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東大教授が考えるあたらしい教養

2021.11.29 公開 ツイート

「人を殺してはいけないか?」答えのない問いを議論するための4ステップ 藤垣裕子/柳川範之

かつて、「教養=知識量」だった時代がありました。しかし、ネットで検索すればあらゆる情報が手に入る今、その公式は崩れ去っています。では、現在における真の教養とはなんなのか? それを身につけるにはどうすればよいのか? 二人の東大教授が贈る『東大教授が考えるあたらしい教養』には、その要諦が詰まっています。仕事や人間関係にも必ず役立つ「あたらしい教養」を、ぜひ本書で身につけてください!

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あなたはこの問いに答えられるか?

後期教養教育科目の一つである「異分野交流・多分野協力論」の授業では、先にも触れたように「答えのない問い」に対してさまざまな学部の学生が一緒に議論します。

(写真:iStock.com/jaimax)

実際に取り組んだテーマには、たとえば先に触れた「コピペは不正か」という問いのほか、「グローバル人材は本当に必要か」「芸術作品に客観的価値はあるか」「代理出産は許されるか」「飢えた子どもを前に文学は役に立つか」「国民はすべてを知る権利があるか」「絶対に人を殺してはいけないか」といった問いがあります。

こうした問いについて建設的な議論を行うためには、求められる思考法やスタンスがあります。具体的にどのような指導を行っているか、その一部を紹介したいと思います。

 

バカロレア哲学について紹介した際に触れたように、抽象的で「答えのない問い」は、言葉の一つひとつを吟味しないと簡単にイエスかノーかを答えることはできません。

そして厳密に考えれば、大半の答えは、イエスともノーとも断言できない第三の立場に至らざるをえません。

このような問いに対しては、まずバカロレア哲学の参考書のように「問いを分析する」「言葉の一つひとつを吟味する」「問いを分類する」「論を組み立てる」というステップを踏んで思考を深めます。

 

たとえば「グローバル人材は本当に必要か」というテーマについては、そもそも「グローバル」「人材」という言葉が何を意味するのかということから学生たちが議論しました。

少し考えてみれば気づくことですが、「グローバル人材」という言葉が何を意味するのかは自明ではありません。その意味を吟味することが、議論の前提となります

異分野交流・多分野協力論の授業では、さらにバカロレア哲学の参考書よりも一歩進んだ議論も要求しています。

現実に「答えのない問い」に向かうときは、イエスかノーかの二者択一を迫られる局面がしばしばあります。そしてそのような局面では、異分野の人と協力し、組織として、あるいは国際機関や国として、何らかの結論を出さざるをえません。

ロールプレイで議論を深める

このため、問いの分析や論の組み立てという基礎的な作業を行ったのち、「立場を支える根拠を明らかにする」「前提を問う」「立場を入れ替えてみる」「複数の立場の往復」といった作業を行う必要があります。

(写真:iStock.com/Milatas)

「立場を支える根拠を明らかにする」というのは、自分が論を組み立てた背景を示すことです。結論だけでなく「なぜそのようにいうのか」を伝えられるようにします。

「前提を問う」というのは、相手や自分の論について、「なぜこの人はこんなふうにいうのか」「なぜ自分はこのように考えるのか」など、その前提となっている考え方を確認します。

「立場を入れ替える」というのは、「自分が相手の立場に立ったとしたら、自分はどう思うか」を考えてみることです。

「複数の立場を往復」するというのは、異なる考えを持つ人たちそれぞれの立場に立ってみて自分がどう思うかを考え、そのうえで「他の人の立場に立ったあとの自分はどう思うのか」を改めて考えます。

 

授業ではこの4つの作業を具体的に演習するために、たとえば「代理出産を依頼する人」と「依頼される人」というように役割を決めてロールプレイをし、さらに役割を入れ替えながら議論を深めていきました。

具体的には、第1ラウンドとして、6つの配役(依頼者、代理母、担当医、斡旋業者、子の人権擁護者、政府の高官)のうちどれか一つを当日学生に割り当て、5分の作戦会議ののち、3分間で割り当てられた役を演じてもらいました。

次に第2ラウンドでは、ほかの学生が演じた役から自分の役への批判を受けて、それに対する反論を演じてもらいました。

最後に第3ラウンドで、自分が演じてきた役を批判するということを行いました。

 

学生からは、「ロールプレイは小学生でもできる子どもだましのようなものだと当初は思っていたが、実際に行ってみると自身の役割・視点を固定したり入れ替えたりすることで異なる立場の人々の意見をより現実的に捉えられ、議論の発展に大いに役立った」という感想を得ています。

自分の立場とは異なるものを演じることによって、相手のロジックがわかり、それを「自分ごと化」することができるのです。

関連書籍

藤垣裕子/柳川範之『東大教授が考えるあたらしい教養』

「教養=知識量」という考え方はもう通用しない。ネットで検索すればあらゆる情報が瞬時に手に入る今、知識量の重要性は相対的に低くなっているからだ。東大教授2人が提唱する教養とは「正解のない問いに対し、意見の異なる他者との議論を通して思考を柔軟にし、〈自分がよりよいと考える答え〉にたどり着くこと」。その意味するところは何なのか? どうすればこの思考習慣が身につくのか? 人工知能の発展が著しい現代だからこそ、人間にしかできない能力を磨く必要がある。その要諦が詰まった一冊。

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東大教授が考えるあたらしい教養

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藤垣裕子

一九六二年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授。一九八五年、東京大学教養学部基礎科学科第二卒業。一九九〇年、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。一九九〇年、東京大学教養学部助手。一九九六年、科学技術庁科学技術政策研究所主任研究官。二〇〇〇年、東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系助教授。二〇一〇年、同教授、二〇一三年、東京大学総長補佐。二〇一五年より東京大学大学院総合文化研究科副研究科長・教養学部副学部長。学術博士。

柳川範之

一九六三年生まれ。東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶應義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学生活を続ける。大学を卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。『法と企業行動の経済分析』(第五十回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)など著書多数。

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