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本屋の時間

2019.06.01 公開 ツイート

第62回

シンボルスカと良心、小商い 辻山良雄

いまわたしの手元には、『終わりと始まり』(未知谷)という一冊の詩集がある。著者のヴィスワヴァ・シンボルスカは1996年にノーベル文学賞を受賞し、この詩集もポーランド文学を代表する一冊として読み継がれているが、そこまで頻繁に売れている本ではない。

 

しかしどこかの書店でこの本が並んでいる姿を目にすると、わたしはそこに、その店の〈良心〉を感じずにはいられない。すぐには売れないであろう本をわざわざ置くのは、そこに何かしらの気持ちをこめているからだろう。そしてその本からは、数字でこそ測ることはできないが、そうあってほしい世界へと手を差し伸ばす、もの言わぬ意志を感じる。

 

過剰な売上主義に縛られた店には、この本を媒介として、よりよい世界に向かおうとする意志が存在しない。損得のみで生きている人が淋しく見えるように、売上効率のみで作られた店は、売場がばらばらで、全体で見れば奥行きがなく淋しい。

わたしは自分の店をはじめたことで、仕事におけるこの種の淋しさを感じることがなくなった。個人で店を続けるには、売上と同じように自分の情緒が安定していることが必要なので、「良心にもとる仕事はしない」ということが、ここでは自明なものとなっているからだ。

 

先日、『小商いのすすめ』(ミシマ社)の著者である、平川克美さんが来店された。『小商いのすすめ』で平川さんは、商いのスケールダウンをしながら個人が責任ある仕事をすることが、人口減少時代においては、その人の幸福へとつながっていくことを説いている。「小商い」という昔からある言葉に、平川さんがあらたな生命を吹きこまなければ、個人で作る小さな本屋なんて、思いもつかなかったかもしれない。

平川さんは本を選んで珈琲を飲み、たいしたものだねと帰っていった。しばらくすると、しみじみとした嬉しさがこみ上げてきた。

 

今回のおすすめ本

『迷うことについて』レベッカ・ソルニット 東辻賢治郎訳 左右社

考えることは、未知の〈わたし〉へとダイブすることだ。書く手を動かすなかで、その動きは思ってもいなかった場所へと自分を連れていく。身体と思索が溶け合った、他に類を見ないエッセイ。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2024年5月10日(金)~ 2024年5月28日(火)Title2階ギャラリー

キッチンミノル出版記念写真展「ひこうきがとぶまえに」
~航空整備士の仕事~

しゃしん絵本作家のキッチンミノルが出版社を立ち上げました。第一作目は、飛行機が格納庫に帰ってきてから、再び空に飛びたつまでの航空整備士さんの仕事を、JAL全面協力の元、キッチンミノルが温度感ある写真と文章追いかけたしゃしん絵本『ひこうきがとぶまえに』です。紙面では航空整備士の仕事や見たことない機器、機械類がページいっぱいに広がります。
今回は絵本の中の写真や惜しくも絵本には収めることができなかった写真を展示します。写真だからこそ伝わる迫力! 緻密さ!! 臨場感!!! 子どもだけでなく、大人も一緒に楽しめます。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化のお知らせ】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」がとうとう書籍化! 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Title予約サイト
 

 

【書評】

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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