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いま気になること

2020.01.24 公開 ツイート

“歌舞伎”と評された米国とイランの軍事「衝突」から日本が学ぶべきこと 部谷直亮

開戦間近と言われた米国とイランの軍事衝突は、早い段階で沈静化した。状況は昨年秋以前の小康状態に戻った。だがそれは予想されてしかるべきことでもあった。軍事力には、その行使の段階(エスカレーション・ラダー)がそれぞれあり、多くの日本人が想像する「軍事力を使う=即、開戦」にならないからだ。慶應義塾大学SFC研究所上席所員・部谷直亮(ひだに・なおあき)氏の解説。

*   *   *

トランプ大統領の命令により、1月3日、イラン革命防衛隊「クッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官が米軍のドローンからのミサイル攻撃によってイラクで爆殺された。その後、両国は開戦に及ぶかと思いきや、直接の武力衝突は起きず、事態は沈静化した。

一方、この間、日本のマスコミや街場における議論は、政治的立場の如何を問わず、すわ開戦間近、それも「第三次世界大戦」が始まるというもので占められた。しかし、それは現実に裏切られた。

一昨年の米朝危機の際もトランプ政権が空母打撃群を動かしただけで、日本国内では連日開戦間近と騒がれた。筆者は、この際も各誌で米軍による攻撃はありえないとたびたび指摘した(参照(1)(2)(3)(4)(5))が、果たしてその通りとなった。

なぜ、こうなるのか。それは日本国内において、戦争と平和の間には、多くの階層が存在するという基本的なことが理解されていないからである。つまり、軍事力を行使なり活用なり(単なる移動も含む)していたとしても、すぐには「戦争」に直結しない、段階があるということが認識されていないのである。

そもそもイランが昨年秋から軍事力の使用レベルを引き上げた

 

そもそも年明けの事件の発端は、昨年後半のイラン側が背後にいると思われる武装勢力からの、米国やその同盟国に対する挑発行動にあった。日本では一連の動きはあまり報道されていなかったが、サウジ石油施設に対するドローンと巡航ミサイルによる攻撃(9月)を皮切りに、イラク国内でのイラン側とされる攻撃が激化(10月)し、12月末には頂点に達した。10月は4回、11月は4、5回、12月には6回と量的に増えた。

質的にも米政府をして看過できなくなっていた。国際政治アナリストの菅原出氏が2020年1月5日号の『グローバルリスクインテリジェンス』で指摘したように、12月27日には、イラクの米軍基地に対するロケット攻撃が敢行され、ついに米市民に被害が出てしまう。民間軍事会社の米市民1名が死亡し、米兵4名が負傷したのである。注目すべきは、弾薬庫が標的とされていたことだ。基地の弾薬庫を狙えば、誘爆により周辺に被害を与えることは想像に難くない。目論見通り、弾薬庫は大爆発したが、攻撃した側が確実に米国人を殺傷しようとしていたことがよくわかる。

しかも、WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)の報道によれば、トランプ氏はその数日後、ソレイマニ司令官が米国に対するさらなる攻撃を企てているとの報告を受けたという。ここにきて、トランプ政権は、イラン側の挑発行動に対し、もはやそれまでに実施していたような、サイバー攻撃だけでは抑え込めないと判断した。すなわち、紛争の「エスカレーション・ラダー」を、もう一段階上げることにしたのだ。(注)

(注) 紛争状態にある両国が梯子を上るようにエスカレートしていくという概念。例えば、ハーマン・カーンは、小は政治的なジェスチャーから、大は文明が崩壊する全面核戦争までの段階を44に分けて定義している。
ちなみに、カーンは、各段階における優位性を確保し、相手にエスカレーションのリスクを認識させることで危機を抑え込むことを「エスカレーション・ドミナンス」と指摘し、現在に至るまでの米政府の基本方針となっている。と同時にエスカレーション・ラダーは、よかれあしかれ各国政府の共通見解でもある。
Michael Fitzsimmons, “The False Allure of Escalation Dominance,” War on the Rocks, November 16, 2017.

トランプ政権は、この直後、1月2日にイラクをソレイマニ氏が潜入するとの情報を入手し、民間人の犠牲者を出すことなく殺害することを決定した。注目すべきは、ここで米側がソレイマニ氏個人に攻撃を集中させるとしていることだ。また同日、エスパー国防長官は記者会見で、イランを厳しく批判した。特に、記者からのイランを抑止できているのか? との質問に対し、「攻撃の兆候あらば先制攻撃をしかける。ゲームは変わったのだ」と回答した。

トランプ政権は、イランの変えたゲームに合わせ、巧妙な攻撃で事態を沈静化

エスパー国防長官が「ゲームが変わった」と宣言した翌日、ソレイマニ司令官は爆殺された。しかし、トランプ政権の行動は巧妙であった。中東地域への戦略爆撃機、強襲揚陸艦、地上兵力の増派を決定しつつも、もっとも強力な戦力である空母打撃群に関しては一個だけという「平時モード」にしたのである。エスカレーション・ラダーを慎重に上げたということだ。

1月冒頭はちょうどエイブラハム・リンカーン空母打撃群からハリー・トルーマン空母打撃群への引継ぎの時期であり、やろうと思えば、空母打撃群の展開二個態勢が可能であったにもかかわらず、1個とした上で増派の計画もなかった。世間で心配されたような、イランへの本格的な攻撃には、過去の戦争をみれば4個は必要であるにもかかわらず。これは米側のイラン側の攻撃を封じ込めつつも、本格的な攻撃はしないというサインだとみるべきだ。

また、ソレイマニ司令官を対象としたことも、紛争を避ける意味合いがあった。イラン国内では最強硬派の武闘派の一角であり、彼を殺害することは、一見危険なようだが、最強硬派を消すことでもある。イラン側からすれば、口では復仇(ふっきゅう)を唱えても、実際しない可能性もある。少なくとも、トランプ大統領は、それに賭けたのだろう。

イラン側も米側のゲームに付き合ううまく返した

イラン国内の政治情勢の実態はともかく、その後のイラン側の対応も見事であった。イラク国内の米空軍基地に12発もの弾道ミサイル攻撃を行い、誰一人殺害しなかったのである。弾道ミサイル攻撃の見た目は派手だが、内実は米側の死傷者は0と被害をもたらさなかった。それも意図的に、だ。

これについてはイラク政府に事前に攻撃を伝達した上に――イラク政府が米軍に伝えるのは予想されることであり、事実通報し米兵は防空壕に避難できた――、今度は人気(ひとけ)のない格納庫を狙ったことからも明らかである。弾薬庫を狙っていた前回と違い、被害を最小限にしようとしていたとみて間違いない。

しかも、イラン側は死傷者0であったはずの米側の死傷者を過大かつ誇大に宣伝した。これにより、イラン国内の不満を鎮静化することを狙ったのである。また、イラン政府はスイスや日本政府にこれ以上のエスカレートはないと伝達した。スイスや安倍首相からトランプ大統領への伝達を見込んでいるとみるべきだ。

これは筆者の独断ではない。世界政策センター副局長のフェイサル・イタニ氏は、1月8日のブルームバーグ誌のコメントで「イラン側の対応はメンツを保つために、十分に劇的である必要があるが、米側の軍事行動のエスカレーションを避ける程度でなければならなかった」と解説する。

このようにイラン側の対応は、まさしく国内における体制維持のため、そして、地域大国としての影響力を確保するための派手な反撃でありながらも、米側を刺激しないという針の穴を通すような攻撃に成功したのである。ルールを変えた結果、トランプ政権の見事な反撃を受けたものの、ダメージコントロールに成功したという意味で、まことに見事である。

そして、これはソレイマニ氏殺害がむしろ穏健派を利することになるというトランプ政権の読みの正しさも証明していた。イラン体制からすれば「救国の英雄」であり、数十万人が葬列に参加したソレイマニ氏の敵討ちが、たかが格納庫だったのだから。

フランスの元大使が「歌舞伎」と表現した名演の終わり

これに対するトランプ政権の対応も巧妙だった。イラン革命防衛隊による民間機の誤射を暴露し、一気にイラン側を米側への報復どころではないようにさせたのだ。それもカナダ政府などの諸国を巻き込む形で行った。

これにより、事態はイラン側がゲームを変えた秋以前に戻った。かくして、トランプ政権は原状回復に、とりあえずは成功したのだ。

これらをフランスの元駐米大使が端的に表現したツイートを行い、北大教授の鈴木一人氏が紹介している。それによれば、「叫び、脅し、攻撃的に振る舞ってもそれは儀式的で、それをやっていることを示すことが目的の振り付けで、誰も傷つかず、驚かない。そしてみんながハッピー。これは「歌舞伎」外交だ」という。

まさに、両国はヒートアップしそうになった事態を、本物の戦争に至ることがないように、軍事力を交えた「外交」を終始一貫、展開していたのである。もちろん、2018年5月にイラン核合意からトランプ政権が離脱して以降、イランが再開したウラン濃縮は現在も継続している。散発的なイラン民兵の攻撃もあるが。

抑止論の大家、トーマス・シェリングは、「ほとんどの紛争状況は、本質的に交渉であり、暴力の威嚇が交渉力となる」と喝破したが、それを地で行った展開だ。

日本国内において「軍事力の運用は、戦争における武力行使である」という狭隘(きょうあい)な理解にとどまっていては、秋からのイランと米国の動きをすべて見落としてしまう。だからこそ、この年明けに起きた米・イラン間の交渉ゲームを戦争寸前としかとらえられなかったのである。

今やPKOや災害復興支援、そして、ロシアがウクライナで展開したハイブリッド戦争などを見ればわかるように、世界では軍事力による武力行使が減る一方、軍事力の戦争以外の活用は質、量ともに拡大する一途にある。

その現実の姿は見えているのだから、我々は、平和と戦争の間には、いくつもの軍事力を使った交渉フェーズがあることもそろそろ理解すべきだ。そうでなければ、仮に中国や北朝鮮との偶発的な事態が起こったとき、それを冷静に対応し、収めることもできない。特に、日本も中国も軍事分野のこうしたプロレス経験が足りないために、下手をするとあっという間に本気の殺し合いになりかねない。

これは第一次世界大戦が明瞭に示している。第一次世界大戦では、軍事力を大規模な戦争を戦うための戦力としてしか見なさなかった結果、危機管理の手段として軍事力を使う余地がなくなり、政治指導者から全面戦争以外の選択肢を奪ってしまったとされる*。その愚を繰り返してはならない。危機管理の手段としての軍事力の運用という視点を日本でも復活させるべきだ。

*ポール・G・ローレン、ゴードン・A・クレイグ、アレキサンダー・L・ジョージ『軍事力と現代外交―現代における外交的課題―(原書第四版)』有斐閣、2009年、278頁。

 

そして、これは現在の「改憲・護憲論争」が見落としている深刻なテーマでもある。我々も、見事な本物の歌舞伎を自衛隊を使って演じられるようにならねばならない。

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部谷直亮

慶應義塾大学SFC研究所上席所員。成蹊大学法学部政治学科卒業、拓殖大学大学院安全保障専攻修士課程(卒業)、拓殖大学大学院安全保障専攻博士課程(単位取得退学)。財団法人世界政経調査会 国際情勢研究所研究員等を経て、一般社団法人ガバナンスアーキテクト機構上席研究員、現職。 専門は米国政軍関係、安全保障論。 JBpress、現代ビジネス、プレジデント、文春オンライン等で連載。(プロフィール写真撮影:原貴彦)

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