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オンリー・イエスタディ

2002.08.01 公開 ポスト

第7回 傘をなくした少年見城徹

 男はその頃、『月刊カドカワ』という雑誌の編集長を務めていた。彼はそんな自身に対して腐っていると思っていた。三〇歳代も後半に差しかかり、地位も上がり面倒な企画には顔を突っ込まない、難しい作家にも会わない、雨が降れば週に2回は行っていた映画や芝居、コンサートにも行かない、そんな風に変わってしまった自分に情けなさを感じていた。尾崎の復活に俺の編集者としての復活も賭けてみよう、目の前にいる、肉がたるんだ白髪混じりの荒れ果てた姿に変わってしまった青年の言葉に耳を傾けながら、そのときふと男は自分を重ねた。
 完全にサラリーマンの域を逸脱していた。専属トレーナーのようになって男は青年をサポートした。トレーニングメニューを書き、不動産屋をまわり、金を集め、人を集め、青年を社長にした「アイソトープ」という個人事務所まで設立した。雑誌の編集長の範疇を越えていた。バレたらクビだった。さらに男は、何年も活動していなかった青年の総力特集を『月刊カドカワ』のなかでやった。当時、『月刊カドカワ』の総力特集に選ばれるのは、トップグレードまで来ている現役バリバリのアーティストばかりだった。それを男は強引に「尾崎豊 沈黙の行方」というタイトルをもって青年を表紙に起用し、大特集を組んだ。復活も遂げていなければ、アルバムも出ていない状況で。
「それがさ、俺が7年半編集長やっていたなかで、一番返本率が少ない号になったの。9万部刷ってほとんど完売。返本は、キズモノとして返ってくる3パーセントとか4パーセントほどだった。そういう特集をやりながら『黄昏ゆく街で』という連載小説も始める、連載小説をしながら同時に短編小説を載せたり、インタビューを載せたりグラビアを載せたり、もう滅茶苦茶なことをやったわけ。『白紙の散乱』という、自分の詩と自分で撮った写真で構成する連載を始めたりさ。彼が常宿にしていたヒルトンホテルと俺のマンションはクルマで5分くらいだったから、毎日のように俺のところへ来るわけですよ。そんな風にふたりでほとんど共同生活みたいな日々が始まったんだよね」
 この時期から、青年の不安定な精神状態が再び牙を剝きはじめる。まだ自らが作り出す曲によって完全復活を遂げたわけではなかった。精神が乱れてくると、結構な事件になってしまうことが多かった。ちょっとした動作で相手が信じられなくなったり、ちょっとしたセリフで相手につかみかかろうとしたり、そんなことも珍しくなくなり、男にとって疲れる時間も出てきた。しかし……。
「しかし、彼の作り出すものはすばらしい作品だったから、俺はどんなに辛くても尾崎と切り結んでいこうという想いがあった……。彼にとって気が休まる日がないのは、あまりにも音楽業界の渦に巻き込まれ過ぎたからなんだよね。彼は金のなる木だった。麻薬を渡すことによって彼をコントロールしようとする人間が出てきたり、ステージに立たせるために嘘をついたり、いろんな策を労して、レコード会社を移籍させたりするわけですよ。約束が守られなかったりするうちに、彼は常に音楽業界は自分を搾取すると思い始めた。みんなが俺を騙すという、疑心暗鬼の孤独な状態にあったんですよ。すべてはアメリカに行ってから狂い始めている。金銭的なトラブルが原因で人を疑い始め、ますます薬にのめり込む、そんな毎日だったと思う。日本に戻ってきて、刑期も終えて、なんとか復活しようとしても今度は蜘蛛の子を散らすようにみんな去っていってしまって……。そういう中での事務所設立だったわけです」

 

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