1. Home
  2. 社会・教養
  3. 物理の4大定数
  4. 物理ぎらいを大量発生させたフランクリンの...

物理の4大定数

2021.12.26 更新 ツイート

物理ぎらいを大量発生させたフランクリンの定義 小谷太郎

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
現在のテーマは「電子の電荷の大きさe」。
電流は電池のプラス極からマイナス極へ流れ、電子は逆にマイナス極からプラス極へ流れるという不可解な事態を招いた犯人とは!?

 

*   *   *

豆電球は18世紀からすると夢のテクノロジーだ(写真:iStock.com/artisteer)

フランクリンの凧

アメリカの政治家で科学者のベンジャミン・フランクリン(1706-1790)はアメリカ合衆国の独立の立役者として、歴史の教科書に載っています。

独立戦争の際にはフランスに滞在して、貴族や知識人を説得し、アメリカへの支援を取り付けました。

このとき、フランクリンが著名な科学者だったことも、彼のことばに説得力を与えました。彼は電気の研究で世界(欧米のこと)に知られていたのです。

 

18世紀当時の電磁気学、というか電気学の研究対象は、静電気や電気火花や放電でした。

みなさんが電気の初歩の実験と聞いて思い浮かべるのは、豆電球を光らせたり電磁石でクリップを吸い寄せたりといった遊びではないかと推察しますが、そういうものはこの時代には不可能でした

なぜかというと、乾電池、つまり化学電池がまだなく、連続的に流れる安定した電流が手に入らなかったのです。

乾電池や豆電球や電磁石といった、私たちにとっての子供のおもちゃは、どれも18世紀には夢のテクノロジーで、当時の科学者に見せたら目の色を変えて欲しがることでしょう。

 

フランクリンは摩擦電気を発生させる機械などをもちいて電気火花をぱちぱち飛ばして研究していましたが、そうするうちに、雷も一種の電気火花ではないかという(正しい)考えに思い至ります。

雲にたまった電荷がぱちっと火花を飛ばして地面に流れるのが雷の正体だという説です。

フランクリンはこの説を確かめるため、雷の日を待ち、金属棒をつけた凧(たこ)を空中高く上げました

凧糸には金属のカギがぶら下げられました。雷が大規模な電気火花で、雲に電荷がたまっているならば、金属棒からカギまで電荷を導けるはずです。

地面近くに垂れ下がったカギに、フランクリンが指を近づけると、電気火花が飛んで指がしびれ、フランクリンの考えが正しいことを示しました。フランクリンは雷から電荷を集め、「ライデン瓶」という装置に電荷を蓄えることに成功しました。

フランクリンの凧(イラスト:小谷太郎)

この実験は「フランクリンの凧」と呼ばれて有名になりました。そのため1752年6月15日のフィラデルフィアの天気は世界に記憶されています。

ただしこれはきわめて危険な実験です。これを追試しようとして、感電して死亡する事故が起きています。真似しないでください。

 

余談ですが、フランクリンが雷の電荷を貯めるのに使ったライデン瓶は、瓶の形をした一種の蓄電器で、オランダのライデン市にちなんで名付けられました。日本語話者だけが、雷電とは無関係と知って意外に感じます。

欧米の教会を救ったフランクリンの避雷針

この経験をもとに、フランクリンは落雷被害を防ぐ「避雷針」という装置を考案しました。金属棒を屋根に取り付け、導線で地面と結んだ、単純なしくみです。もしも雷が発生しても、避雷針に導かれ、建物の被害を防ぎます。

この発明は大変効果がありました。それまで雷という自然災害を防ぐ手段はなく、雷とそれによる火災で、頻繁に人命や財産が失われていました。とくに欧米には、教会という高い建築が広く普及していて、この落雷被害は深刻でした。

欧米では教会への落雷被害が深刻だった(写真:iStock.com/Markus Thoenen)

しかし避雷針をとりつけると、落雷被害はぱったりとおさまりました。二、三十年のうちに避雷針は欧米に広まり、人々を落雷被害から解放しました。

避雷針はファッションとしても流行し、避雷針を取りつけた帽子や傘が売りだされました。効果のほどは不明です。

ただし、人類を救うテクノロジーがあらゆる人に歓迎されるわけではありません。

ワクチンを恐れるかたがおられるように、避雷針が「雷を呼び寄せる」と言って反対する人もいらっしゃって、自宅に避雷針を取りつけた人と反対する隣人のあいだで裁判になる例もあったということです。

ともあれ、それまで人類の力のおよばない自然の脅威の象徴だった雷は、科学によって正体を暴かれ、支配されたのです。

一方そのころフランスは革命前夜で、理性を尊び、因襲的な権威を打倒せんという雰囲気に満ちていました。フランス人がフランクリンを歓迎したのも当然でしょう。

物理嫌いを量産することになる、恐ろしい定義

話が前後しますが、電気現象を研究したフランクリンのもう一つの成果が、プラス電気とマイナス電気の提唱です。

謎めいた電気なるものの正体については古代から考えられていましたが、フランクリンの時代には、電気の正体は何らかの流体で、物から物へ流れたり移ったりするというところまで真相に近づいていました。

フランクリンは、電気流体には「プラス」と「マイナス」の2種類があると(正しく)考えました。

ふつうの状態の物質には、この2種が等しくふくまれているため、中性で、電気的な性質を示しません。

しかし異なる種類の物質(たとえば琥珀[こはく]と猫の毛皮)をこすり合わせると、プラスの電気が片方から片方へ移ります。プラスの電気をもらった方はプラスの電気を帯び、プラスの電気を与えた方はマイナスの電気を帯びます。

これは電気現象をすっきり説明できる正しい説でした。

電気流体には「プラス」と「マイナス」の2種類がある(写真:iStock.com/Kenishirotie)

……と、ここまではいいのですが、その次にフランクリンはとんでもない提案をします。その後の歴史に深刻な影響を残す、取り返しのつかない案です。

フランクリンは、琥珀と猫の毛皮をこするとき、琥珀から猫へプラス電気が移る、つまり猫がプラスの電気を帯びると定義したのです。

 

この定義は、猫をこすって遊ぶ人だけに影響を及ぼすものではありません。猫と琥珀の作る静電気のプラスマイナスを定義すると、それに応じて、全世界のあらゆる電気現象のプラスマイナスが定まります。

たとえば、絹とガラスの作る静電気のプラスマイナスが知りたければ、ぱちぱち電気火花を飛ばしている絹とガラスを、別に用意した(つまりこすり合わせた)猫と琥珀に近づけてみればいいのです。

するとガラスは猫と反発し琥珀と引き合うので、ガラスは猫と同じくプラスの電荷を持つことがわかるわけです。同様に、絹はマイナスと決まります。

(なお、当時は毛皮などの試料をこすり合わせる静電気発生装置があったので、実験のたびに猫を呼ぶ必要はなかったようです。)

 

琥珀と猫のどちらをプラスと定義しても、電磁気学の法則はその定義にもとづいて矛盾なく組み立てることができます。そういう意味では、どちらをプラスと定義しても、差しつかえありません。差しつかえないので、フランクリンの定義は科学的な誤りとはいえません

しかしフランクリンの想像とちがい、琥珀と猫の毛皮をこすって摩擦電気を発生させるとき、実際には電子が猫から琥珀へ移っていたのです。フランクリンの定義にしたがって電子の電荷を決めると、電子はマイナスの電荷をもつことになってしまうのです。

フランクリンの恐るべき定義(イラスト:小谷太郎)

もしもフランクリンが、猫から琥珀へプラス電気が移ると定義していたならば、電子の電荷はプラスになり、プラス電気の移動と電子の移動は一致していたでしょう。そして後世の恐るべき混乱は未然に防がれていたでしょう。

このことは当時は知る由もなく、150年後に電子が発見されるまで分かりませんでした。

そして見つかった電子は、ああニャンということでしょう、どう見ても電荷がマイナスなのでした。しかしもう手遅れです。150年の間に電磁気学は完成し、フランクリンの定義にしたがった電磁気学の教科書が世界中にはびこっていました。もう訂正は不可能です。

こうして今日の学校では、電流はプラス極からマイナス極へ流れるのに、電子はマイナス極からプラス極へと流れると教えて、学童を惑わし、人類の物理学の習得を阻害しているのです。

 

私見では、この電気の正負の定義は、科学技術の発展に負の影響をおよぼしている三悪定義の一つです。

(残りの二つは、タイピングの効率を下げているQWERTY配列と、英語の恐ろしく無秩序なスペルです。)

 

●次回は1/11の公開予定です。

関連書籍

小谷太郎『宇宙はどこまでわかっているのか』

太陽の次に近い恒星プロキシマ・ケンタウリまでは月ロケットで10万年かかるが、これを21年に超短縮するプロジェクトがある!? 土星の表面では常にジェット気流が吹きすさび、海流が轟々うなっている!? 重力波が日本のセンター試験に及ぼしてしまった意外な影響とは!? 元NASA研究員の著者が、最先端の宇宙ニュースの中でもとくに知的好奇心を刺激するものをどこよりもわかりやすく解説。現在、人類が把握できている宇宙とはどんな姿なのか、宇宙学の最前線が3時間でざっくりわかる。

小谷太郎『言ってはいけない宇宙論 物理学7大タブー』

2002年小柴昌俊氏(ニュートリノ観測)、15年梶田隆章氏(ニュートリノ振動発見)と2つのノーベル物理学賞に寄与した素粒子実験装置カミオカンデが、実は当初の目的「陽子崩壊の観測」を果たせていないのはなぜか? また謎の宇宙物質ダーク・マターとダーク・エネルギーの発見は人類が宇宙を5%しか理解していないと示したが、こうした謎の存在を生むアインシュタインの重力方程式は正しいのか? 本書では元NASA研究員の著者が物理学の7大論争をやさしく解説、“宇宙の今”が楽しくわかる。

小谷太郎『理系あるある』

「ナンバープレートの4桁が素数だと嬉しくなる」「花火を見れば炎色反応について語りだす」「揺れを感じると震源までの距離を計算し始める」「液体窒素でバナナを凍らせる」……。本書では理系の人なら身に覚えのある(そして文系の人は不可解な顔をする)「あるある」な行動や習性を蒐集し、その背後の科学的論理をやさしく解説。ベッセル関数、ポアソン確率、ガウス分布、ダーク・マターなど科学の知識が身につき、謎多き理系の人々への親しみが増す一冊。

{ この記事をシェアする }

物理の4大定数

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。この4つの物理定数は、宇宙のどこでいつ測っても変わらない。宇宙を今ある姿にしているのは物理の4大定数なのである。
宇宙を支配する数字の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説する。

バックナンバー

小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP