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本屋の時間

2021.12.15 公開 ツイート

第124回

庭木とタバコ 辻山良雄

Titleが立つ青梅街道は人の往来が多く、朝夕は自転車がスピードを出しながら、次から次へと通りすぎていく。

荻窪は夜の八時。

 

今日はすでに閉店して扉も閉めているが、これが二年前ならまだ営業している時間であり、店内には煌々と明かりが灯っていた。通りの風景を見ていると、これからどこかに立ち寄って……という華やいだ雰囲気を感じることはできず、「家路を急ぐ人の背中」といった言葉のとおり、最近ではそうした背中がことさら頑なに見える。

かく言うわたしの背中だって、何かを省みる余裕もない、つまらない背中に見えるのかもしれないが。

 

この秋くらいからだろうか、遠方からのお客さんが徐々に戻ってきたように思う。昨日も店内では名古屋や福岡から来たという人に会ったし、関東近辺に限っても、神奈川や埼玉など、県境を跨いで移動することへの心理的な壁がなくなってきたのだろう。

店に人は戻ってきましたか。

営業に来た出版社の人が、口を揃えて尋ねてこられる。

「うーん、戻ってきたといえば戻ってきたのかな?」

返事がつい曖昧になるのは、自分でもほんとうによくわからないからだ。そんなに被害を被らなかったという意味で、それはよろこばしいことなのかもしれないが、人の動きはさておき、日常すべてが戻ってくるのはまだまだ先の話ですよねとでも言いたくなる自分が、返事の後ろには見え隠れする。

わたしは元々引きこもりがちな性格だが、昨年から大っぴらにそれを許されたような気がして、以前にもまして引きこもるようになった。閉店後には一刻も早く家に帰るようになり、これまでならば躊躇なく駆けつけたであろう展示やイベントも、マスクをして外に出るのかと思うとつい億劫になり、随分と腰が重くなってしまう。だからこの間、本来なら店に来たかもしれない人の気持ちも、少しはわかる気がするのだ。

「まだ対面でのイベントは行っていないですね。お客さんもそんな気持ちではないでしょうし」

ついお客さんを引き合いに出し答えてしまったが、新たなことにいまいち乗り切れないでいるのは、何のことはないわたしのほうなのであった。

今年の春義父が亡くなり、通夜や告別式の時間を、それまであまり交流のなかった義兄の家族や、妻の親戚とともに過ごした。普段の用事で埋めつくされた世界からすれば、そうした葬式の時間は、少し間延びした長いものに感じられる。しかし同じテーブルでそれぞれ何かを食べ、お互いの近況などをぽつぽつと話しているあいだ、当初の硬かった空気はだんだんとほぐれてくる。

ばらばらなんだけど、いっしょにいる。

仕事をしたあと休む間もなく駆けつけたので体は疲れていたが、心は次第に落ち着いていった。それは亡くなった人が遺してくれた、人をひと時結びつける力だったように思う。

今後の事務的な手続きにある程度の見通しをつけ、さあ帰ろうかという日の朝、晴れの日が続いていたので庭木に水をやった。妻の実家の庭は広く、場所を変えながら隅々まで水を蒔いていたら、家の脇で遠くを見ながら、ひっそりとタバコを吸っている義兄と出くわした。そんな彼を見た瞬間、ある思いが胸を捉えた。

この何日かのあいだ、いや、そのずっと前から、みんな疲れていたのだ。

首をこくりとふり目であいさつすると、すみませんねと照れ臭そうにいって、また家に入っていく。この数日のことは、彼にとってもいのちの洗濯となっただろうか。

 

乾いた心に水をあげられるのは、その人以外には誰もいない。来年は散らばってしまった気持ちをかき集め、また多くの人やものと出会いたい。

そう、来年こそは。

 

今回のおすすめ本

『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』ポール・オースター 柴田元幸訳 タダジュン絵 スイッチ・パブリッシング

泥棒の少年にも盲目の老婆にも、そしてくたびれた中年の男にも……、誰にでもクリスマスはやってくる。特に善良でもなかった男が思わず善いことをしてしまう、ある年のクリスマスの話。

 

 

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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