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中高年ひきこもり

2020.11.18 公開 ツイート

エリート父が44歳のひきこもり息子を殺害。親子の間に何があったのか 斎藤環

「ひきこもり」といえば、若者というイメージを持っている人も多いだろう。ところが今、40~64歳の「中高年ひきこもり」が増えているという。その数、推計で61万人。「8050問題」とも言われるこの状態を放置すれば、多くの家族が孤立し、親の死後には困窮・孤独死にまで追いつめられていく……。そう警鐘を鳴らすのは、この問題の第一人者である斎藤環さんだ。斎藤さんの著書『中高年ひきこもり』より、一部を抜粋しよう。

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傲慢さと自虐の狭間で

川崎通り魔事件の4日後に元農林水産省事務次官の父親に刺殺されてしまった長男のほうは、典型的なひきこもりだったように思います。オンラインゲームに熱中し、ツイッターでの情報発信も盛んにしていたので、ネット上ではそれなりの社会性があったようですが、家族以外に親密な関係があった痕跡は見あたりません。

(写真:iStock.com/Михаил Руденко)

ちなみに「ゲームばかりやっている」のはひきこもりの特徴だと思われていますが、後述するように実際はそうではないので、この点では彼もひきこもりの「典型」とは言えません。むしろ、かなりアクティブなタイプと言えるでしょう。

また、テレビ局関係での就業経験はありますが、退職してからは親のお金で生計を立て、ゲーム三昧の暮らしをしていたようです。10代のころは私立の有名進学校に進み、両親からも溺愛されていたようですが、もう44歳ですから家族にとっては心配でたまらなかったことでしょう。

ツイッターでは、こんな発言もしています。

〈庶民が、私の父と直接会話なんて、1億年早いわヴォケ!!! w 立場を弁えろ!!! 私は、お前ら庶民とは、生まれた時から人生が違うのさw〉

〈ここを見ている2ちゃんのニートちゃん達へ 2018年5月 支払い予定分のご利用明細合計323,729円 これが今月の私のクレカの支払額だ。君達の両親が必死で働いて稼ぐ給料より多いんだよw〉

こうした発言が「傲慢だ」とネットでは叩かれました。しかし私は、一見傲慢な言葉の陰に、ひどく自暴自棄なニュアンスを感じます。40代半ばになっても何も達成できずに親がかりの暮らしを続け、まともな人間関係も築けていないことへの自責と自虐。その裏返しが、ツイッターでの尊大な発言だったのではないでしょうか。

「俺の人生は何なんだ」とも、彼は叫んだそうです。その背景には、自分の人生がうまくいかないことを親のせいにする気持ちがあったかもしれません。実際、「自分がこうなったのは親の責任だから、最後まで親に面倒をみてもらう」というひきこもりの子はよくいます。

しかし、本当にすべて親の責任だと思っているわけではありません。内心では、親に対する申し訳なさや自分自身のふがいなさなども感じています。彼の場合も、エリートだった父親の顔に泥を塗った恥ずかしさなどを多少なりとも感じていたでしょう。

ひきこもりによる犯罪はきわめてまれ

彼は、事件の1週間前に一人暮らしをやめて実家に戻ったそうです。資産家らしいので、経済的な理由ではなかったでしょう。

ゴミ出しなどをめぐって近隣とトラブルがあったとも伝えられていますが、転居の理由はわかりません。多忙だった官僚の仕事を引退して時間的余裕のできた父親が、これまで関わってこなかった息子と向き合い、何とか立ち直らせようと考えた可能性もあります。

いずれにしろ、ひきこもりの子と親が同居するのはまったく悪いことではありません。独居のひきこもりは、そのまま何も変わらずに固定化するケースが大半です。働かなくても食べていけるだけの潤沢な仕送りがあり、干渉してくる家族もいないのでは、その状態を変えるきっかけが得られません。したがって私も、ひきこもりの家族には基本的に同居を勧めます。

ところが彼の場合、実家に戻ってすぐに家族に暴力をふるい始めました。そのため父親は「殺さなければ殺される」と絶望してしまったのではないでしょうか。

(写真:iStock.com/kieferpix)

4日前に起きた川崎市の事件が影響を与えたのではないかという見方もありますが、それはわかりません。暴力をふるうわが子を見て、川崎の犯人と同じように外で他人を襲ったりする前に自分で……と思った可能性もないわけではないでしょう。

しかし仮にそうだったとしても、ひきこもりの暴力性が外に向けられるのはきわめてまれなことであり、父親が抱いたかもしれない危機感は杞憂にすぎないことは強調しておく必要があります。

また、家庭内暴力をふるう子が親に殺される事件は過去にもありました。もし川崎の事件がなくても、同じ結果になった可能性は十分にあります。そういう悲劇をなくすことも、今後のひきこもり支援対策の大きなテーマの一つとなるでしょう。

関連書籍

斎藤環『中高年ひきこもり』

内閣府の調査では、40〜64歳のひきこもり状態にある人は推計61万人と、15〜39歳の54万人を大きく上回る。中高年ひきこもりで最も深刻なのは、80代の親が50代の子どもの面倒を見なければならないという「8050問題」だ。家族の孤立、孤独死・生活保護受給者の大量発生――中高年ひきこもりは、いまや日本の重大な社会問題だ。だが、世間では誤解と偏見がまだ根強く、そのことが事態をさらに悪化させている。「ひきこもり」とはそもそも何か。何が正しい支援なのか。第一人者による決定版解説書。

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中高年ひきこもり

「ひきこもり」といえば、若者というイメージを持っている人も多いだろう。ところが今、40~64歳の「中高年ひきこもり」が増えているという。その数、なんと61万人。この状態を放置すれば、生活保護受給者が大量発生し、日本の社会保障制度を根幹から揺るがすことになる……。そう警鐘を鳴らすのは、この問題の第一人者である斎藤環さんの著書『中高年ひきこもり』だ。まさに「決定版解説書」といえる本書より、一部を抜粋しよう。

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斎藤環 精神科医

1961年、岩手県生まれ。医学博士。筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、精神分析、精神療法。「ひきこもり」ならびに、フィンランド発祥のケアの手法・思想である「オープン・ダイアローグ」の啓蒙活動に精力的に取り組む。漫画・映画などのサブカルチャー愛好家としても知られる。主な著書に『戦闘美少女の精神分析』『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』(以上、ちくま文庫)、『アーティストは境界線上で踊る』(みすず書房)、『「社会的うつ病」の治し方』(新潮選書)、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川文庫)、『承認をめぐる病』(日本評論社)、『人間にとって健康とは何か』(PHP新書)、『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)などがある。

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