1. Home
  2. 読書
  3. ほねがらみ
  4. 最後まで読めっ読めっ読めっ読めっ読め読め...

ほねがらみ

2021.04.20 公開 ツイート

「読 木村沙織」の章より その6

最後まで読めっ読めっ読めっ読めっ読め読め読め読め読め読め…… 芦花公園

不気味な怖さで、ネットでバズった小説ほねがらみは、恐怖の実話を集めている主人公による、ルポ系ホラー。

「木村沙織さん」あてに、「由美子さん」から毎日不気味なメールが届いていたのですが、ついには、本人が家に―ー⁉

*   *   *

読 木村沙織 
6

こんな時間に宅配便でもないだろうに。そう思ってモニターを確認すると、女の顔が大写しになっている。

悲鳴を上げて後ずさる。

インターフォンはその間も何度も鳴り続けた。

耳をつんざくような騒音の連続に耐えかねて、慎重にマイクに向かってどちらさまですか、と尋ねた。

『先生、いらっしゃるんじゃないですか』

由美子さんだった。

『いらっしゃるなら早く上げてくださいよ』

由美子さんは抑揚のない声で言った。

私はスマートフォンをキッチンに置いてきてしまったことを後悔した。怪談話を読んでいたせいでどうしても幽霊の類が訪問してきたと思ってしまい、恐ろしかったが、よく考えればこんな時間に訪問してくる人間の方が常軌を逸していて危険だ。それに―

「由美子さん、どうして私の家を知ってるの」

『は、は、は』

由美子さんが笑うと、真っ暗な口の中がモニターに映る。

『そんなことどうだっていいじゃないですか。とにかく上げてくださいよ。どうせ読んでないんでしょ』

「どうでもよくはないですよ!」

この女は異常者だ。下手に刺激してはいけない。分かっているのに、恐怖と怒りでどうしても声を張り上げてしまう。

「はっきり言って異常ですよ、自作の小説を私が読んだか読んでないかの確認のために家まで来たんですか? おかしいですよ! 警察に通報しますから!」

 

『読んでないから来たんだろうがぁ!!!!』

(写真:iStock.com/Yaraslau Mikheyeu)

インターフォンがビリビリと震えている。由美子さんは顔をカメラに押し付けて、目を限界まで見開いていた。

 

『お前読んでないだろ、だからそうやってヘラヘラ生きてられるんだろ、あたしが読ませてやるよ、最後まで読ませてやるよ、だから読めよ、最後まで読めっ読めっ読めっ読めっ読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め』


由美子さんは頭を前後に揺すりながら、読め、と繰り返す。その度に扉に頭がぶつかるようで、玄関から鈍い音が聞こえた。扉一枚しか隔てていないのが恐ろしい。何をされるか分からない。警察を呼ぶにしても何とか落ち着かせなければいけない。

「よ、読みましたよ」

何とか声を絞り出す。

「全部読みました、全部繋がってるって意味も分かりました。すごく面白かったです、由美子さん才能が」

『は?』

由美子さんはぴたりと動きを止めた。

『全部読んだんですか?』

「はい、全部読みました。お豊の祟りみたいな話……」

『嘘つくんじゃねえよ』

モニターに映る由美子さんは、私のことを見据え、睨みつけていた。

『全部読んだならどうしてあんたには何も起こってないんだよ』

地の底から響くような声だった。

『あんたが悪いんじゃないか。あんたが企画したんだろう、■■旅行』

■■、と言われて思い出す。確かに去年の「まるだいの会」の旅行の幹事は私だった。

一番安く行けて、かつ温泉もアクティビティも充実しており、年齢に関係なく誰でも楽しめる■■を選んだのだ。

途端に、電流のように頭に言葉が流れ込む。

鯛めし。たこ飯。ラーメン。渓流下り。硫黄のにおい。姫だるま。

私たちが行った■■は、まさか―

『あんなとこにいったからあたしはさぁしらべちゃってよんじゃってそれからもうみえてみえてしょうがないんだよはってるんだよわいてるんだよこっちをみてるんだよどうしたらいいんだなんであんたはどうにもなってないんだよなんで? なんで? あんたもよんだの? よんでないんだろ? だからへいきなんだろ? みえないんだろきこえないんだろ? あんたのせいだよだからはやく』

突如声が聞こえなくなった。由美子さんはカメラに張り付き、目を開いたまま小刻みに震えていた。
 

『き た』


由美子さんの体が跳ね上がった。宙に浮いている。腕がバラバラの方向にねじ曲がり、壊れた操り人形のようにぐらぐらと揺れた。

―ギシ、ギシ、カサカサ

肩が重くなる。肺が圧迫されてうまく呼吸ができない。足に力が入らないのに、モニターからどうしても目が離せない。

―ギシ、ギシ、カサカサ

由美子さんの手足が限界まで捻(ひね)られて、千切れた。その姿は、まさにだるまのようだ。

最初は腹、次に胸、次に首。骨のへし折れる音と、耳を塞ぎたくなるような咀嚼音(そしゃくおん)とともに、由美子さんだっただるまは、じわじわと消えていく。

モニターはもう何も映していない。私は立ち上がることができない。

関連書籍

芦花公園『ほねがらみ』

「今回ここに書き起こしたものには全て奇妙な符合が見られる。読者の皆さんとこの感覚を共有したい」――大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。知人のメール、民俗学者の手記、インタビューの文字起こし。それらが徐々に一つの線でつながっていった先に、私は何を見たか!? 「怖すぎて眠れない」と悲鳴が起きたドキュメント・ホラー小説。

{ この記事をシェアする }

ほねがらみ

大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。

手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。

一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!

「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。

バックナンバー

芦花公園 小説家

東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載し、Twitterなどで話題になった「ほねがらみ―某所怪談レポート―」を書籍化した『ほねがらみ』にてデビュー、ホラー界の新星として、たちまち注目を集める。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の「佐々木事務所」シリーズ(角川ホラー文庫)、『とらすの子』(東京創元社)、『パライソのどん底』(幻冬舎)ほか。「ベストホラー2022《国内部門》」(ツイッター読者投票企画)で1位・2位を独占し、話題を攫った、今最も注目の作家。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP