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光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
現在のテーマは「重力定数G」。
今回はブラック・ホールの作り方を解説する。

*   *   *

光も脱出できないブラック・ホール

 

ブラック・ホールとは、重力が強く、光さえも脱出できない特異な天体です。
光さえも脱出できないとはどういうことでしょうか。

 

地球上でボールを上空へ放ると、見る間に上昇速度が遅くなり、やがて頂点に達して下降に転じ、数秒の後に地表に戻ってきます。ごぞんじ重力の効果です。上昇速度は1秒に約10 m/sずつ減ります。

速く投げると、下降に転じるまでの時間が長くなり、頂点は高くなります。

ボールを投げるのがうまいヒト個体は、約40 m/s、つまり時速144 km程度の速さで投げられます。この速さで真上に投げると、ボールは4秒上昇して80 mほどの高さに達し、また4秒かけて戻ってきます。

このような計算がラクにできるのは、重力加速度が10 m/s2というキリのいい値だからです。計算するたびに、自然の恵みへの感謝の念が湧きおこります。

ボールを投げるのがうまいヒト個体は時速144 km程度の速さが出せる(画像:iStock.com/Artur Didyk)

ボールをもっと速くすると、様子がちょっと変わってきます。地球から離れると重力が弱くなるため、ボールがさほど減速しなくなるのです。

たとえば高度2600 kmまで昇ると、重力加速度は地表の値の半分になります。ここまでたどり着いたボールは、上昇速度が1秒に5 m/sしか減りません。

この高さに到達するには、初速6 km/sが必要です。ヒトの腕力では無理なので、銃などで射出しましょう。

ボールをもっともっと速くすると、地球からさらに離れることができて、重力はますます弱まり、さらに減速は鈍くなります。

そして初速が約11 km/sを超えるボールは地球の重力を振りきります。速度は遅くなるものの、0になることはなく、永遠に上昇が続きます。もう二度と地表には戻ってきません。

物体が天体の重力を振り切る速度は「脱出速度」と呼ばれます。

初速が約11 km/sを超えるボールはもう二度と地球に戻らない(画像:iStock.com/koyu)

落ちるのにも無限の時間がかかる

脱出速度は天体によって異なります。天体の質量が大きいほど、また半径が小さいほど、脱出には高速が必要になります。

たとえば太陽表面からの脱出速度は約600 km/sです。これまで人類が開発したどんな乗り物もロケットも弾丸も、太陽表面からは脱出できません。

小惑星探査機「はやぶさ2」が探査した小惑星リュウグウは、直径700 mほどの岩塊です。

その脱出速度は約37 cm/sで、これは歩く速さよりも遅いです。星の王子様がリュウグウに降り立ったならば、軽く跳躍するだけでリュウグウから脱出できます。

そしてブラック・ホールは脱出速度が光速を超える天体です。質量のある物体を光速以上に加速することはできないので、つまりブラック・ホールから物体は脱出できません。

ブラック・ホールの近くでは、ボールをどんな速さで投げ上げても、どんな光を放射しても、ブラック・ホールの重力を振りきることはできません。

ボールも光線も曲線を描いてブラック・ホールに舞い戻ります。その実験をした人は、戻って報告することも通信で伝えることもできません。

 

この強い重力は、ニュートンの重力法則の手には負えません。ブラック・ホールの性質はアインシュタインの一般相対論によって説明されます。

ブラック・ホールの近くでは、空間が伸び時間がゆっくりになるという一般相対論の効果が極度に激しくなります。そのため、ブラック・ホールに落下する物体を観察すると、落下に無限の時間がかかります

落下は徐々にゆっくりになり、ブラック・ホールの中心からある距離離れたところで停止します。なにがなんだか想像するのも困難なありさまです

のんきにボールを投げていたかと思えば、いつの間にか時間がゆっくりになったり落下が停止したり、わけの分からないことになっていて、ブラック・ホールの話題はまったく油断なりません。

ブラック・ホールに落ちていくには無限の時間がかかる(画像:iStock.com/ditadimetallo67)

シュヴァルツシルト半径

落下物体が停止するところは、ブラック・ホールの「シュヴァルツシルト半径」あるいは「事象の地平線(イベント・ホライズン)」と呼ばれます。

(回転するブラック・ホールでは両者は一致しませんが、ここでは違いを気にしないことにします。)

シュヴァルツシルト半径はまた、脱出速度が光速になる境界でもあります。この半径よりも内側に (無限の時間をかけて) 入り込むと、もう外へ戻ることも通信することもできなくなります。

事象の地平線という詩的な呼び名はこれに由来します。

シュヴァルツシルト半径は、天体の質量の2倍に重力定数Gをかけ、光速cの2乗で割った値です。

これまでに紹介した2個の基礎物理定数を使って表せるので、ここで紹介するのにぴったりな応用例です。基礎物理定数から宇宙を解読すると謳(うた)う本連載の面目躍如です。

か弱い小さな重力定数Gをかけて、光速cというとんでもない速さの2乗で割るので、シュヴァルツシルト半径はめちゃくちゃに小さな値となります

ブラック・ホールの作り方

ブラック・ホールを作るには、原理的には、地球でも太陽でもそこらの物体でもいいから、ぎゅうぎゅうに圧縮してそのシュヴァルツシルト半径以下に縮めればいいのです

たとえば太陽のシュヴァルツシルト半径は約3 kmです。現在のサイズの20万分の1以下です。太陽を20万分の1以下に圧縮すればブラック・ホールのできあがりです。

またたとえば地球のシュヴァルツシルト半径はたったの9 mm弱です。地球をぎゅうぎゅうに圧縮してビー玉ほどに縮めると、ボールを脱出させるのに光速が必要となったり、落下が停止したりといった、奇妙な現象が現われます。

しかしそれほど小さく地球や太陽やそこらの物体を圧縮することは、人類の技術ではもちろん不可能です。自然現象でもそんなことはめったに起きません。

どれくらいめったに起きないかというと、天の川銀河の中で100年に1回以下と見積もられています。それくらいの頻度で、ときおり恒星が圧縮され、ブラック・ホールに変化することがあるのです。

天の川銀河でブラック・ホールが誕生するのは100年に1回以下​​​​​​(画像:iStock.com/den-belitsky)

恒星のようなつぶれそうにない代物を20万分の1以下に圧縮する力は、か弱くて愚直な重力です。

そもそも恒星は、重力によって宇宙の希薄なガスが集まってできた、濃いガスのかたまりです。恒星はガスの圧力によって重力に対抗し、それ以上つぶれないように踏ん張っています。

ガスというものは、温度が高ければ圧力も高くなり、温度が低下すれば圧力も低下します。恒星を形作るガスは、恒星内部で原子核が融合する際に生じる熱で、高温を保っています

原子核の融合反応が止まると、熱源を失い、恒星はしぼんでしまいます。

熱源をうしなった恒星の運命は三通りあります。

比較的軽い恒星はしぼんだ末に「白色矮星」という、小さくて暗い星に変身します。

もっと重い星は爆発的に縮んで、「中性子星」というもっと小さくてもっと暗い星に変身します。

「爆発的に縮む」というのも妙な表現ですが、重い恒星の最期の段階では、内部の原子核反応は急激に終了し、収縮は突如として起きるのです。これを「重力崩壊」とも呼びます。

そしてもっともっと重い星は、重力崩壊してブラック・ホールになります。これ以上暗いものはないくらい暗い星です。

重力崩壊の際には、恒星の体のうちブラック・ホール(か中性子星)の材料に使われなかった部分が宇宙空間にはじけ飛び、「超新星爆発」を起こします。

超新星は宇宙最大の爆発ともいわれ、銀河全体に匹敵する明るさで輝きます。これを見て人類は、ブラック・ホール(か中性子星)がその銀河に誕生したことを知るのです。

 

●次回は10/11の公開予定です。

*太陽半径の誤りを修正しました。御指摘いただいた r28 さんにお礼申し上げます。 (2021/9/26)

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小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

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