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ほねがらみ

2021.04.28 公開 ツイート

「語 佐野道治」の章より その5

その家系の当主は、手足を捥(も)がれて埋葬される!? 芦花公園

震える怖さで、ネットでバズった小説ほねがらみは、恐怖の実話を集めている主人公による、ルポ系ホラー。

第1章に続き、第2章を連日公開してきたが、今回は第2章のラスト。

「私」が、第1章・第2章で紹介してきた怪談の共通点を考察していく――。

*   *   *

語 佐野道治
5

どうだろう、この「読」と「語」。おそらく同じ話を根源としているとは思わないだろうか。

共通点をピックアップしていこう。

まずもうこれは確定的だろう、この一連の話に関連する土地は愛媛県の松山である。「ある学生サークルの日記」に出てくる名産品、名物の数々、それに「語」の章の特徴的な方言は伊予弁である。この学生サークルは、水難事故に遭った某私立医大の学生グループで、当時かなり大きく報道されたため記憶に残っている読者も多いのではないだろうか。ラフティングの際の事故で、一人を除いて全員が亡くなった。さらにドミニク・プライスというホラーコレクターの男性もまた実在の人物で、ダートマス大学の職員であり、松山旅行中に亡くなっている。ただ、事実と異なることがあり、彼の死因は交通事故とされている。四肢を切断されて……といった異様な死に様ざまの記録はない。

そして、塗りつぶされている(実際のカルテでも名前は伏せられていた)一字はおそらく「橘」である。「語」で繰り返し出てくる「■家の土葬」「■の女」「地元の名士である■さん」これらは全て、橘、が該当すると思われる。

根拠としては、「読」の「ある夏の記憶」という話を見て欲しい。そこには橘雅紀という少年が出てくる。そして「語」の患者の親友の名前「雅臣」、ゆずという少女の視点で語られる話に出てくる「雅文」「雅代」「みやび」……おそらく橘の本家筋の人間には「雅」の文字が名前に与えられると思われる。「雅」とつかない名前の人間もいるため、本家筋の法則はあまり確かではないのだが、他にも「読」と「語」の怪異に関連する家系が橘だとする根拠がある。「読」において猛威を振るった「豊」。「語」に出てくる「富江」「裕希」。「ゆず」は「裕寿」あるいは「裕珠」と表記する可能性がある。彼女たちの名前には、富や繁栄に関連する一字が与えられている。覚えなくてはいけない七つの言葉のひとつである「豊穣」について、木村さんは豊のことだと解釈していたが、「語」を読み解くと、豊穣とは橘の女を指す言葉なのではないだろうか。

一方で「松」という、おめでたい名前ではあるが富や繁栄と結び付けるのが難しい名前の女もいるので、名前の法則はあくまで憶測に過ぎない。

(写真:iStock.com/ablokhin)

最大の共通点「だるま」について話そう。

「読」「語」双方で必ず四肢を毟られる人間が出てくる。これは橘家の埋葬の話、「語」の結末で出てくる蛇に関連するかもしれない。さらに踏み込むと、例の「ギシギシカサカサ」という音。「読」だけ読めば、「ギシギシ」は豊が首をくくった梁はりが軋む音、「カサカサ」は豊の帯が床板を擦る音と解釈できる(作中の松もそう解釈している)。しかし、「語」まで読むと印象が変わってくる。これは手足のない何かが床を這う音なのではないか、ということだ。「ゆず」の話に出てくる着物姿の女性の怪異は、這い寄ってゆずに近付いてきた。またドミニク氏の話で中居薫さんは「何かが近付いてきて私の隣に来た」と明言している。

着物姿の女性の怪異に関しては、「民俗学者」とドミニク氏の話に出てきた小屋に関連するため、豊なのではないか、と推測する。ゆずが「少しだけ富江さんにも似ているが」と言っているため、橘の親族であることは確定的であるうえ、怪異はゆずに「そこらへんじゅう(色々なところを) まがりまわるなや(触 つてまわるな) どろぼう(泥棒)」と言い放っている。ゆずのことを彼女の妹である松と認識しているため出た発言だと思われ、豊自身である可能性が非常に高い。

書き忘れていたことだが、豊と松が橘の人間であると思った理由はいくつかある。

橘家は、貧しい山間地帯にありながら、恐らく代々裕福な家であった。「ある少女の告白」を読むと分かりやすいだろう。一読、山間部の貧農をイメージしてしまうかもしれないが、豊と松の生家は非常に裕福である。

豊が妙子先生の弟に見初められ、夜な夜な彼と逢い引きに向かうシーン。「ばかにめかし込んで」という描写がある。昭和初期の日本においてもし彼女がイメージ通りの貧農の子、あるいはごく一般的な商家の子であったなら、まず「ばかにめかし込む」のは不可能である。

そして松。「お松ちゃんなら、上の学校に行けるわよ」という台詞から推測するに、彼女は十一歳より上の年齢である。不器量な彼女は、つまはじきにされながらも、火鉢の側でゆっくり本を読むような余裕がある。昭和初期で田舎ということを考えると、さして幼くもない子供が家の手伝いもせずくつろいでいるのは非常に違和感がある。また、彼女の独白に一切父親が働いている描写がないことも気になる。彼は毎日酒を飲んで家にいるような様子さえある。恐らく彼女の父親は、もう十分に裕福で働く必要がなかったのではないだろうか。

松の独白で生活の不満点が「女が働いたら馬鹿にされる」というのがメインなのもそれを証明している。彼女はかなり賢い、大人びた少女であることは間違いない。だから彼女は「目的意識を持って勉強し働きたい」という願望を抱いている。しかしもし彼女の家が一般的な家庭ならば、「ひもじい、たくさん食べたい」やら「仕事の手伝いなどしたくない」というのが含まれてもいいはずである。「女中仕事の一つも覚えやがれ」と罵(ののし)られてはいるものの、彼女が家事の類をしている様子は、一切ない(ないからこそ罵られたのかもしれないが)。「女中仕事」という表現も、家事の類は女中(今風に言えばメイド)の仕事であるという認識から生まれたような気がする。いずれにせよ、彼女の願望はかなり高度な欲求である。

豊の結婚が決まったときの描写も、「親戚や、村中の人が集まって」とある。田舎の居住スペースは大きいので、大人数を収容できる広さがあることはまだいいとしても、結婚が決まってすぐに大勢の集まる祝いの席の準備ができる経済力と機動力が、尋常ではない。

そしてゆずの話に出てきた着物の女性が豊だとすると、勉強ができる松と同様、豊にも教養があると分かる。

「ちしにそまばきやちよふたばのまつのまつかわらじとこそおもしにしもすてはてたもあらうらしやすてられおもいのなみだにひとをうらこちあるときはこいしく」

「いうよりはやくいろかわりいうよりはやくいろかわりけしきへんびじょみえつみどりのかみくろくものなるかみもおもうなかさけられうらみのなっておもいしらせ」

これは間違いなく能の演目のひとつである「鉄輪(かなわ)」の台詞である。

「鉄輪」は夫に浮気をされた女が悪霊となって夜寝室に現れ、それを安倍晴明が退けるという内容だ。

本来の台詞は、

「恨めしや、御身契りしそのときは、玉椿の八千代二葉の松の末かけて、変らじとこそ思いしに。などしも捨ては果てたもうらん。あら恨めしや、捨てられて」

「言うより早く色変わり。言うより早く色変わり。気色(けしき)変じて今までは美女の容(かたち)と見えつるが、緑の髪は空さまに。立つや黒雲の雨降り風と鳴神(なるかみ)も。思う中をば避けられし。恨みの鬼となって人に思い知らせん。憂うき人に思い知らせん」

である。悪霊となった女が恨みつらみを吐いているわけだ。

このような引用が出てくるのは、高い文化的素養の証である。

豊は生前、能の鑑賞をしたことが複数回あるのかもしれない。

(写真:iStock.com/shirosuna-m)

以上のことから、豊と松の家はかなり裕福で、使用人まで雇っていると考えるのが妥当だ。

そして豊の死因。書いてあることだけから読み取ると、妙子先生の弟に貰った鼈甲(べっこう)の簪(かんざし)を松に隠されて、絶望のあまり自殺、である。しかしあまりにも直情的すぎる。確かに高価な贈り物を失くしたとあっては印象は悪くなるだろう。しかし、死ぬほどのことであろうか。

豊は作中で「あたし奥様になるのよ」と発言しているが、おそらく彼女が東京の妙子先生の家に入るとして、それは正妻ではなく第二夫人の立場で、ということになるだろう。

妙子先生の父親は軍医大佐である。昭和初期の日本軍において、軍医は医学部一年生の中から志願者を募り、試験を経て採用される。その後、数ヶ月の歩兵訓練を受けて、階級は曹長からのスタートとなる。これは軍隊という厳しい階級社会において、階級が下の者からの命令(命令には医師としての保健指導も含まれるはずだ)は、皆馬鹿にして従わないので、そのようなことがないように、という配慮であろうが、とにかく一般人と医師ではスタート地点から違ったわけである。しかし、それにしても、大佐というのは佐官である。元々の家柄がそれなりに良いのだ(軍医科は基本的に中将までの昇進が最高であり、ほとんどの軍医は佐官、つまり少佐以上の階級に上がらない)。

そんな家柄の人間が、その地域限定では力があるとはいえ、田舎の、なんの関わりもない家の娘を正妻として迎えるだろうか。豊がそこに思い至らなかったとも思えない。

そして大きなメリットがないのは豊、ひいては橘家にとっても同じことである。たとえ豊がを紛失した件で東京行きが駄目になったとして、彼女は、東京のそれなりに家柄のいい家の第二夫人の立場に収まる機会を逃すだけだ。普通の女性にとってそれは大きな損失かもしれないが、豊の場合、村一番の美人、妹の松の年齢から考えても恐らくはまだ十代で、さらには働かなくても食べていけるほどの環境にいるのだ。妊娠しているということはマイナスになる可能性もあるが、これだけの好条件が揃っていれば、妙子先生の弟を逃したとしても、他にも縁談の口はいくらでもあるだろう。そうした方が、東京で第二夫人をやるよりも幸せに暮らせる可能性もあるのだ。

彼女の死の動機「松に簪を隠された」は弱く、非常に突発的で衝動的なものである。

ここで思い出すのが「語」に出てくる酒井宏樹記者のインタビューに登場する山岸老人の話である。


>悪い人いうても、人を、ええように殺したけんね、バチがあたってしもたんやろね。随分前から、■の女にはおかしいのが出るようになったんよ。

>突然、自殺してしもたりね。ほんなんはええほうで、自分の赤ん坊を殺してしもたりね。


豊の自殺はどちらかというと、この「橘の女がおかしくなる」法則が原因ではないかと考えられる。

皆目見当がつかないのが、四肢を毟(むし)られる法則である。

「読」と「語」二つの話の中で、自発的にせよ、外的要因にせよ、四肢を毟られた(毟られそうになった)と明記されている人物は由美子さん、周辺の家の赤子たち、橘家の当主、人柱、ドミニク・プライス、雅臣、佐野道治である。

まず由美子さんとドミニク氏に関しては、推測しやすい。彼女たちは知り過ぎたのだろう。興味本位で踏み込んではいけないところで、何かを知ったために怪異によって消された。

次に、橘家の当主と周辺の家の赤子たち。彼らに関しては、山岸老人の語りによると、人柱になった罪人たちへの供養の目的で、四肢を毟られている。

人柱に罪人やらはみ出し者やらを選んだ結果、彼らの怨念で祟りが起きる、というのはよくある展開で、非常に似通った設定の書籍を読んだことも何度かある。

しかし本件の話は不可解で、その怨念を鎮めるために当主が手足を捥(も)いで埋葬されるという。これが彼らが信仰する蛇のために、蛇を模した形で捧げられる、というなら分かるが、文脈通り罪人たちの供養という話なら、当主がそのように埋葬される必要はなさそうである。一体何のために?

まあ、目的は分からないが、法則は分かる。とにかく、この地域の地主であろうか、その家系の当主は手足を捥がれて埋葬されるのである。情報が少ない中で無理に考察するのはやめておこう。

目的も法則も分からないのが、雅臣と佐野道治だ。なにしろ佐野道治本人の記述には、意味不明な点が多い。

統合失調症、と判断されたのは無理もないが、この診断が妥当だとも思わない。

統合失調症は、確かに陽性症状として妄想や幻覚・幻聴の類が見られる。例えば、東京は阿佐ヶ谷に住む専業主婦が、突然「私の脳は世界の銀行とつながっているため政府に消されつつあり今も監視されている」と訴えたりする。患者のほとんどには病識もない。

そして、実在の人物を架空の人物と誤認する例もある。しかし、全く架空の人物と暮らしたことを、ここまで克明に、矛盾なく語る例は見たことがない。「裕希」という人物が架空の人間であるとは考えられないのだ。彼は錯乱しているが、妄想や幻覚を見ているわけではないだろう、と考えてしまう。

「語」に関しては、私の記憶から書き起こしたものだ。橘家の埋葬の話と中居薫さんのインタビューは、雑誌に掲載されていたため記事をほぼそのまま引用しているが、佐野道治の語りとゆずの話は、かなりの部分を創作で補完している。もう一度先輩に頼んで、実物の記述を見てから仕上げたいと思ったが、同期を通じて先輩にコンタクトを取ろうとしたところ、彼女は一昨年に体調を崩して実家に帰り、連絡先も分からないということだった。同業者にはこういうパターンも多い。仕方のないことだが、とても残念だ。

いずれにせよ、理由は推測できても、手足を毟られた者の共通項が全く見出せない。

そういうわけで最大の謎である「■■■■■んよね」も全く分からないのだ。記憶では黒塗り五文字だったような気がするのだが、もしかしたらそれより多かったかもしれない。

分かりやすくするために私の方で揃えたわけだが、中居薫さんのインタビュー記事では●×△■、のような表記になっていた。

ドミニク氏も由美子さんも、この言葉を知ってしまったがために怪異に襲われたと思うので、どうしても知りたいところだ。

 

暗礁に乗り上げたと思われたこの「橘家の怪異」の謎だったが、実は、しばらく経ってまた新たな展開を見せた。

次の章に進んでいただきたい。

関連書籍

芦花公園『ほねがらみ』

「今回ここに書き起こしたものには全て奇妙な符合が見られる。読者の皆さんとこの感覚を共有したい」――大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。知人のメール、民俗学者の手記、インタビューの文字起こし。それらが徐々に一つの線でつながっていった先に、私は何を見たか!? 「怖すぎて眠れない」と悲鳴が起きたドキュメント・ホラー小説。

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ほねがらみ

大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。

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芦花公園 小説家

東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載し、Twitterなどで話題になった「ほねがらみ―某所怪談レポート―」を書籍化した『ほねがらみ』にてデビュー、ホラー界の新星として、たちまち注目を集める。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の「佐々木事務所」シリーズ(角川ホラー文庫)、『とらすの子』(東京創元社)、『パライソのどん底』(幻冬舎)ほか。「ベストホラー2022《国内部門》」(ツイッター読者投票企画)で1位・2位を独占し、話題を攫った、今最も注目の作家。

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