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本屋の時間

2018.10.01 公開 ツイート

第46回

スピリットを奪うもの 辻山良雄

写真:齋藤陽道

 先日発売になった雑誌『新潮45』10月号の内容が問題となり、様々なメディアでも報じられたことはご存知のかたも多いと思います。『新潮45』はその後休刊が決まりましたが、雑誌に対する是非だけでなく、話は発売元が出している本を売り買いすることへの是非にまで広がり、この時代に本を売ることの難しさを改めて考えさせられました。

 書店は街に開かれた場所です。そこには誰でも入ることができるし、ほかの人に迷惑をかけることがなければ、気のすむまでいることができる場所でもあります。その意味では、書店はそれを経営する個人(もしくは法人)のものでもありますが、その店を利用する客のものでもあります。

 しかしどんなに大きな書店であれ、世のなかにあるすべての本を置くことができない限りは、そこに並ぶ本には店のフィルターがかかっています。そのフィルターは「売上」や「公益性」を重視するものかもしれないし、その本棚を担当する人の、個人的な「嗜好」や「心情」を表すものかもしれません。店の規模や考えかたによりフィルターの性質は異なりますが、その要素の濃淡でできていることに違いはないと思います。

 Titleは大型店とは異なり、店から注文しない限りは本が入ってくることはないので、そこには自ずと「わたし」のフィルターがかかります(それはわたし個人の嗜好と、実際店で求められる本とのバランスで出来ています)。そこから外れる本はもともと店には並べていませんが、それを「注文したい」というかたがいれば、取り寄せてその人にはお渡しします。

TuiPhotoengineer/iStock

 もともと置きたい本を自由に並べ、それを人に届けるための永続性のある場所を作りたいと思い、自分で本屋をはじめたわけです。本を売るという行為は、そうした「売るわたし」の思いに根差している以上、その心情に反してまで売りたい本は、本来はありません。本を売ることはモノのやり取りであると同時に、モノに託された思いのやり取りでもあるので、店に並べられた本は書き手の思いとともに売り手の思いも伝えています。本を選ぶフィルターの基準はあれども、そこに売り手の思いとの矛盾があれば、売場は次第にちぐはぐなものとなり、長期的には店を続けるスピリットを奪っていくものだと思います。

「客」として「店」でものを買う行為には、「その店の姿勢に対して票を投じている」という意味が暗に含まれます。店は票を投じられる対象となっていることを意識しなければならないし、この度の騒動は、もはやそれが「品揃えや利便性だけ」という時代ではなくなっている現れでもあると思います。

 

今回のおすすめ本

『生きるように働く』 ナカムラケンタ(ミシマ社)

 働いている時間も、休んでいる時間も、同じ自分の時間である。それを分けるのではなく、大切な自分の時間として考えれば、自ずと働きかたも変わってくるのではないか。それをかたちにした、27人の生きかた。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2024年5月10日(金)~ 2024年5月28日(火)Title2階ギャラリー

キッチンミノル出版記念写真展「ひこうきがとぶまえに」
~航空整備士の仕事~

しゃしん絵本作家のキッチンミノルが出版社を立ち上げました。第一作目は、飛行機が格納庫に帰ってきてから、再び空に飛びたつまでの航空整備士さんの仕事を、JAL全面協力の元、キッチンミノルが温度感ある写真と文章追いかけたしゃしん絵本『ひこうきがとぶまえに』です。紙面では航空整備士の仕事や見たことない機器、機械類がページいっぱいに広がります。
今回は絵本の中の写真や惜しくも絵本には収めることができなかった写真を展示します。写真だからこそ伝わる迫力! 緻密さ!! 臨場感!!! 子どもだけでなく、大人も一緒に楽しめます。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化のお知らせ】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」がとうとう書籍化! 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Title予約サイト
 

 

【書評】

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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