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礼はいらないよ

2021.10.24 更新 ツイート

ハロウィンのヴァイブスと渋谷のヴァイブスが重なり合って、冷え切って ダースレイダー

(写真:iStock.com/StreetMuse)

10月31日はハロウィンだ。日本でも気づけば仮装して出かける習慣が広まっている。

 

僕がロンドンにいた頃も、子供たちはそれぞれに仮装して近所の家を訪ね、トリック・オア・トリート! と言ってお菓子をもらっていた。「E.T.」や「ストレンジャー・シングス」に出てくるアメリカのハロウィンに比べると地味だった気もするが、イギリスでは11月5日にガイ・フォークス・ナイトがある。

1605年に発覚した火薬陰謀事件で逮捕されたガイ・フォークスにちなんだお祭りで、子供たちは仮面をつけ、空には花火が打ち上げられる。そのため、1週間通してのお祭り期間だったとも記憶している。

ハロウィン自体は、ケルト民族のドルイド教で行われていたサウィン祭りが起源でケルトの大晦日、死者たちが帰ってくる時に一緒に戻ってくる悪霊を退散させるため、人々もまた悪霊の格好をした。かぼちゃを模したジャック・オーランタンもケルトで言う鬼火だ。

僕らは近所の友達と集まってカゴいっぱいのお菓子を持って家に帰っていった。暗い家並みを仮装して歩くのは気分が良く、ふわふわする感覚だった。日本では川崎のハロウィンマーチが有名だが、渋谷ハロウィンが近年は注目されてきた。

先日、DOMMUNEのハロウィン特集に出演した際、陳暁夏代さんが定点観測している渋谷ハロウィンの模様を見せてもらった。2014年あたりから仮装した人々が渋谷に少し出現し、2015年にはクリエイティヴな仮装がたくさん見られるようになる。

明確な主催者は存在せず、人々はただ渋谷に集まっていた。これは渋谷という街のヴァイブスがまだ残っているという証拠だろう。まだ、というのは僕が知る1995年以前の渋谷はそれこそエネルギーに満ちたふわふわした街だったからだ。

渋谷ハロウィンがメディアで喧伝されると、多くの人が、それこそ全国から集まるようになっていく。アーリーアダプターの独創的な仮装から量販店で売られる簡単な衣装へと見た目も変わっていき、ゾンビメイクなども流行りが反映され、仮装してるのに同じような顔が並ぶようになる。

(写真:iStock.com/Nob1234)

飲酒による問題も増え、ゴミもそこら中に捨てられていく。2018年には集まった人たちがトラックをひっくり返す衝撃映像が拡散され、行政が対応せざるを得なくなった。

それまでも「DJポリス」なる謎の名称で呼ばれる警察対応は為されていた。拡声器でしゃべってるのにDJなのはレゲエから来ているのだろうか? ただ2018年以降は、渋谷ハロウィン自体を取り締まる方向に舵を切らざるを得なくなったのだ。

2019年は渋谷区と警察による徹底した規制が街全体に敷かれ、かなり大人しいものになり、2020年と2021年はコロナ禍の下、ハロウィンはauのプロジェクト、バーチャル渋谷というVR空間で開催されるようになる。

2015年までは、僕も仮装して渋谷でのハロウィンライブに参加していた。幼い娘も仮装させて連れて行った。うさぎの尻尾をつけた娘は、様々な仮装をしている人が行き交う道を楽しそうにスキップしていた。

その翌年から自分が仮装して参加するモチベーションは消えてしまう。むしろ同時期に参加していたクラブとクラブカルチャーを守る会の清掃活動としてハロウィン後の朝の掃除に参加して、脱ぎ捨てられた衣装や酒の缶、タバコのポイ捨てなどを拾っていた。

2018年の件があった後、僕は渋谷区が開いた対策会議に出席してクラブ業界から提案出来る対策案をプレゼンした。クラブがハロウィンで集まる人々の受け皿になるという話だが、僕は一つのアイディアを紹介した。ベルリンで会ったオランダの友人でロッテルダムでパーティーをしているロブから聞いた話だ。

彼は、ヴァイブススクワッドというアイディアを教えてくれた。街のフェスやでかいパーティーで人が集まる際、5人くらいのヴァイブススクワッドというチームを編成して、それをあちこちに投入するのだ。

チームメンバーはパーティー慣れした、いわゆるノリのいい人たち。彼らは周りと一緒にパーティーを楽しみながらうまく空気、つまりヴァイブスを調整する。酔い過ぎてる人を落ち着かせ、うまくノレない人を盛り上げる。上から規制したり命令するのではなく、同じ目線で一緒に遊びつつノリを作っていく。

僕は、この日のプレゼンで主催者不在という渋谷ハロウィンの特徴を指摘し、行政が関わる際のスタンスを、上からではなく混ざる方向で提案した。そもそも主催者不在という点にこそ可能性があるとも思ったからだ。

人を呼び寄せていたのはむしろ街であり、街のノリがそれを可能にしていた。先述したように90年台初頭の渋谷は、ハロウィンでなくとも毎日街にはノリがあり、そこに行くだけで一緒のふわふわした気持ちを味わえたのだ(その頃は危険とも言われていたが、ワクワク感はそれにまさった)。それがハロウィンで仮装して集まるという社会性を脱ぎ捨てる行為により、2014年くらいからちょっと復活したのだ。それこそ死者が蘇るかのように90年台の渋谷がハロウィンの日に帰ってきたような感覚だ。

ただ2018年以降、街のノリに誘因される形は許されなくなったのでヴァイブススクワッド的なノリの維持、微調整するようなコントロールを提案したのだ。僕らの案が採用されることはなく、そしてコロナ禍でそれこそ街は冷え切り、ついにはバーチャルに場面を移すことになった。

バーチャルの可能性はここでは語らないが、そもそもの街のノリ、街が生き物のように人を誘うそのエネルギーの正体をもう少し探究したいと思う。

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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