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想像してたのと違うんですけど~母未満日記~

2022.07.23 更新 ツイート

「子どもを持つメリットってありますか?」と聞かれたら 夏生さえり

こんな風に育児にまつわる連載をしていると、読者の方に「子を持つメリットってなんですか?」と(DMなどで)聞かれることがあるんだけども、そのまっすぐすぎる質問を前にすると、ちょっと怯む。「えっ」と小さく驚いて、「なんて言おう……」と打ち込んでは消し、打ち込んでは消し、なにか気の利いた一言を返したいのに思い浮かばなくて、困る。

 

「子ども、めちゃかわいいですよ(ハート)」とか「寝顔を見ると疲れが飛びますよ~!(ハート)」みたいな簡単なコメントを打ち込むものの、きっとそれじゃ彼らの考える「メリット」じゃないよなぁ、いやでも、そもそも「メリットとかそんなんじゃないッッ! 見返りを求めるなんて、不謹慎なッッッッ! フンガッ」と息巻いて押し返せばいいのだろうか、でもそれじゃあ言葉を扱う人としてあまりに怠惰だもんなあとか、なぞの逡巡を繰り返して、結局何も言わぬままにそっとDMを閉じる。

閉じるんだけども、子を育てはじめた身として何か言えることはあるんだろうか、と、そのあともダラダラと考えちゃうわけです。

逆にデメリットだと思われそうなことなら、簡単に思いついてしまう。

まず、お金でしょ。子を育てるのは、お金がかかる。

それから、自分の時間も圧倒的に減る。少なくとも新生児からしばらくは子の命を守っているだけで1日が終わるような感じで、子がいなかった頃と同じようには行かないことばかりだし、いくら「子に縛られず、自分の人生を謳歌するで!」と決意して産んでも、夫婦で居酒屋帰りにノリでレイトショーに寄って帰ったり、友人と思い立ってそのままスペインに遊びに行ったりなんていう自由気ままな暮らしはしばらくお預けになる。

そもそも子が小さいうちは、静かに食事をすることもできないし、お風呂もゆっくり入れない、トイレもゆっくり行けない、そして満足に寝ることもできない(ハードだ)。家はおもちゃだらけになって、角の尖った家具には安全策テープが貼られ、割れやすいもの、触られたくないものは飾れないから、おしゃれな暮らしなんてどこへやら

それから、働く人たちにとってはキャリアもきっと悩みもの。働き方を見直すことも転職・退職を考えることもあるだろうし、そもそも女性は妊娠・出産を担わなければならず、体型が崩れるという美容的危機に直面するどころか、命の危機に瀕する羽目に。

うーん、ちょっと考えただけで「デメリット」と呼べそうなものなら、すらすらすらすらともっともらしい形で口から(指から?)出て行くのに。

じゃあ、メリットは? って話なんだけども、これが、考えても考えても、やっぱり無いのだよ。

「子どもとしか味わえない楽しい体験がある」とは言えるけど、同時に「子無しでしか味わえない楽しさ」を失うのでメリットとは呼びづらく、そもそも別に子どもを産まなくたって幸せだし、楽しいし、人間的にも成長できる。一点の曇りもなく「別に子がいなくても、幸せに暮らしていたと思う」と言える。

たぶん、残念ながら、メリットなんかない

「子に会いたかったから。会えて、うれしいと思うから」と、ただそれだけの気持ちしか、ないのだった。

 

会えてうれしい。きみに会いたかった。笑ってくれてうれしい。手を握ってくれてうれしい。そばにいられる時間がうれしい。育つ過程をそばで見られてうれしい。何の迷いもなく「大好き」と言えることがうれしい。「愛しているよ」と恥ずかしげもなく言えることがうれしい。きみが見る世界の一部を、一緒に見られてうれしい。未来が楽しみで、うれしい。ただ、それだけ。でも、ただそれだけのことで、さっき挙げた大量のデメリットなんていうのも吹き飛んで、お金も時間も暮らし方も喜んで差し出してしまうのだから、とにかく、子は、すごいのだ。

そもそも、子という存在自体が奇跡的で、その奇跡をすぐそばで目の当たりにできるだけで、贅沢。つい数年前までは空っぽだったお腹に、子が宿り、育ち、なんとかかんとかこの世に生まれ出たと思えばあれよあれよと大きくなっていく、この可笑しな仕組みよ。自分に「手」や「足」があることさえ知らなかった子が、寝返りを打ち、私を認識し、笑い、進みたいほうへ進むようになって、いま、自分でそうしたいと願って、私の脚に抱きついている不思議さよ。

そして、私がいい人なのか、信頼に値する人物なのか、世間でどんな評判の人なのか、どんな仕事をしているのか、過去にどんな失態を犯したのかなんて、これっぽっちも考えずただただ私という存在を愛してくれる。その大きすぎる愛情を全身で浴びるときの、泣きたくなるほどの幸福よ……。

育児にまつわるあれこれを書くときにはどうしても大変なことや辛いことを書いてしまいがちで、そのせいで怖がらせてしまっているのかもしれないから、本当に、本当に謝りたい。だって(少なくとも私にとっては)、本当は大変さなんかよりも、素晴らしい時間のほうが圧倒的に多いのだから。というか、心のなかは常に光で満ちていて、そこに困難がゲリラ豪雨みたいにババーッと降ることがあるっていう感じ。それがあんまりにも激しいもんだから「ひ~濡れちゃったよぉ!」とみんなに言って回りたくなってしまうけど、それも一瞬のこと。光が降り注ぐ場所で生きるような、あたたかな感覚が常にある。このぬくもりには悩みが全て消える魔法みたいな効果はないけど、でも穏やかで、安らか。もちろん、その「ほわわわ~ん」と天国のような気持ちに浸っていると、一瞬で「あ! 犬のうんち掴み上げとるで! やめて!!!」ってなことになって、現実にひき戻されたりするんだけどね。

これが、私のいまの気持ち。

これから子がさらに成長し、意思表示をするようになれば、イライラすることも喧嘩することも思い通りにいかないことも増えて苦労も増すはずで、というかそもそも、どんなことが待っているのか想像もつかなくて考えるだけでちょっと恐ろしくもあるんだけど、でも、どんなことがあっても、どんなふうに変化しても、私がいま感じているこの気持ちを息子がくれたことだけは、いつまでも忘れたくないし、忘れないと思う。「親孝行」という言葉の反対はないのだろうか。この気持ちをくれた我が子に、いつまでも恩返しをしたい。いや、「返す」だけじゃ足りない。倍返し、いや、倍倍倍倍返しにしたい。私と夫が「会いたい」と願ったから、きみはここにいる。生まれてきてくれた。そのことに、いつまでも感謝しつづけたい……。

生まれてから今まで、そう思い続けて一年が経った。

 

そう、息子は、一歳になりました。

 

息子は寝起きが良く、朝はとても静かに、むくりと起きる。その日の朝も、「んっ」とちいさな声を出して座り、目をこすって周りを見て、もっちりした手の甲でもう一度目をこすってから「んへへ」と声を出し、私に笑いかけた。

「おはよう」
「んなんなん」
「まだねむくない?」
「たったっ」
「ママは眠いよ。こっちおいで」

寝起きでむくんだ顔。やわらかな髪に、一丁前についた寝癖。まだお喋りはできなくてもこちらの言うことはかなりわかるようになって、「コロンは?」と促すと、コテンと身体を倒して、私の脇のあたりに頭を入れ込んだり、私の顔を覗き込んだりを繰り返していた。

「よく眠れましたか」
「なんなんなん」
「あっ! 痛っ! やめてよぉ」

私の顔を引っ掻いて、鼻をもぎとろうとするちいさな手。その手を掴んで「だれが! こんなことするの!」と言って噛み付く真似をすれば、弾けるように笑いだす息子の声が、早朝の寝室に明かりを灯す。ころころ動く息子のカーブを描く目、ちいさい鼻の穴、よだれで光る唇が、ぜんぶ私のほうを向いて笑っている。夢の続きみたいだ、と思う。映画のワンシーンだろうか、と思う。こんなにも美しい時間があっていいのだろうか、とほんのり不安にもなる。んぎゃはは、と笑い転げながら私を見つめる息子の姿を前にして、この一年間で何度もしてきたのと同じように、まぶたでシャッターを切った。この朝も、忘れないように。

寝室からリビングに移動した息子が「んっ!」と指を指して、壁に飾られたバルーンの存在を私に伝えてくれる。そうだよ、きみの誕生日だから飾ったんだよ。前日に夫と遅くまで頑張った成果。誕生日だよ。はじめてだね。すごいね。大きくなったね。赤ちゃんでも食べられる素材だけで作った手作りケーキを手づかみで食べ、泣きながら一升餅を担ぎ、「職業選び取りカード」なんていうイベント(職業が書かれているカードを前に並べ、子供がどれを取るかで将来の職業を占おう的なちょっとしたお遊びイベント)をして過ごした誕生日。

あっという間だね。本当に、大きくなったね。あっという間すぎて、笑っちゃうね。来年も同じことを言っているのかな。夫と、1年のことを振り返りながら何万回もそう繰り返した。

壁に飾り付けた155枚の写真は、一年分の(大量の)写真から、なんとかかんとか選び出したもの。離乳食ではじめてトマトを食べたときの渋い顔をしている息子。ベビーカーに乗っているのに押している私の顔ばかり見上げていたときの息子。夫と一緒にお風呂に入って笑っている息子。155枚の最初の1枚は、生まれたてでむくんだ息子の写真だ。変な帽子みたいなのを被せられて、天井を細い目でぼんやりみつめている目には、まだ何も映っていない。人工的な光がぼやりと広がる白っぽい空間で、はじめて聞く声を浴び、重力が全身にのしかかる冷たい場所に驚いていたこの日から、息子は世界を少しずつ知っていったのだ。

乳首を探そうとして、無闇にふるふると揺らしていた口。「んえーっんえーっ」という赤子らしい泣き声。そこからしばらくして、はじめて目が合うようになった。ぼんやりとした顔で、私を見つめるようになった。おもちゃを握れるようになった。笑うようになった。「ハクション!」の声が大好きで、ハクション! と言えば「んぬぇ~」と奇妙な声で笑っていた。はじめてズリバイ(はいはいの前のステップで、匍匐前進みたいなもの)をしはじめた時は、おもわず泣いてしまったっけ。一箇所にとどまり、鼻息だけをふんふん言わせていたときとは大きく違い、自分が行きたいと思う方向へ、自分の力で進んでいく息子の姿に、はっきりとした意思を感じたのだ。前に進んでみたかったよね。欲しいおもちゃを、自分で取ってみたかったよね、やっと動けてよかったね、と泣けた。ズリバイはどんどん早くなって、私の足元までやってきては、ふんふんふんと息を吐きながら上下するようになった。あっちへ行きたい、こっちへ行きたいとその気持ちだけでずりずり進みつづけると、やわらかで何も踏みしめたことのなかった足の裏にもマメができて、治って、できて、それを繰り返すうちにいつのまにかズリバイははいはいに変わって、やがてつかまり立ちへ。一度立てるようになると、コツをすぐに掴んで、その日のうちに伝い歩きをするようになった。よろよろぐらぐらしながら、私のほうに歩いてきたあの姿。「ママのところに行きたい」という気持ちだけで、足を出す。よろ、出す。よろ、出す。胸に飛び込んできたとき、きみは、ずっと、そうしたかったのかもしれない、私のところまで歩いていきたいと思っていたのかもしれないと、また泣いた。

一度前へ進んでしまったら、もう以前のきみに戻ることはなくて、ぽつりぽつりと脱ぎ捨てられていく「いま」のきみ。

少しずつ力強くなっていく指。2日で伸びてしまう爪。ワセリンでテカテカにされたおでこ。汗ではりつく生え際の髪。なのに不思議と汗臭くない体。泣いた後に出たり入ったりを繰り返す鼻水。タイミングが良すぎて、笑ってしまうおなら。寝返りを打っただけでブとなるおなら。うんちするときの梅干しみたいな顔。泣いたときの嘘みたいに大粒の涙。つーとん、つーとんとんと落ちていく、よだれの川。パジャマから匂い立つやさしい日曜日みたいな香り。光が弾け散るような、幸せな笑い声。ふくらはぎのおそろしいほどのすべすべ。ちいさいおしりの蒙古斑。心配になるくらいおおきく盛り上がったぽんぽこおなか。まんまんまんまんっぱっぱっぱーばーっぱーまんまんまんと呟いた後に、突然叫ぶ大きな声。泣いていたくせに、抱っこするとニヤリと笑う顔。急に静かになって黄昏れている時のやたらと大人っぽい顔。ちいさなお米みたいな透きとおった歯。パチパチ叩く手のぐにゃぐにゃの指。「よかったね」と言ったら、たまたま「よかったー」と聞こえる返事をした、帰り道のこと。私を見つけると、おもちゃを投げ出して駆け寄ってくる真剣な顔と、直後のくしゃくしゃの笑い顔のこと。空を1人で見上げて「ん」と指差し、遠くを飛ぶあの飛行機がきみにもみえることを、知った昼のこと。

これも忘れたくない、あれも忘れたくないと、些細なことも全部おぼえておこうと、あれほど強く思ったはずなのに、たった一年でも、もう思い出せなくなったあれこれがあって、「忘れたくない」と握りしめていた感触だけが手のひらに残る。忘れたくない瞬間がなんだったのか、思い出せないことがさみしくて、自分の記憶の箱のちいささを呪ってばかりいる。全部を覚えておけるなら他のことはなんにもいらない、と、両手いっぱいに抱きしめた思い出にしがみつきたくなるけれど、その横をするりときみが歩いて行くから、必死で追いかけて、また両腕から思い出がこぼれていく。

「前だけを向いていて、勇ましいね。ママはもうちょっと待って、って思っちゃうよ」

抱き上げた息子の頬を撫でると、彼は「んちゃい」と言いながら、遠くを指差した。その指先を視線で追いかけても、なにを見ているのかわからなくて、きみの瞳を見る。その目は、濡れて、きららかで、勇敢で、澄みきって、未来を映し出していて、あんまりにも美しいから見とれていると、その目が今度は私を映す。泣きそうな顔で、幸せを浴びる私を映す。

本当に子を持つメリットなんてなにも無いよね。でもね「メリット」なんて言葉におさまるものが、おそろしくちっぽけに思えるほどの圧倒的な幸福があるよ

いまの私は、そう思うのだ。

夏生さえり『揺れる心の真ん中で』

あの靴が似合わなくなったのは、いつからだろう――20代後半。着られなくなった服。好きになれなくなったもの。恋ってなんですか。愛ってなんですか。変わりゆく心と向かいあった日々の先で、彼女はひとつの答えにたどり着く。みずみずしい感性と文体で新時代の書き手が赤裸々に綴った、悩める女性たちに贈るメモワール・エッセイ。

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夏生さえり

山口県生まれ。フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)がある。Twitter @N908Sa

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