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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2022.06.21 更新 ツイート

「この時間以降はメールは見てません」仕事で燃え尽きないための防御策 鈴木綾

Photo by Kinga Cichewicz on Unsplash

いつものような木曜日のはずだった。

普段なら人柄穏やかな私だけど、その木曜日はイライラしててちょっとしたことで同僚と部下にキレた。15分ごとに仕事のメールを確認しなかったら猛烈な不安感に襲われた。

 

お馴染みの症状がまた現れた。レコード機の針が溝をみつけると同じように、脳はいつものパターンに切りかわった。仕事を完遂したいけど、集中できない。

この2年で2回目のバーンアウトになりそうだった。

バーンアウト(燃え尽き症候群)という、仕事やストレスから生まれる心身の疲労は、普通ブラック企業やダメな職場環境と関係していると考えられている。しかし、私は今の仕事が大好きだし、同僚ともとてもうまがあっている。

症状が出現したとき、疑問が頭をよぎった。バーンアウトは避けられないことなのか?

周りの人たちの間でも、バーンアウトするのは当たり前のことのようになっている。

コンサル会社で働いている夫を持つ女友達とランチを食べていた時、彼女に夫の安否を尋ねた。そのコンサル会社はイギリスでも長時間労働で有名で、給料は高いけど働く環境がブラックの中で最もブラック。

「そうだね。バーンアウト寸前かもしれない」と彼女は事もなげに答えた。

データは私の仮説を裏付ける。2020年に、43%の会社で社員は仕事上でのストレスと感じていた。10年前、その割合はたった31%。マッキンゼーの調査によると、世界の会社員の少なくとも半分は少しはバーンアウトを感じている

この2年間、コロナのパンデミックがどうなるのか目が離せなかった。でも、バーンアウトや仕事による心の病が本当のパンデミックだったら?

このコラムにちょこちょこ登場するイギリス人男性、イーサンくんにバーンアウトのことを聞いてみた。彼は一流の広報代理店で働いていて、要求の厳しい大手上場会社の顧客が多い。今まで、彼が会社の方針にイラっとしたり、ダメな上司にあたってフラストレーションを溜めてたりすることはあったけど、彼がバーンアウト気味になるのを見たことがない。何が違うのか。

彼の答えにかなり納得した。

「綾がロンドンで今まで働いていたような会社、要するに、ミッションを持って、社員に命懸けの働き方を求めている会社なら、バーンアウトは起こりやすいと思う」

たしかに、私が働いているようなスタートアップ企業だと、管理職はみんな必死だ。会社はもしかしたら6ヶ月後に存在しないかも、という毎日命懸けの気持ちで仕事をしなければいけない。そのスタートアップのミッションを強く信じていない人はそもそも応募してこない。

もちろん、仕事に自分の命を懸けたい人材はイノベーションに不可欠だ。スティーブ・ジョブズだって仕事のことしか考えていなかっただろう。文明を変えるような技術革命は9時と5時の間だけではできない。だからそういうような働き方をしたい人がいても別にいいと思うし、社会全体のためにもなる。

脱線したけど、バーンアウトの一番大きな原因はオンオフの切り替えがなくなることだと思う。専門職の人たちは一日中脳の実行機能を使う。同じ水準の仕事ぶりを維持するためにはある程度の休みが必要だけど、仕事用の携帯やパソコンが普及しテレワークに代表されているような生活様式が普及して、休みの時間がどんどん削られる。四六時中仕事ができるなら四六時中仕事しよう、という姿勢が仕事の前提になっている。

どんなにやさしい会社でも社員には「生産」が求められている。今まで以上の生産を搾り取る方法があるなら、会社がそれを取り入れたいのは自然だ。オンとオフの線をあえて決めないことが最大の利益につながる。

だから、バーンアウトの対処法は社員に背負わされる。ヨガ、瞑想、ちゃんと睡眠をとること、それは全部個人がやることになる。会社側の過剰期待が悪いのに。世の中の会社がもっと責任を取らせないのと、21世紀の仕事の仕方が画期的に変わらない限り、多くの社員のキャリアはバーンアウトの連続で終わってしまいかねない。

まぁ、実際そうなってしまうだろう。私だって、今の仕事はすごく楽しいけど心身にすごく負担を掛けてるから続けられるのはマックス2年間だろうと想定している。一つの会社の勤務期間がすでに短くなっているロンドンでは、バーンアウトの流行はさらに転勤の頻度、人材の流動を加速させるだろう。

海外で働きたい人たちに伝えたい。海外でスタートアップ業界、あるいは成長している会社に勤めたら、バーンアウトになる可能性は高い。外国人にとってなおさら。普通に仕事をしながら、言葉や文化の相違に自分を合わせないといけないから。

でも、それをあらかじめわかっているなら、いくつか防御策を講じることができる。

一つは、入社最初日から自分で自分に「バウンダリー」(境界線)を作らなければいけない。

言い換えれば、会社があなたに「期待していいこと」を自ら会社に伝えておかないといけない。「この時間以降はメールを見ていないので緊急の仕事があった場合は電話してください」とか、「このミーティングには出るけど、このミーティングには出ません」とか、自分の時間を守るような基準を決めなければいけない。会社はあなたを守ってくれないのだから。

イーサンくんは、そのことをよくわかっていて、ちゃんと仕事とプライベートの線引きをしているらしい。自分を仕事・会社のなかで見失っていない。自分のスタートアップを立ち上げる夢を持っているので、そのことを考える時間を設けている。ちょっと早めに仕事を抜け出して、友達とパブで飲む時間も設けている。仕事のことを完全に忘れて楽しく大好きなABBAの曲で踊るイーサンくんを見ると、彼を見習いたいと思う。

*   *   *

イーサンくんも登場する鈴木綾さんのデビューエッセイ『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』もぜひご覧ください。

関連書籍

鈴木綾『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』

フェミニズムの生まれた国でも、若い女は便利屋扱いされるんだよ! 思い切り仕事ができる環境と、理解のあるパートナーは、どこで見つかるの? 孤高の街ロンドンをサバイブする30代独身女性のリアルライフ

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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、現在はロンドンのスタートアップ企業に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

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