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眠れぬ夜のひとりごと

2022.04.15 更新 ツイート

叶わなかった願いについて、今思うこと 真木あかり

(写真:iStock.com/Rawpixel)

私たちは時々願い方を間違える

 

私は願い方を間違えたのだ。

何年か前のある冬、突然気づいた。大変な難産だった原稿を書き終え、次の原稿の締切を確認していたときだった。毎日毎日締切がある。1日に複数の締切が来ることもある。幼い頃からの願いだった「文章で食べていきたい」という夢が叶って嬉しいはずなのに──まさか占いというジャンルで叶えるとは思わなかったが──こんなにつらいとは。そう思った瞬間、気づいたのだ。私は作家になりたいと願うとき、いつも「編集者に追われる人気作家」の姿に憧れていたことに。たとえば筒井康隆、たとえば漫画ではあるが手塚治虫。執筆している後ろで編集者が鬼の形相で座っている。遅れれば矢のように電話がかかってくる。そんなふうに、人に求められる作家になれたらと思った。夢は確かに叶った。願い方を間違えたのだ。「原稿の依頼が来たらすぐに取り掛かり、締切前に終わらせてしまう」という村上春樹に憧れるべきだった。しかし時すでに遅く、締切は目の前に迫っており、私は暗い仕事部屋で頭を抱えることしかできない。

 

思えば今に至るまで、数えきれないほどの願いを抱いて生きてきた。なかでも切実に願ったのが恋愛だったと思う。あの人と幸せになりたい。ずっと一緒にいたい。叶った願いもあれば叶わなかった願いもある。そのときは吐くほど切実に願ったが、今になって思えば「あれが叶わなくて本当によかった」と心の底から思える縁も多かった。一緒になっていれば、間違いなく孤独で泣き暮らし、多くのものを失っていたはずだと思い、鳥肌が立ったこともある。「スーツケースのタイヤを拭くか拭かないか」という矮小な問題で人格否定をするような人間と結婚したいと、なぜ私は願ったのだろう。お前が拭け。まあそんなことはどうでもいいのだが、自分はときどき願い方を間違える。そのことは強く自覚しておかなければいけないと思っている。叶ってしまうことがあるから。

無理に動かした運はどこか歪む

こんなことを考えたのは、スピリチュアルブームで「あなたの願いは必ず叶う」といった感じの言葉をよく見かけるようになったからだ。最初に言っておくが、それらを否定するつもりはまったくない。私には理解できないような、不思議な力があるのだろうと思う。正直、あるならすがりたいと思ったことも何度もある。

しかし、そのたびに「その願いでいいのだろうか?」と思うのだ。前述のスーツケースのタイヤの男(以下、タイヤマンと略す)のことは本当に好きだった。クセのある性格ゆえにほうぼうで揉め事を起こしてはいたが、頑なさも含めて支えてあげたいと強く思った。しかし今、「タイヤマンと結婚に至らなくてよかったな」と心から思う。向こうもそう思っているだろうが。

 

何かを強く願ったとして、その願いが自分を幸せにするものかなど、どうしてわかるだろう。タイヤマンが「なんとケツの穴の小さき男よ」と思えるのは「今」だからである。叶わなくてよかったと思えるのは、ずっとあとになってからなのだ。ギリシャ神話の、ミダス王のエピソードが今更ながら思い出される。「この手に触れるものすべてを、黄金にしてほしい」と願ったとき、王はこの世のすべてを手に入れたような気持ちになったはずだ。しかし実際に叶ってみると、食べ物や飲み物はもちろんのこと、娘までもが触れると黄金になった。食べられない、飲めない。愛する娘すらも、黄金になってしまった──絶望するしかない状況である。

しかし今、タイヤマン的な男にどうしようもなく夢中になったとしよう。「その願いでいいのか。自分の幸せにつながるか。よく考えろ」と言われたら、私は「はい」か「Yes」しか言わない自信がある。それどころか、質問者に憤りさえするかもしれない。本当に、心の底から望んでいるのに、どうしてそんなことを言うの。

 

占い師としていろいろな人の人生を見て思うのは、人間関係においては「無理に動かした運というのは、どこか歪む」ということだ。相手の態度や思考という「相手のもの」を、こちらの思惑通りに動かそうとすることだからである。自分が逆の立場だったらどうだろう。あなたを恋い慕う誰かが真に願っただけで、あなたが変わったりすると考えると、怖くはないだろうか。

仮に動くことを願うのであれば、自分に関することだけにするといい。こうなりたい、これが欲しい。そう願ったとき、人は具体的な行動を想像し始める。それこそが、願いを叶える確かな道なのである。

 

タイヤマンに別れを告げたのは、人格否定の件があった半年後であった。もう奴の話はいいよという人が大半であろうが、ちょっと書かせていただきたい。別れた後、私は自分の「願いを見極める目」があまりに信じられなくなり「どんな願いも、間違っているという前提でいる」という作戦を立てた。あらゆる点から自分を疑うことにしたのだ。

そんな日々のなか、恋人ができた。一回り以上年下だったので「ヤングマン」と名付けよう。ヤングマンに対して持った願いについて考えたことは、おそらく読者全員が想像できるだろう──「今度の願いは、真実!」である。やれやれ。思わず頭を抱えたくもなるのだが、ヤングマンとの蜜月は季節をまたぐ程度の短期間に留まり、願いが叶うことはなかった。でも、そのとき思ったのだ。切実に願いたいほど大事なことがあるのに、期待を半分ドブに捨てるような発想を持つのも、それはそれで空虚なものだと。

叶いやすい願い方とはどういうものか

さて、占い師になったからには「叶いやすい願い方」というものにも触れてみよう。「どうせ無理だろうけど」という気持ちが根底にあると、運の出足はかなり鈍る。人はネガティブなことのほうが強く感じるため、願うたびに自己否定の気持ちを心に刷り込むようなものだ。

それから「願いに特定の個人を巻き込まない」というのも重要だ。社会のなかで生きている限り、常に誰かとかかわって生きているわけだが、「○○さんと復縁して結婚できますように」「○○さんが新しい恋人と別れて自分のところに戻ってきますように」などと人を巻き込むと、それだけ運の門戸を狭めてしまう。絶対に無理とは言わないが、重要なことは「私が幸せになる」ということだ。「ネコ好きな人と結婚して幸せになる」くらいにしておいていただきたい。

「詳細まで明瞭にイメージングすれば叶う」という話も聞くが、イメージングしていいのも自分に関することだけである。「まず5兆円をもらって……」とイメージングしても、「ムフフ」としている間楽しいくらいのものだろう。誰が5兆円をくれるというのか。イメージするなら、「十分な金銭を得て満たされている自分」。それならまだ叶いやすいだろう。それは、プロセスまでも想像できるからだ。たとえば、私は子どもの頃、「編集者たちが鬼の形相で追いかけてくるほどすごい作品を書けている自分」を心底願った。いよいよ締切がやばくなってきた場合の逃走ルートまで想像した。すごいストーリーはもう頭のなかにある。あとは書くだけなんだ。そんな切羽詰まったシーンを想像しては、心から楽しんだのだ。だからきっと、叶ってしまった。惜しむらくは「すごいストーリー」の内容までも想像しなかったことである。逃走ルートよりもそちらを考えておくべきだった。

願うことで狂う人生もある

このコラムを読んでいる人のなかにも、何かを真摯に願っている人は多いだろう。願うことで前を向いて生きていける人。叶わないと薄々わかってはいても願い続けている人。願うことしかできない人。皆がそれぞれに真剣で、幸せになろうとしている。ときに「すべてを失ってもいいから」「他の幸せは望まないから」と何かをなげうって願おうとする人もいるが、そうした行動からは慎重に距離を置いたほうがいいと私は考える。そう思えるほどに本気であることは承知のうえで言うが、大きな犠牲を払えば叶いやすくなるわけではない。それに、極端な発想をするときというものは、心に「魔」が入り込みやすくなるのだ。「その願い、叶えてあげましょう」と言いつつすり寄ってくるようなものが──そうなってしまうと失うもののほうが多くなる。

 

「あなたの願いは必ず叶う」系の何かにすがって、疲弊してしまう人からのご相談も多い。実際に、叶うこともあるのだ。それは否定しないが、残念ながら一部であり、願っても現実は変わらないまま時間ばかりが過ぎていくのは辛いものだ。「真剣に願っているのに、どうして」という思いが頭を離れないときは、ただただ願いに振り回される状態になっている。願いは持つものであって、振り回されるものではない。持つことで苦しむのではなく、持つことで行動につなげていくべきものなのだ。

 

叶ったなら、当然嬉しい。でも叶わなかったから価値がない、叶わなかったら全部終わりだと思ってしまっては、自分までも傷つけ否定するのと同じだ。頑張った過去の自分を。幸せになりたいと、喉から手が出るほどに願った自分を。もしも叶わなかったなら、学ぶことが“こういう結果”になった最善の選択だ。ひとりぼっちでうずくまって、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、顔を熱くして。何を思ったのか、何がいけなかったのか。それを学ぶことは、自分の幸せを諦めないことだ。願いのもたらす価値だ。

 

真摯に願ったテーマほど、叶わなかった痛みは後を引く。何年経っても、なかなか消えてくれはしない。タイヤマンやヤングマンと過ごした日々はすでに遠い日々となったが、痛みは今も私の胸にある。それでも、彼らにもいいところはたくさんあったし、楽しい時間もあった。私は、笑ったのだ。そしてきらきらとした未来を願った。願う瞬間は、幸せだった。真剣に願うほどの対象に出会えたということは、たしかに私の人生における「ギフト」なのである。

 

 

●コラムのおまけとして、「願い」に胸打たれた本を3冊ご紹介します。

 

米澤穂信『満願』新潮文庫

表題作をはじめ、切実な「願い」を共通テーマとした短編集。

 

宮沢賢治「よだかの星」(『新編 銀河鉄道の夜』所収)新潮文庫

他者から謗られ続けたよだかが、おのれの力で自己実現を行う。

 

宮部みゆき『ソロモンの偽証(一)~(六)』新潮文庫

クラスメイトの死を巡って開廷された、学校裁判における群像劇。主題とは外れますが、「私の声を聞いて」という叫ぶような願いを持つ中学生たちにかつての自分を重ねました。

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コメント

きらきら研修医  叶わなかった願いについて、今思うこと|眠れぬ夜のひとりごと|真木あかり - 幻冬舎plus https://t.co/4HRw3ZLlkf 6日前 replyretweetfavorite

motoSzk 妖怪ねころころ  確かに自分以外のナニカに対する願いって多い。 半世紀以上生きてきてそれがいかにムダかとわかっちゃいるが、どうしようもない。人ってそんなものなのね。 叶わなかった願いについて、今思うこと|眠れぬ夜のひとりごと|真木あかり - 幻冬… https://t.co/T8EFHS97Nv 6日前 replyretweetfavorite

ささみさしみ デザフェスJ-160/abeminato  面白く読みやすくとても腑に落ちた。 これ私なんじゃないかと思うくらい笑 最後になんだか泣けてきた。 少しここ数年のことに整理がついた。 叶わなかった願いについて、今思うこと|眠れぬ夜のひとりごと|真木あかり - 幻冬舎plus https://t.co/vsVwgIYrWU 6日前 replyretweetfavorite

みっちぃーがみっちぃーじゃないみたいだ💐🍡  叶わなかった願いについて、今思うこと|眠れぬ夜のひとりごと|真木あかり - 幻冬舎plus https://t.co/EImlytYc2b 6日前 replyretweetfavorite

しあい  確かに、と思うことが多い… 願い、について前向きに現実的になれます 叶わなかった願いについて、今思うこと|眠れぬ夜のひとりごと|真木あかり - 幻冬舎plus https://t.co/kn8yf7WuMy 6日前 replyretweetfavorite

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真木あかり

大学卒業後、フリーライターを経て占いの道へ。『辛口誕生日事典 2018』『悪魔の12星座占い』(宝島社)など著書多数。LINE占い「チベタン・オラクル」監修。個人鑑定も行っている。

Blog http://makiakari.hatenablog.com/
Twitter @makiakari

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