

円安はどこまで続くのか? 岸田総理は「インヴェスト・イン・岸田!(岸田へ投資を!)」と珍しく大見栄を切ったが、同時にイーロン・マスクからは日本消滅を突きつけられる。
投資先が消滅しちゃ敵わねえ! とざわめく人もいれば、いやいや日本は良くやってるのだ! とあらためて強く出る人もいる。
外形的にはすでに30年経済成長しておらず、労働生産性も実質賃金も上がらず、国際競争力は落ちる一方。少子化は止まらず、貧困は広がる。おっと、それくらいにしてほしい。そんなに悪く言うことはないだろう?
ただ、本気で国家百年の計を見据えたインヴェスト、投資先は考えた方が良いのでは? どこかに良いところはあるだろう。次のBTSは? それこそ次のイーロン・マスクやジェフ・ベゾスは? 次のクレイジーリッチなエイジアンは? 次の、次の、次の……えっと順番待ちだとして今何番目だろう。先頭にいて自分の後ろに続いていたはずの行列もいつの間にか前にずらりだ。
そこで周りを見てみるとシン・ゴジラ、シン・ウルトラマンにシン・仮面ライダーだ。こうしたコンテンツはそっちの行列に並ぶのはやめようと誘ってくる。いや、マーヴェルだってDCだって昔のコンテンツを新しく見せてるじゃないか! そう。ただ、そうしたクリエイターの挑戦とは別のムードが漂ってはいないか?
こっちにおいでよ、こっちはシン・ニッポンだよ。
僕はいろんなところで言うようにしていることがある。日本の未来は「Always3丁目の夕日」国家で行くしかない、と。
概念的な大枠の話だけで進めるがこれは昭和の真空パックだ。今、政治や社会、文化に至る言論空間は、何を言っても敵味方に分かれての罵倒合戦だ。これは綿野恵太氏による道徳部族の概念で見ると、だいぶわかりやすくなる。それぞれの道徳規範に基づいて部族化した集団が自分達の道徳に抵触する相手と罵倒合戦を続ける。SNSがそれをさらにブーストさせている。
こうした道徳部族たちが合意できるプラットフォームを新たに構築するよりも、かつて合意できていた(かろうじて幻想も込みだとしても)プラットフォームに戻る方が現実的ではないか?
それが「古き良き昭和」の景色だ。「あの頃は良かったよ」なんてセリフは下手したら平成生まれの人にすら共通の記憶として埋め込まれている。映画「Always3丁目の夕日」の景色であり、「こち亀」の両津勘吉の少年時代であり、ゴジラ、ウルトラマン、初期の仮面ライダー、ドラえもん、サザエさんである。日本はこうした景色を保全することに全額インヴェストする方が良いのではないか?
全国各地に特区として昭和エリアを指定し、そこに現存する昭和的なもの及びアーカイブに基づいて再設計された昭和をデザインする。こうしたガワを維持、保全するための技術を開発する。運営には再生可能エネルギーを充てるのも良い。ただし特区内はWi-Fiはなく、例えばピンクの電話や掲示板が連絡手段だ。服装も当時のデザインのものをドレスコードにして区内でも販売。車や電車、バスのデザインも戻す。エネルギー問題などへの配慮からガワだけのものと実際に使用するものが混在することにはなるが生活実感としては”昭和”だ。商店街では揚げたてのコロッケや新鮮な魚を買って家に戻ればブラウン管型のテレビで”当時”の番組を観る。時間軸の設定も特区の1年目を昭和30年に設定、実時間で25年進み、昭和55年になったらまた昭和30年に戻る。
昨今話題のカジノも賛否はさておき、そもそも外資系にお金を流すのではなく、「仁義なき戦い」で松永と大友が対峙したような”賭場”を作ればよい。こうした特区が海外からのインバウンドを呼ぶ最大の売り物になる。Youは昭和を体験しに来たんだね? もちろん大麻は違法だよ。
実はこうした試みはすでに劇場版クレヨンしんちゃんの「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」で描かれている。これは2001年の作品でしんちゃんたちの活躍でオトナ帝国は失敗に終わる。でもそれから20年経った今、果たして同じ結末が現実的だろうか?
敢えて肯定的に考えれば大阪万博だ、札幌五輪だと新しいイベントのフリをして何も新しいものが作れない絶望を感じ続けるよりも最初から新しい行列を離れて”永久に変わらぬ日常”に閉じこもる。特区として作ったはずが気づけば全国的に広がる昭和の真空パック、シン・ニッポン。アメリカでは赤いキャップの男が似たようなことを叫んでいた。
でも、日本はこの点では”先進国”だ。率先して老人の郷愁をエンタメにしようではありませんか! どんどん閉ざして籠もっていこう。そのうち海外に行くなんて値段が高すぎて出来なくなるんだし。
だいぶ後ろ向きじゃないかって? そりゃそうだ、前にはもう何も残ってないんだから。
礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。
- バックナンバー
-
- 「主役はあなた!」選挙カーは“祭囃子”だ...
- イーロン・マスクに「日本消滅」と言われた...
- 街が人を育てた時代をケネス・ブラナーが再...
- 宣戦布告なし、情報統制、プロパガンダ…ロ...
- 脳梗塞経験、腎不全、糖尿病患者のラッパー...
- ハロウィンのヴァイブスと渋谷のヴァイブス...
- アガンベンの問いかけとシチリア「ゴッドフ...
- 菅首相のG7「はじめてのおつかい」状態を...
- イスラエルとパレスチナの激化する衝突のな...
- アジア系へのヘイトクライムと、ステレオタ...
- ミャンマーの不正を防ぐインクを作った日本...
- ソウルで感じた“混ざり合い”の可能性を1...
- マラドーナの“神の手”ゴールには陰謀論が...
- 「トランプ川」を探す旅に出てしまうと戻っ...
- 昔は祭。今はクラブ。社会を脱ぎ捨て、個を...
- ベルリンのクラブで予感した、21世紀の僕...
- 新宿の地下通路で気づく。効率的で持続可能...
- “わかる”に守られてきた私たちは、“わか...
- 『女帝 小池百合子』を読んで思い出す、「...
- 誰もが「息のできる」社会のためにジョージ...
- もっと見る