開店以来三年間、ずっと大した病気なしでここまでやってきたのだが、先日インフルエンザにかかり、店を数日休むことになった。医者から「インフルエンザです」と診断されたとき、思いもかけず安堵感に包まれ、体じゅうから力が抜けていった。「もうじたばたしても仕方がない」と思ったのだ。
店を続けるうえで一番大切なことは、「健康な体でそこにいること」につきる。店を続けていくあいだには、うまくいかないときもあるし、何かトラブルに見舞われることだってある。しかしそこにいることさえできれば、打開策を思いつくかもしれないし、トラブルにだって対応は可能だろう(そして健康でなければ、それは難しい)。だから店をはじめてからというもの、万全な状態で店にいることを前提に、そこから逆算して考えた行動をとるようになった。
以前は、自転車で30分かけて店まで通っていたが、交通事故に遭うリスクを減らすため、二年前から店の近所に引っ越した。交差点を渡るとき、車が飛び込んでこないか何回も確認する癖が身についたが、すべては「物事がそこで止まってしまわない」ためである。イベントの打ち上げ以外、酒席に出ることも少なくなり(そもそも時間的に無理なのだが)、生活は実に勤勉そのものである。
しかし無理をせず休むことも、時には必要だ。店の営業時間を記すことは、「その間は店を開けている」と、お客さんと約束を交わすことであり、それを破ってはならないとこれまでかたくなに考えてきたが(もちろんそれが基本なことは変わらないが)、個人の替えが効かない以上、時には自分を大切にすることも必要である。このたび、数日休んだあと店に戻ってきたとき、どこで知ったのだろうか多くのお客さんに労りのことばをかけてもらい、なぜだか差し入れまでいただいてしまった。休んだとしても理解してもらえる関係性こそがその店の見えない力なのだと、しみじみと思い至った。
今回のおすすめ本
身の回りにいた二人の人物の不在。その理由はわからないままでも、フィルムにはそのむせび泣くような感情が写しとられている。誰がシャッターを押しても、その写真は同じものにはならない。そうした〈撮る行為〉そのものを考え起こさせる写真集。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2024年5月10日(金)~ 2024年5月28日(火)Title2階ギャラリー
キッチンミノル出版記念写真展「ひこうきがとぶまえに」
~航空整備士の仕事~
しゃしん絵本作家のキッチンミノルが出版社を立ち上げました。第一作目は、飛行機が格納庫に帰ってきてから、再び空に飛びたつまでの航空整備士さんの仕事を、JAL全面協力の元、キッチンミノルが温度感ある写真と文章追いかけたしゃしん絵本『ひこうきがとぶまえに』です。紙面では航空整備士の仕事や見たことない機器、機械類がページいっぱいに広がります。
今回は絵本の中の写真や惜しくも絵本には収めることができなかった写真を展示します。写真だからこそ伝わる迫力! 緻密さ!! 臨場感!!! 子どもだけでなく、大人も一緒に楽しめます。
◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化のお知らせ】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」がとうとう書籍化! 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Title予約サイト
◯【書評】
『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
◯【お知らせ】
店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。