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眠れぬ夜のひとりごと

2022.08.15 更新 ツイート

雑踏の向こうで手を振って 真木あかり

(写真:iStock.com/Milatas)

いるはずのない何かが、いる

 

酷暑ということで、いくばくか涼しくなるような話をしよう。

会社員時代、とある夏のことである。残業中に眠くなると、私はいわゆる“意味怖”、つまり「意味がわかると怖い話」のサイトをひらくことにしていた。夜明け前の、最も暗い時間帯。歓楽街の渋谷と言えどもブラインドの向こうには夜闇が迫り、静まり返ったフロアにただひとり。そんなときに“意味怖”の話を読むと背筋がゾゾッとして途端に目が覚めるのである。その日は「ついているはずの電気が消えていた」系の話を読み、眠気が飛んだところで尿意を催した。

 

照明を落としたホールに出ると、「おや」と異変に気付いた。トイレの扉から光が漏れているのである。トイレは入り口の扉を開けると個室が左にひとつ、右にふたつ並んでいる構造だ。会社の鍵を持っているのは管理職のみであり、セコムも入っているので外部からの侵入は考えられない。そして私以外の社員は全員、終電で帰宅している。私がこの目で「お前、帰るのか……」と念を送ったので思い違いはありえない。最後にトイレを使ったのは私で、それが午前1時頃だった。ぱちんと電気を消したその感触が指にのこっている。

 

(リアル“意味怖”ではないか!?)

一瞬にして腕に鳥肌が立ち、私はすぐさま自分のデスクに引き返した。早く仕事を終わらせて、隣のコンビニでトイレを借りて帰ろう。しかし仕事は永遠のごとき量で、尿意はうなぎ登りに高まる一方である。もはやダムの放水シーンしか頭に浮かばなくなり、仕方なくホールに出た。トイレからはまだ光が漏れている。

 

もしかして、私が電気を消した記憶が間違っているのかもしれない。そう思ってガラス扉を押すと、総毛立つような思いがした。

 

個室のドアが閉じている。

 

稲川淳二と宜保愛子の出番である。いる。見間違いでもなんでもなく何かがいる。思わず扉を閉じようとすると、低いうめき声が響いた。いかにも「これを耳にした者は生きては戻れない」というイメージそのままの、いかにも怨念がこもっていそうな声だった。仮にセコムをすり抜けた変質者であっても、それはそれで怖い。さらにはうめき声の主・Xは私の名をとぎれとぎれに呼び始めたではないか。もはやここは冥土なのか。恥の多い人生であった。葬式はできれば楽しくやってほしい。あとクローゼットの奥に隠してある秘蔵のBL漫画は見なかったふりをして処分してほしい。と、そこで気付いた。同僚の声ではないか。うめき声で解説してくれたところによると、ベロベロに酔って終電を逃し、上司の鍵を借りて会社に戻ったはいいがマーライオンになる不安があり、トイレに閉じこもっていたそうだ。悔い改めてほしい。10年の会社員生活のなかで、このときほど肝を冷やした経験はなかった。

兄さんがいたの

“意味怖”体験の真相は「事情がわかれば怖くないわ」というものであったが、ホンモノではないかと思う経験もなくはない。

高校卒業が目前に迫った2月末のこと。私は母親と東京の土を踏んだ。大学入学後、一人暮らしをするアパートを探すためだ。

ほうぼうを見て回るものの、母は渋面を崩さなかった。あそこは日当たりが悪くて陰気だ、あそこは大家さんが意地悪そうだった。そんなふうに難癖をつけ、最後に見た比較的きれいな池袋のアパートは「まあまあだけど狭い」と保留になった。

 

両親はもともと、地元・静岡での進学を強く望んでいた。内気で陰気な私の将来を憂慮してか、「地元で進学・就職・結婚・出産」という“ふつうの人生”を送ってほしかったのである。当時はまさか「上京したまま東京に居着き、占い師になり、3回結婚する」と裏切りのコンボをかまされるとは想像だにしなかっただろう。私もである。まあそんなことはどうでもいいのだが、東京は怖いところだ、一人暮らしなんて無理だとグチグチ言われ続け、私は完全にうんざりしていた。お互いにベクトルの違う苛立ちを抱えながら歩く夕方の池袋駅は足早に歩く人でごった返し、徒労感ばかりが募る。

そのときである。突然、母が身を翻して叫んだ。

「兄さん!」

そのまま2、3歩行こうとするが、地下鉄に私鉄、JRとさまざまな路線が通るターミナル駅の雑踏はそれを拒む。母は一瞬ためらったのち、意外なほどあっさり諦めて私に向き直った。「兄さんがいたの」と、ぽつりと言う。そんなはずが、と私は息をのむ。

 

私にとって伯父であるその人は、高度経済成長期に兵庫県から上京し、写真家として身を立てた人物である。同じく兵庫から静岡に出た母にとっては、光り輝く星のごとき存在だった。母は伯父を尊敬し、事業を手伝い、どんなに優れた人なのかを日夜私に語った。「お前も努力して、東京の伯父さんのようになりなさい」と、幾度言われたことだろう。

 

しかし、星は突然墜ちる。健康という文字に服を着せたように頑健だった伯父は50代で早世し、すでに数年が経っていた。その伯父を、母は見たと言う。そんなはずが、と口に出すことはできなかった。母の表情はあまりに真剣だったし、何より“伯父”が向かっていった方向は、彼が住んでいた街を走る私鉄の乗り換え口だったのだ。

 

帰りの新幹線では、車窓を流れる街の光を見ながら伯父のことばかり考えていた。私をいつも気にかけてくれていたことを。いじめられたり変質者に連れ去られたりしていたのを、母がこっそり相談していたのかもしれない。東京からわざわざ静岡駿府マラソンに参加し、私の名前を呼びおどけながら走ってくれたことがあった。本ばかり読んでいる私に「将来は作家だな」と笑ってくれたこともあった。「頑張れ」「いじめに負けるな」なんてことは、一度も言わなかった。友達ができない私のことも、不器用でうまく話せない私のことも丸ごと肯定し、幸福な未来を「あるもの」として、一緒に信じてくれたのだ。

 

その後、母は突然何かが吹っ切れたような顔になり「兄さんが見てくれているから大丈夫」とあっさりアパートの契約書に判をついた。私も、なんだか大丈夫な気がした。伯父さんがいるんだもの。私のことを、見てくれているんだもの。

 

さて「伯父さんが見てくれている」と人生をナメくさった私は20代から30代、なかなかに破綻した日々を過ごした。「伯父さんが見てくれているから大丈夫」と思って大胆すぎる選択をしたことは数え切れない。墓前で手を合わせては成功を祈願し、失敗すれば「伯父さん、見てくれているんじゃなかったの」と泣く。伯父さんからしてみれば、たまったものではなかっただろう。荷が重すぎる。あの世で『千の風になって』あたりを熱唱していたかもしれない。

 

あの頃の伯父さんの年齢に近づきつつある今、思う。「お願いします、力を貸してください」と強く願わずにはいられなかったときは、自分らしくない選択をしていたときだった。不安だから、頼りたいから、私は伯父にすがりついたのだ。そして数多くの失敗をしでかした。逆に、選択をしてから「こんなことしちゃった、ハハハ」的な感じで墓前に報告したときは、なかなか良い結果になっていたような気がする。

 

伯父はきっと、どんな選択も肯定してくれていたのだろう。姿形はなくとも、子どもの頃のように私の肩を抱いて、一緒に幸福な未来を信じてくれていたのだろう。あっという間に人生を駆け抜けていった彼が、小学生の私に言わなかった“続き”を想像してみる──夢を叶えるのは自分だよ。這いつくばってでも、泥水をすすってでも、グッと起き上がって叶えていくんだよ。

 

私は作家にはなれなかったが、好きなことを書き綴る物書きの端くれにはなれた。そしてこうやって伯父のことをネタにしたり、過ぎた日の失敗談を綴ったりしている。今年くらいは雑踏の向こうからひょいと、伯父が顔を覗かせてくれるんじゃないだろうか。そんなふうに期待する、お盆の季節である。あの頃の母の、娘を心配する気持ちを丸ごと肯定してくれたように。

●エッセイのおまけとして、「もうこの世にいない誰か」から連想した本を3冊ご紹介します。

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(ちくま文庫『宮沢賢治全集7』より)

ここで取り上げるのはネタバレになるのでしょうが、あまりに有名な作品なので許してください。ちくま文庫にはこの作品の第三次稿が入っていて、私はそのなかの一節を愛しています。

「さあ、切符をしっかり持っておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしに本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つのほんたうのその切符を決しておまへはなくしてはいけない」

 

浅田次郎『椿山課長の七日間』(朝日文庫)

働き盛りで突然死した椿山課長が、「このまま成仏するわけにはいかない」と現世に戻ってくる──大変な美女となって。笑いながら読ませておいて、心にのこる。北上次郎の解説で「比類なき孤独と、そこから前を向いて立ち上がろうとする人間の姿」というところに思わずグッときてしまったのでした。

 

上田秋成『雨月物語』(ちくま学芸文庫)

江戸期怪異小説の白眉とされる作品。帰らない夫を待って待って、死んでからも待ち続けた女を描く「浅茅が宿」が収録されています。今読むと夫の勝手さばかりに腹が立ったり、健気に待つ女もどうかと思ったりするわけですが、作者・上田秋成の生い立ちを知るとまた違った印象があります。遊里に私生児として生まれ、母のあたたかさを知らない秋成は、本作の妻を「理想の女性として書いた」という説があるのです。何をしていても、もうだめかもしれないとわかっていても待ってしまう。いつかひょっこり帰ってくるのではと思ってしまう。そんな「待つ」悲しみと祈るような気持ちを、秋成は誰より強く深く知っていたのかもしれないと深読みしたりするのでした。

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真木あかり

大学卒業後、フリーライターを経て占いの道へ。『辛口誕生日事典 2018』『悪魔の12星座占い』(宝島社)など著書多数。LINE占い「チベタン・オラクル」監修。個人鑑定も行っている。

Blog http://makiakari.hatenablog.com/
Twitter @makiakari

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