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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2021.11.12 更新 ツイート

バイトをクビになった時まっさきに思ったのは「金色のコルダやろう」だった カレー沢薫

前回、私の乙女ゲー最推しキャラ「土浦梁太郎」について語ったが、今回は彼が登場する「金色のコルダ」について語りたい。

しかし、ただでさえ特記事項が少ない私が、今まで金色のコルダについて語っていないわけがないので、確実に同じ話を2回、下手をすれば3回聞かされることになっている人もいると思うが、おそらく金色のコルダ現役世代は「言ったことも忘れるが聞いたことも忘れる」のフェーズに入っていると思うので、忘れていることに賭けてもう1回書きたいと思う。

 

また、日本はますます超高齢化社会になっていく、これから若人にとって「同じ話を何回も聞かされる耐性」は必須になると言えるだろう。
ぜひ「初耳っす」という顔の練習をしながら聞いて欲しい。

私が21歳プレイしていた乙女ゲー、それは金色のコルダで私は無職でした。

いつもならここでヴェルタースオリジナるところだが、今回はやめておく。
何故なら、この時の私は新卒で入った会社を8カ月でお母さん付き添いの元、逃げるように辞めるという、これ以上なく「特別な存在ではない奴がやること」をやってのけた後であった。
こんな孫にはジジイも飴など与えず、入れ歯を押して自分で食うことを選ぶだろう。

若干言い訳させてもらうと、その会社が若干ブラックだったのである。
本物のブラックからすればグレーですらなく、こね過ぎて手の汚れが完全に憑依したパン生地程度の会社だったと思うのだが、それでも二十歳の自分には苛酷であった。

さらに寝不足により自損事故を起こし、車が運転できなくなったため「毎日日給以上の金をかけてタクシー通勤」という今思えば正気の沙汰ではないことをやっていた。
人々が耐え難きを耐え、忍び難きを忍び会社に行っているのはおそらく金のためである、それすら「マイナス」という状態でしばらく会社に通い、辞めるという発想にならないのだから恐ろしい。

このようにブラック企業や社蓄の症状というのは「金のために仕方なく」ですらなく「何があっても会社にいくことが目的」になってしまうのである。
よって依存症と同じで、周囲がいくら「そこはヤバいから辞めろ」と言っても本人が「会社も俺もヤバい」という自覚を持たない限りは辞めることが難しく、先に体の方が動かなくなってしまう場合が多い。

幸い私はそこまでは至らず、退職後、半年ぐらい何もせず休養していたのだが、さすがにそろそろ社会復帰しなければまずい、ということで、会社の同期がバイトしているという場所で自分もバイトをすることにした。
ちなみに、同期も全員1年以内で辞めたので、やはりその会社が手ゴネし過ぎパンぐらい黒ずんでいたのは確かである。

だがそのバイト先も別に人が足りないというわけでもなく、とりあえずパソコンで書類を作る仕事を与えられた。

そして一週間後「言うほどパソコン使えてないよね」ということで無事解雇の運びとなった。
さらに「接客をやってもらおうにも、君はコミュニケーション能力がちょっと」とも言われた。
つまり徹頭徹尾「使えない」という理由でクビになったのである。

新卒で入った会社を早々にドロップアウト(お母さん同伴)して、やっと社会復帰しようとした矢先「無能」の烙印を押されるというのは今思い出しても空ゲロぐらいは吐ける。

しかし問題は、それを出勤5分後に言い渡され「今日はもうこれで帰っていい」と言われてしまった点である。
家に帰るしかやることはないのだが、家には祖母がいる。

「やっとバイトをはじめた孫が30分で帰ってきたらババアはどんな顔をするだろう」

どれだけ岡村構文を使ってもエモくならない状況である。
少なくともリストラされたことを家族に言えないサラリーマンのように終業時間まで時間を潰してから帰る、もしくはそのまま富士河口や東尋坊に観光に行きたいところだ。

だが私はこう思った「今すぐ家に帰って金色のコルダをやろう」と。

その時私は金色のコルダをプレイ中だったのだ。

そう考えると「むしろバイトがなくなったことによりコルダに没頭できる」というポジティブな気持ちにさえなった。

こうして私は、東尋坊に行き「船越って意外と小さいなー」と言って帰って来たり、スーツ姿で公園のベンチの真ん中を夕暮れまで占拠することもなく颯爽と帰還、ババアに「人手が足りてるからもう来なくて良いって言われた」と微妙すぎる嘘を交えながらもクビになったことを即伝え「さて仕事の続きだ」と、途中だった志水君の攻略に取り掛かったのである。

それが良いのか悪いのかはわからなかったが、少なくとも家族を心配させたり、近隣に恐怖を与えたり、その後再び半年寝込むという事態にはならなかったのだ。

このように「推しに生かされている」というのはオタク特有のオーバー表現ではない。

家に金色のコルダがあるなら東尋坊に行く理由はないし、一か月後に推しのライブがあるなら今死ぬ道理はどこにもない、むしろ死なないように細心の注意を払うだろう。

今でも「来年の夏水着の土方さんが来るかもしれない」と思ったら、全く死ぬ気になれない。
「生きる希望」レベルの推しに出会うのは難しいし、逆にそこまでいくと危険かもしれないが私にとって推しは確実に「死なない理由」になってくれている。

ただ最近の推しはガチャ出てくることが多いため、死なない理由でもあるが同時に「経済的に死ぬ理由」になるのが悩ましいところである。

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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