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カニカマ人生論

2021.09.08 更新 ツイート

遠くへ行きたい 清水ミチコ

「百の練習より、一回の本番。キミまず、場数を踏まなきゃダメだよ」と永六輔さん。聞いたことのなかった「バカズ」という語呂に、口角があがってしまいそうな私でしたが、永さんのラジオやライブのゲストとして、何度かお声をかけていただきました。そんな時は私も(この方の期待にこたえたい!)と張り切ってました。

そんな永さんご本人の活動は、「自分の芸能活動は自分で決める」という風で、旅好きでもあることから、しょっちゅう地方に出向いてはそこで講演などしながら、土曜日はラジオのために赤坂へもどる、というライフスタイルのようでした。私のふるさとである高山からハガキをいただいたこともあります。まさに「遠くへ行きたい」(作詞・永六輔   作曲・中村八大)です。日本中を旅しながら、口だけで生きていける。フーテンの寅さんが実在していたことになります。(映画みたいな、こんな生き方が本当にできるんだなあ)と、驚きと尊敬が入り混じりつつ感服。

 

興味のあることしかしない、と決めておられるのか、ストレスもなさそうでしたが、反面でパンクなところもありました。「永六輔24時間しゃべりっぱなし」という、まさに本番が24時間という長時間のライブを紀伊國屋ホールで決行。当時そんな事をした人物は誰もいませんでした。お客さんは寝てもいいし、途中で出て帰ってきてもいいとのこと。ホールもよくぞそんな長時間貸してくれたものだと思います。信頼関係ですなあ。いわゆる文化人という存在でありながら、あの当時の永さんこそ、私には「これぞ芸人」という感じがしたものです。

ただ、声が大きいので、怒鳴ると本当にカミナリのようで、(人が見てる……)と思うと、気落ちする前に、恥ずかしさでクラクラしました。ある日、ゲストとして出たステージで「このセリフをきっかけに、音楽をかけてください」と音声さんに頼んでいたのに、何がどうしたのか、いつまで待っても音が出ず、私はただ(あれ?)と立ちすくむということがありました。終了後、永さんから「音が鳴らないだけで、ぼーっと立ってるって何なんだ! ばか」と叱責。泣きっ面にハチでした。しかもそこにはたまたま、なぎら健壱さんがおられ、いまだにニカっと笑って「あん時ミッちゃん、叱られてたねえ~。俺、見てたもんね~。しょんぼりしちゃってんの。ウッヒッヒ!」と、しょんぼりした顔を再現しながらからかわれます。泣きっ面にハチの上に塩をぬる男。

それからの私は、人前で誰かを叱責しないこと、そして叱責された側を決して笑わない、という二つを人生の指標に生きてきました。と、いうのは冗談ですが、今思えば叱責されたのはこの日が最後で、今は誰にも叱られません。これからもきっとそうなのでしょう。大人になるって、誰にも注意されなくなるってことなんですね。面倒だから。ちゃんと本人の目を見て注意をくださったこと、実はとてもありがたいことだったのでした。おかげで、あれから場をつなぐということを覚えました。内心(音声さんは叱られんのかい!)なんて思っててすみませんでした。

ライブを観てくれた方の中には、お笑い専門の批評家の方もいました。ロビーで「いま、あなたのライブを観たんだけど」と声をかけられ、こんな言葉をもらいました。「あなた、自分では気づいてないかもしれないけど、舞台で上半身の動きでしか表現してないのが、とてももったいない。明日からでもパントマイムを習うといいよ」とのこと。ひえー。(なんと、自分は下半身に動きがなかったのか!)と、謎の言葉に動かされ、「パントマイムスクール」を都内で探して、行くことにしました。あとでよく考えれば、(下半身に動きのある方がむしろ特殊では?)と分かるのですが、その頃はどんな言葉でも吸収しなきゃ、と思っちゃってたんですよね。アホでした。しかも、数年後にお会いしたその方に「パントマイムの話、覚えてます?」と聞くと「え? まったく覚えてない(真顔)」とのことで、記憶もなかったという。近くで見てくださってた永さんのイラだちと比べると、遠くから見てる人の意見というものは、基本軽い気持ちのつぶやきなんですよね。これをわかってないと、ネットの冷酷な言葉などにクヨクヨする時間がもったいないです。

ところで、いざパントマイムスクールに行ってみた私は(なんか絶対違う、笑ってしまう)と感じ、体験レッスンだけで終わりました。いまだに「壁」もできません。ただそのスクールには、自分よりも若い人たちがたくさんいて、見えないはずの「壁」や「階段」を、そこにあるかのように全身で工夫し、表現していた姿がキラキラしてて忘れられません。私がやりたいこととは違うけど、遊びを真剣に構築しようとする世界に、(この人たちは生きてるなあ!)って、ちょっと感動してしまいました。つくづく人間は何かを表現したくなるように生まれついてる生き物なんですね。それがよくわかった瞬間でした。階段ないのに。本で読んだ言葉ですが、どんな世界的な芸術家も、売れないお笑い芸人でも、一つだけ共通していることがあるそうです。それは「自分がここに生きています、という爪跡を残したい」なんだとか。納得。

ジァン・ジァンでの私のライブは、永さんが各方面で告知してくださったおかげで、みるみるお客さんが増えてきました。その中にはテレビのスタッフもいて、深夜番組の出演が決まりました。私は26歳になっていました。

 

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

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