
いつぞや空港のゲートで並んでいたとき、前の人がとあるバッグを持っていた。お弁当がちょうど入る大きさの帆布でできた小さなトートバッグ。横に高級スーパー「Dean and Deluca」の名前が書いてあった。顔を見なくても一瞬でそのお客さんが日本人だったと分かった。

「Dean and Deluca」のトートバッグをご存じの読者は多いと思う。いつからか分からないけど、このシンプルなトートバッグはなぜか「センスの良い人」を表すステータスシンボルになった。東京の丸の内で働いていたとき、お昼の時間に外で散歩していたキラキラOLたちの腕をよく飾っていたのがこのバッグ(Dean and Delucaのオンラインストア)。
でも地味なトートバッグがステータスシンボルになっているのは日本だけではない。実はロンドンにだって憧れのトートバッグがある。今日はそれを紹介したい。
ロンドンで憧れのトートバッグの一つが老舗本屋さん「Daunt Books」のバッグ(Daunt Booksのオンラインストア)。1912年に創設されたこの本屋は「旅についての本」がもともとの専門で、今やロンドンで複数の店舗を持って観光地にもなっているぐらい世界的に知名度がある。

「Daunt Books」のトートバッグは色が複数あって、他のトートバッグよりかなり丈夫で大きい。本を持ち歩く目的で作られているからだろう。
言うまでもなく私たちが身につけるファッションとアクセサリーは社会的地位と密接に関係している。だから人は何十万円もかけてエルメスやシャネルのカバンを買って自分がいくらお金を持っているのかをアピールしたがる。じゃ、「Daunt Books」のトートバッグは何を象徴しているのだろう。
一つは「私はインテリで文化を理解している人です」という周囲の人へのアピール。その次は、何度も使える帆布でできているから「私は環境に配慮しています」というアピール。最後に、実は「お金持ち」アピールでもある。「Daunt Books」の店舗は全て高級住宅街に位置しているから、「Dauntが最寄りの本屋さんです=自分はお金を持っている」という地味な宣伝になる。
友達の中でカバンのことをどうのこうのと一番気にするお金持ちの友達は、ワンちゃんを運ぶキャリーバッグとして「Daunt Books」のバッグを使っている。ちなみに、飼っている犬も高級純血種犬。
もう一つロンドンで憧れのトートバッグはアメリカの雑誌「The New Yorker」のバッグ。定期購読を申し込むとプレゼントされる優待品で2014年から配られているらしい。ロンドンにはアメリカ人がたくさんいるからよく見かけるけど、「The New Yorker」トートバッグを持っている人の写真を集めたインスタグラム(newyorkertotes)があるぐらい世界中で有名。これもインテリアピールしたい人が持つバッグ。「お金持ってるぞ」を示してる「Daunt Books」のバッグと違って、「The New Yorker」はむしろ「私なんとなくセンスいいでしょ」を示している。
どうして安い生地でできたバッグが誰にも欲しがられるものになったのか。かつては、エルメスのような職人の手で丁寧に作られた、豪華な生地や素材を使っている洋服や鞄を人は欲しがっていた。しかし、ファッション全体がカジュアルになるにつれて安いもの、あるいは安く見えるものが「ステータスシンボル」として登場した。加えて、世間のエコ意識が強まってきたことが影響している。
そうは言っても、「Daunt Books」と「The New Yorker」は近所のスーパーで手に入るトートバッグではない。考えてみると高級カバンやブランド品と同じような「稀少さ」がある。特定のお店に行かないと手に入らない。特定の雑誌を読んでいないと手に入らない。「Dean and Deluca」も確かにそう。日本全国で見ると店舗数は決して多くない。
面白いのは、高級ブランドも安いトートバッグを真似し始めている。Christian DiorもMarc Jacobsも最近トートバッグを出している。なかなか興味深い。
ロンドンに来る予定のある方、「Daunt Books」のバッグをぜひ買ってみてくださいね。
※鈴木綾さんのはじめての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』もぜひご覧ください。
月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。
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