリエーションを学べます。

関連書籍

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真木あかり

大学卒業後、フリーライターを経て占いの道へ。『辛口誕生日事典 2018』『悪魔の12星座占い』(宝島社)など著書多数。LINE占い「チベタン・オラクル」監修。個人鑑定も行っている。

Blog http://makiakari.hatenablog.com/
Twitter @makiakari

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