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日本が飢える!

2022.08.23 公開 ツイート

「腹が減っては戦はできぬ」のに、防衛費は増やし米生産を減らす不可解 山下一仁

食料の多くを輸入に頼るうえ、長きにわたる減反政策で米の生産が大きく減り続け、余剰も備蓄もない日本。元農林水産省官僚で経済学者・農政アナリストの山下一仁さんによる『日本が飢える! 世界食料危機の真実』は、「軍事危機で海上交通路を破壊されたとき、国は国民にどうやって食料を供給するのか? 日本は有事において武力攻撃ではなく食料不足で壊滅する――」と警告します。日本政府は、食料危機を想定した具体的な対策を持っているのでしょうか?

(写真:iStock.com/Josiah S)

ウクライナで起きている食料危機

食料危機には二つのケースがある。ロシアのウクライナ侵攻では、二種類の危機が同時に起きた。

一つは、価格が上がって買えなくなるケースである。途上国では所得のほとんどを食料品の購入に充てている。例えば、所得の半分を米やパンに充てているとき、この価格が3倍になると、食料を買えなくなる。2008年にはフィリピンなどでこのような事態になったし、インドが輸出制限をしたのも国内の価格を低く抑えようとしたためだ。

2022年のロシアのウクライナ侵攻による小麦価格の高騰で、スーダンでは暴動が起きている。マスメディアで報道されているのは、この危機である。たしかに、途上国の貧しい人にとってこれは重大である。しかし、所得水準の高い日本では、このような事態は起きない。

もう一つは、物流が途絶えて、入手できないケースである。東日本大震災のとき、東北の被災者たちは、お金はあっても食べるものに事欠いた。ウクライナの首都キーウのスーパーの棚から、食料品が消えた。ロシアに包囲され孤立したウクライナの都市では、政府や赤十字による、食料、薬、生活物資の輸送がロシア軍に阻まれ、飢餓が発生している。お金があっても物流が途絶して食料が手に入らないという、物理的なアクセスに支障が生じる事態である。日本にとって重大なのは、この種の危機である。

何度も繰り返すが、日本は食料供給の多くを海外に依存している。日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーン(海上交通路)が破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけないという事態になれば、国民への食料供給に重大な支障が生じる。具体的には、台湾有事だ。

これと全く同じ状況ではないが、似たような事態を日本人は経験している。終戦直後の食料難である。このとき、供給面では、米は大凶作だといわれた。東京・深川の農林省の倉庫には、東京都民の3日分の米しかなかった。多くの人が海外から引き揚げてくるので、需要は増加する。輸入はゼロである。戦前は、朝鮮や台湾という植民地からの米輸入があったが、それもなくなった。巷間(こうかん)では1000万人が餓死するといわれた。

米、麦、イモなど多くの食料は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに指定された小売業者から食料を買った。配給制度である。ただし、このときは、アメリカからの穀物援助で糊口(ここう)をしのいだ。また、1945年は、農林省の統計が予測したほどの不作ではなかった。

このときの経験を活かせばよいのだが、この危機を生き抜いた人たちのほとんどは、鬼籍に入(い)っている。終戦当時20歳の人は2022年では97歳である。1942年制定の食糧管理法による配給制度を実行したのは農林省だったが、現在の農林水産省にそのときのノウハウは全くといってよいほど引き継がれていない。日本人は75年間食料危機を経験していないのだ。

日本人は極めて幸福な時代を生きてきた。シリア、アフガニスタン、エチオピア、ソマリア、コロンビア、ベネズエラなど、大きな内戦、紛争が生じた国の出来事が、自分たちにも起こりうるとは思ってこなかった。ウクライナの人たちも同じだった。ロシアが侵攻してくる直前まで、そのような事態が起きるとは、大統領以下思ってもいなかった。起こりそうもないことが起きる。それが、ロシアのウクライナ侵攻の教訓の一つだろう。しかも、日本周辺には、中国や北朝鮮という、ロシアと似た独裁的な政治体制を持つ国がある。

80年ほど前の貴重な経験は失われた。農林水産省は、オオカミ少年のように低い食料自給率や食料危機を煽るが、食料危機になったときに具体的に何をすべきか、全く検討さえしてこなかった。農林水産省は、オオカミが来るとは思っていないからだ。オオカミが来ると言えば、農業保護を増やしてくれると思っているのだ。

危機への対応は、起きてからでは間に合わない。新型コロナが流行してから、政府は思いつきのように布マスクを生産・配布しようとしたが、タイミングを失し、利用されずに在庫として積み上がった。

配給通帳を印刷して全国民に配布するには、相当な時間がかかる。また、輸入が途絶してから、農産物の生産を始めても収穫できるのは遠い先である。タイミングが悪ければ、一年半くらい待たなければならない。他の用途に向けられている土地をすぐには農地に転換できない。法律上、政府が勝手に土地を取り上げることはできないし、機能上も、コンクリートで覆われたりガレキが埋まっていたりする土地は、物理的にも生物学的にも、農地として利用できない。

危機を想定した周到な準備が必要なのである。防衛省は、軍事的な紛争が起きることを想定して、平時から武器弾薬の整備や兵の訓練を行っている。軍事的な紛争が起きるかもしれないし、起きないかもしれない。しかし、起きると大変な事態となるので、防衛省が必要である。

食料危機も同じである。そもそも、軍事的な紛争が起きると食料の輸入が途絶すると思われるのに、前者には対応する組織や手段があるのに後者への対応はなおざりにされている。日本を巻き込んだ軍事的な紛争が起きるときに、兵站は大丈夫なのだろうか?

「腹が減っては戦はできぬ」と言うではないか。それなのに、自民党国防族の幹部は防衛費を増額するよう要求する傍らで、米生産を減少させる減反をより強化すべきだと主張している。

*   *   *

続きは、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』をご覧ください。

関連書籍

山下一仁『日本が飢える! 世界食料危機の真実』

人口増加や気候変動により、近年、世界的な食料不足が問題になっているが、ロシアのウクライナ侵攻で、事態は一気に深刻化した。穀物価格は高騰し、途上国では暴動も勃発している。そして、食料の多くを輸入に頼る日本でも、憂慮すべき事態が進行している。長きにわたる減反政策で米の生産が大きく減り続け、余剰も備蓄もない状態なのだ。軍事危機で海上交通路を破壊されたとき、国は国民にどうやって食料を供給するのか? 日本は有事において武力攻撃ではなく食料不足で壊滅する――。元農林水産省官僚による緊急警告。

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日本が飢える!

2022年7月27日発売『日本が飢える!』について

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山下一仁

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。経済産業研究所上席研究員。一九五五年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業。同博士(農学)。一九七七年農水省入省。同省ガット室長、農村振興局次長などを経て、二〇〇八年四月より経済産業研究所上席研究員。二〇一〇年四月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『日本の農業を破壊したのは誰か―「農業立国」に舵を切れ』(講談社)、『企業の知恵で農業革新に挑む! ―農協・減反・農地法を解体して新ビジネス創造』(ダイヤモンド社)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『環境と貿易』(日本評論社)、『農協解体』(宝島社)、『農業ビッグバンの経済学』『日本農業は世界に勝てる』(日本経済新聞出版社)などがある。

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