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時をかける老女

2022.01.14 更新 ツイート

#20

「負担限度額認定証」がおりた。ショートステイは一泊1,960円、ひと月なら約6万円、年金で賄えそうと思ったが… 中川右介

いつもと変わらぬ朝。繰り返される同じ会話。慣れてきたのがいいのか、悪いのか……。混乱が少ないのはいいことなのかもしれない。91歳の母の介護生活は今日も続く。

(写真:iStock.com/Oleksii Misiachnyi)
 

2月1日 月曜日

<介護98日>

昨晩は早く寝たが、夜中に起き出して、アルバムを見だした。スペイン旅行のアルバムだったが、行ったことすら、思い出せない。

「私の人生はどこにいってしまったの」と悲しそうだった。

この文脈で「人生」という単語が出てくると、こちらも辛いものがある。

「もう遅いから早く寝たら」と、アルバムを閉じて棚に持って行く。

センチメンタルなアルバムめくりだったが、朝になればそれすらも忘れるのが、よいところ。

朝食をとりながら、曜日確認、「緊急事態ってなに」「コロナってなに」「怖いわねえ」とのいつもの会話。

デイサービスは、今日は定刻通りだった。

だが、帰りはタクシーに乗ってきた。もちろん、スタッフも一緒だが、クルマとドライバーが確保できなかったのだろう。人手不足の様子。

区から「介護保険 負担限度額認定決定通知書」というのが届く。先日のショートステイの際に申請したもの。

認定されたので、ショートステイは一泊1,310円、食費は650円。合計1,960円の自己負担となった。一か月すべて泊まったら、約6万円。

母の年金でどうにかまかなえる。

この額なら、もし母が100歳以上まで生き、私が先に死んでも、年金でどうにか生きていけそうだ。

ところが、月末に届いた請求書を見ると、他に「介護保険負担」として872円、おやつ代200円などが加算され、4泊5日で15,923円、1泊あたり3,980円だった。単純計算で30日だと11万9,922円となり、年金では足りないことが分かる。

東京新聞に対談の記事が載ったのを見せると、喜んで読んでいた。しかし、記事の感想はとくになし。見終わると忘れてしまったようで、二度と話題にしない。

5時半夕食、入浴して、6時半に就寝。

2月2日 火曜日

<介護99日>

事件のない、平穏な日が続く。

今朝は、デイサービスの迎えが定刻より10分早かった。準備できてなく、慌てる。

事件といえば、これくらい。

10時から、zoom で菅直人氏の本の打ち合わせ。山は越える。打ち合わせで確認したことをゲラに反映させる。

これで私の仕事はほぼ終わった。

午後は、散歩に。

デイサービス、帰りは定刻。

入浴はしてきたので、夕食のみ。6時就寝。

2月3日 水曜日

<介護100日>

「今日は水曜日、デイサービスは休み」と自分で言う。

分かるようになってきた。

洗濯ものを干すなど、仕事をしてもらう。それ以外は部屋にいてもらうが、10時過ぎに「お腹が空いた」と言い出す。お菓子を渡し、昼食は12時。

(写真:iStock.com/Tabitazn)

今日は17時30分開演の歌舞伎座に行くので、夕食の用意はしておく。

3時半頃、投函する郵便物を玄関の椅子の上に置いておいたら、それを見つけ、「出してくる」と、出かける。ポストは30メートルくらの、徒歩1分のところ。

しかし、5分過ぎても帰って来ない。外に出るが姿は見えない。

20分くらい経ったので、もう一度外に出ると、パンを抱えて帰ってくる。

ポストの先に、パン屋がある。それを思い出したのか、計画的だったのか。

500円くらいしか持っていなかったらしく、そんなには多くは買ってこなかった。

(写真:iStock.com/ProVectors)

ちょうどいいので、それを夕食にする。本人もそれをお望み。

4時20分に家を出て、5時20分に東銀座着。

歌舞伎座第三部は17代目勘三郎の33回忌追善。孫とひ孫が、ゆかりの演目を出した。三階は、発売された席はほぼ完売。

8時終演。緊急事態宣言でラーメン屋もやってないので、何も食べずに帰る。9時に帰宅。テレビを動かした形跡。周囲に積んであった雑誌が倒壊していた。

2月4日 木曜日

<介護101日>

今朝の朝ドラ(おちょやん)は後半、暴力シーンがあったので、ストーリーはまったくわからないが、「怖いわね」といやがっていた。そういえば、「ウエスト・サイド物語」も暴力シーンが冒頭にあるので、怖がっていた。こういう恐怖心が長生きの秘訣かもしれない。

デイサービス、今日は定刻通り。

送り出して、私は歌舞伎座へ。緊急事態宣言で8時終演にするため、第一部は10時30分開演になった。世界中で、朝の10時30分から上演する演劇なんて、他にあるだろうか。

10時過ぎの銀座の地下道は人が少ない。

今日は第一部と第二部を見る。

第二部は16時終演なので、まっすぐ帰り、17時帰宅。

今日はデイサービスから帰るのは16時20分なので、妻にいてもらい、出迎え。夕食も作っておいてもらった。

妻が言うには、いつもは「あなた」なのに、珍しく、「F子さん」と名前を呼んだらしい。一回だけだが。

(写真:iStock.com/Tabitazn)

夕食後、「昨日も入浴していないので、今日は入ったら」と言うが、「疲れた」と寝てしまう。

私はどことなくだるく、熱が36度2分から4分の間だが、鼻水が出る。

気にすると、よけいに具合が悪くなるので、様子見。

2月5日 金曜日

<介護102日>

7時に起きたら、午前5時に編集者からメールで文書が届いていた。早起きなのか、徹夜したのか。

母は、突然、「わたし、一文無しになった」と言い出す。たしかに、財布には先日パンを買ったので、小銭が数枚のみ。

「これじゃ、お昼が食べられない」

「お昼はデイサービスで出るでしょう。お金は毎月まとめて払っているから」

「出ないわよ。食べたことないわ」と混乱しているようだが、今壁にはってある献立表を見せて、納得してもらう。

母を9時に見送り、5時に届いたメールでの念校のチェック。パラパラと間違いが見つかり、メールで送る。これで本当に終わりのはず。

10時から、本の執筆。

仕事に集中していたら、いつの間にか16時半で、「やいやいやい」の掛け声とともに母が帰ってくる。

夕食は簡単につくれるものにしたので、17時に出して、一緒に食べる。

デイサービスで入浴はしてきたはずなので、そのまま18時に就寝。

例によって、「入ってない」「だいたい、あそこにお風呂なんかあるの」という会話を繰り返す。

2月6日 土曜日

<介護103日>

曜日を確認、「緊急事態」「感染者」「コロナって何、怖い」、という、いつもの会話。

デイサービスも今日は定刻。見送って、土曜日だが、執筆。

妻が来て、一緒に昼食。ちらし寿司の予定が手巻き寿司になる。

午後は高田馬場へ、髪を切りに。

16時半、帰宅すると、ちょうど母がデイサービスから戻り、妻が出ようとしているところで、玄関で三つの動線が絡まる。

「ドラえもん」を見ながら、夕食。基本的には分からないのだが、おかしなシーンでは笑う。

今日は風呂に入ると言うので、入れて、18時半、就寝。

2月7日 日曜日

<介護104日>

日曜なのでいつもより一時間遅く、8時に朝食。洗濯ものを干してもらい、9時過ぎに部屋へ。

母はテレ朝しか見ない人なので、9時からは「仮面ライダー」を見ていた。

「面白いの?」ときくと、「これを見るしかないでしょう」との答え。どうして、こうもテレビ朝日に忠誠を誓うのか、わからないが、決めておけば迷わずにすむのはたしか。

今日は11時過ぎに「おなかすいた」と言ってくることはなく、12時に昼食。

昼食後、午前中にオンライン試写で見た映画の紹介文を書いて送り、続いて本の執筆。

すると15時過ぎに、「もう寝る」とパジャマ姿で現れる。

といって、このまま朝まで寝てるとも思えず、いつ起きてくるか。

18時、『麒麟がくる』最終回をBSで見ようと思ったら起きてきたので、夕食を食べながら、一緒に見る。「本能寺の変」はわかるのだが、俳優がひとりもわからないらしい。玉三郎といっても、わからなかった。

「入浴はしない」と言って、19時半に就寝。

20時から『麒麟がくる』を見ながら話すという、Clubhouseに参加。

2月8日 月曜日

<介護105日>

朝、顔をみるなり、「あら、髪を切ったのね」と言われた。切ったのは土曜日なのだが、土曜日も日曜日も何も言わなかったのに。

デイサービスの迎えは定刻通り。

神保町の出版社に用があり、出かける。久しぶりの神保町。人通りは少ない。古書店で数冊、いま書いている本の資料になりそうなものを買う。

(写真:iStock.com/Macrovector)

帰宅すると、妻が来ていて、チキンライスを作っていた。

「ヤイヤイヤイ」の怪しげな掛け声とともにデイサービスから帰宅。

「ありがとうございました」と、やたら感謝する。

5時半、夕食。チキンライス。

「こんなおいしいチキンライス、初めて」と喜んでいた。

今日は風呂に入ると言う。入浴させる。6時半就寝。と思ったら8時に「お腹が空いた」と起きてくる。チキンライスが残っているので、それを食べる。

「こんなおいしいチキンライス、初めて」

3時間前と全く同じ感想。

買ってきた本に目を通す。いま書いている本に関係のあるところだけ読むつもりが、面白くて、全部読んでしまった。

*   *   *

※毎月13日、28日更新

※著者への感想、コメントはフォームで受け付けています(非公開)。編集部がお名前を伏せた上で「読者の声」として一部抜粋し、公開させていただく場合がございます。

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時をかける老女

91歳の母親と、33年ぶりに一つ屋根の下で暮らすことになった。この日記は、介護殺人予防のために書き始めたものである。

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中川右介

1960年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部文芸科卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長。映画、歌舞伎、クラシック音楽、歌謡曲、漫画についての本を多数執筆。最新刊に『アニメ大国建国紀1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)。その他の主な著書に、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『カラヤンとフルトヴェングラー』『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)、『山口百恵』『松田聖子と中森明菜』(朝日文庫)、『大林宣彦の体験的仕事論』(PHP新書)等。

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