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本屋の時間

2019.05.01 公開 ツイート

第60回

「おじさん」の不在 辻山良雄

(写真:iStock.com/CherruesJD)

昨年末、画家のnakabanさんとの共著『ことばの生まれる景色』を、ナナロク社から出版した。この本の制作には著者である二人のほかにも、担当編集者、デザイナー、校正者、出版社の社長など多くの人が関わったが、ある日、そのなかでも自分が一番年上だということに気がついた。そう思うと、わたしたちの世代だけでも納得のいく本が作れてしまうのだという嬉しさと、急に重石(おもし)がとれたような、軽いとまどいを感じた。

 


わたしがある書店チェーンに入社し、本を売る仕事をはじめたのは1997年4月のこと。既にそのころから、本が売れなくなったと言われてはいたが、周りの雰囲気はまだのんびりとしたもので、最初に配属された100坪ほどの店には、社員が7人もいた。

多くの会社がそうだと思うのだが、昔の会社には「おじさん」が多かった。「おじさん」の多くはむやみに威張り散らし、勤務時間中でも、平気で姿を消した。彼らは何かを教えることはほとんどなく、仕事でめざましい成果をあげることもなかったが、「役員」や「部長」といった肩書で呼ばれる人とは異なり、半ば呆れられながらも警戒心を起こさせない程度には、身近な存在であった。

平成と呼ばれた時代が進むにつれ、「おじさん」たちの顔に浮かんでいた〈笑い〉は、次第に淋しさを帯びるようになったと思う。本が売れなくなり会社の業績が悪化すると、そのしわ寄せはそれまで当たり前に存在した余裕に向けられる。ある者は自発的に、またある者は追われるようにして、会社からは「おじさん」の姿が消えていった。

おじさんがいなくなると、会議の進行を乱すような発言はなくなった一方で、それまで当たりまえに行われてきたことがそうではなくなった。そのころから、売り場の本が乱れ、並べかたもちぐはぐな書店の姿をあちこちで見かけるようになったが、そうした店でも「おじさん」がいなくなったのかもしれない。そしてそのようなちぐはぐさは、自らに余裕がなくなり、他人に対する無関心や冷たさが広がる社会の状況と、時を同じくしていたように思う。

 

先日、古い知人が店に遊びに来た。彼は事務用機器を扱う会社で営業部長になったと話したが、失礼ながら昔はとてもそんな偉くなるような人物には見えず、どちらかといえば「おじさん」に近いところがある男だった。彼自身もどこか戸惑っているようで、その日の会話も昔そうであったように、ぼんやりと頼りないものに終わってしまった。

これからの社会は人間味のあるものであってほしい。彼やわたしを安心させていた、「おじさん」はもういないのだ。

 

今回のおすすめ本

『庭とエスキース』奥山淳志 みすず書房

ある日著者の奥山さんは、北海道の開拓時代を知り自給自足の生活を続けている「弁造さん」と出会い、その発言・振る舞いに魅せられていく。美しい北の四季の光景、芸術にしか満たせない心、端正でやさしい写文集。

 

 

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2024年5月10日(金)~ 2024年5月28日(火)Title2階ギャラリー

キッチンミノル出版記念写真展「ひこうきがとぶまえに」
~航空整備士の仕事~

しゃしん絵本作家のキッチンミノルが出版社を立ち上げました。第一作目は、飛行機が格納庫に帰ってきてから、再び空に飛びたつまでの航空整備士さんの仕事を、JAL全面協力の元、キッチンミノルが温度感ある写真と文章追いかけたしゃしん絵本『ひこうきがとぶまえに』です。紙面では航空整備士の仕事や見たことない機器、機械類がページいっぱいに広がります。
今回は絵本の中の写真や惜しくも絵本には収めることができなかった写真を展示します。写真だからこそ伝わる迫力! 緻密さ!! 臨場感!!! 子どもだけでなく、大人も一緒に楽しめます。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化のお知らせ】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」がとうとう書籍化! 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Title予約サイト
 

 

【書評】

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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