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モヤモヤするあの人

2018.07.20 公開 ツイート

「美人ばかり好きになる」男性の相談から見える奥深き現代の常識 朝井麻由美/清田隆之(桃山商事)/文月悠光/宮崎智之

前半は、恋人・夫婦の呼び名問題で盛り上がった『モヤモヤするあの人~常識と非常識のあいだ~』の発売記念イベント「恋愛でモヤモヤしている、すべての人たちへ」。恋愛・結婚に根強く残る、「普通」という価値観について、後編はさらに盛り上がります。
 

左から、登壇者の清田隆之さん、朝井麻由美さん、宮崎智之さん、文月悠光さん

世の中の「普通の幸せ」に乗ることができない

宮崎 本日のイベントでは、価値観の変化が激しい世の中で違和感が集まりやすい「恋愛のモヤモヤ」に焦点を当てて、登壇者の方々といろいろと語っていけたらと思っています。では、引き続き登壇者のモヤモヤを見ていきましょう。

・いまだに「恋愛→結婚→出産」が正解ルートと思われがちな世の中にモヤモヤする

これは、朝井さんが事前にネタ出ししてくれたモヤモヤですね。

朝井 はい。こうしたジェンダー観の押し付けには、ずっとモヤモヤしています。この問題に絡む話なんですけど、いまだに根に持っている一件がありまして。大学に入ったとき、いろいろな新歓コンパに参加していたのですが、当時はフワフワした服装が好きで、さらに童顔だったので、そのイメージだけで先輩の男性に「永久就職しそう」って言われ、それがものすごくムカついたんです。
その人は、さも誉め言葉かのように、悪びれなく言っていたのが余計にやるせなかったですね。

宮崎 「永久就職」ってもはや死語ですよね。

文月 私、朝井さんのネタ出しを見て、思わずググってしまいました(笑)。私の思っている意味で、本当にあっているんだろうか、と。

宮崎 清田さんは、普段から女性の恋愛相談を聞いていますよね。似たようなことで悩んでいる女性は多いんじゃないですか?

清田 確かに多いかも。桃山商事の著書『生き抜くための恋愛相談』(イースト・プレス)の中でも「普通の結婚教」という問題を扱ったけど、常識の押し付けに腹を立てている朝井さんとは逆に、「これが世間の普通だよね」という価値観を内面化しすぎて、「そこから自分は外れているんじゃないか」「そのルートに乗れない自分は、人間として欠陥があるんじゃないか」と思い悩んでいる女性が多いように思います。根深く頭にインストールされてしまっている「普通」という感覚から抜け出せずにいる。

宮崎 一方で、専業主婦願望の強い女性も当然います。

朝井 もちろん、本人がそれを希望するぶんにはまったく問題ないんですよ。でも、「それが普通だよね」と、全員がそう望んでいるかのように語られるのには違和感があります。

宮崎 「女性の幸せはこういうものだ」みたいな決めつけですよね。

朝井 私は、世間で普通とされることにモヤモヤし続けてきた人生なので……。みんなが普通だと思えることが、自分には普通だと思えない絶望感って、すごいんですよ。

他人から押し付けられる役割期待とクソバイス

文月 ちょっと話がずれてしまうかもしれないけど、「詩人には、破天荒な恋愛をしてほしい」という謎の期待を20歳くらいのころ、おじさんからかけられることが多くて。「詩人なら激しい恋愛をして、そういう経験を作品に注ぐべきだ」みたいな。そう言われるのが嫌で、恋愛についてこじらせてしまったという過去があります。「女性だから」とか「詩人だから」とか、「役割期待」の圧力が世の中にはありますよね。

朝井 肩書きや属性のイメージで、恋愛像を期待されることが多いのは間違いないと思います。キラキラOLさんは、キラキラした恋愛をしてそうとか、オタクの人は恋愛に興味なさそうとか。実際にそういう傾向は少しはあるのかもしれないけど、個別で見ていけば全員がそうとも限らないし。

清田 「普通」を押し付けられる外圧にモヤモヤするのか、それとも「普通」にとらわれている自分にモヤモヤするのか。そこらへんについては、どう感じていますか?

朝井 最初は外圧に対してモヤモヤしていました。自分が間違っていないと思っていた考え方に対して、「それは間違っているよ」と烙印を押された感じがして。それあまりにも何度も繰り返されていくうちに、「やっぱり私が間違っているのかな」と、内面のモヤモヤに変わっていってしまった感じでしょうか。

文月 こっちが「私、結婚したいんです」「こういう家庭像を描いています」とプレゼンしたわけじゃないのに、いきなりダメ出しされることもあって……。

宮崎 エッセイストの犬山紙子さんが問題提起している「クソバイス」(求めていないのに繰り出される、クソみたいなアドバイス)ですね。

文月 厄介なのは、既婚の男性から、異性目線かつ既婚者目線のマウンティングをかけられること。「君は人と暮らすのはむいてないよ」とか、「そういう考え方だと、絶対に幸せになれないよ」とか(笑)。

宮崎 完全なるクソバイス(笑)

文月 言い返してやりたいけど、「私が知らないところで、相手はきちんと家庭を営んだり、お子さんを育てたりしているんだ」と思うと、いまいち強く反論できないところがあって。

宮崎 それは文月さんが優しすぎると思いますよ。反論してもいいと思います! というか、そんなクソバイス、そもそもするなって話ですけど。

さっき話題に出た「役割期待」みたいなものは、確かに世の中にはまだ根強くあると思います。もちろん、古くからある幸せのルートに乗りたいと思う人もいるし、そういう人のことを否定するべきではない。でも、その幸せの価値観を他人にまで押し付けられたり、当たり前の前提として語られたりすることには、やっぱりモヤモヤします。とはいえ、誰もが同じような押し付けをしてしまう可能性がありますので、十分に注意したいですね。

美人ばかり好きになってしまう男性の悩み

宮崎 では、次に事前に来場者から集めたモヤモヤを見ていきたいと思います。

「30代の男です。とにかく恋愛に奥手です。恋愛経験ゼロではないですが、少ないです。

しかし、友達からは『面食い』と言われます。手が届かない美人をすぐに好きになってしまい、告白どころか、ほとんど話しかけることもできず、まったく相手にされないまま終了します。

自分の身の丈にあった相手を……とも思うのですが、無意識に美人に目がいってしまうのです。どうすればいいのでしょうか?

あと、当然こんな自分ですから独身なのですが、『結婚しない男は半人前』という風潮にもモヤモヤします。私は半人前の非モテクソ野郎なのでしょうか?」(30代/男性)

文月 途中から、悩みが別の方向に行ってしまっていますよね(笑)

宮崎 情報がやや交錯気味です(笑)。

朝井 悩みが3つありますよね。まずは「無意識に、美人をすぐに好きになってしまう」という悩み。二つ目は「まったく相手にされないまま終了してしまう」という悩み。最後は、社会の風潮に対する悩み。

宮崎 最後の悩みは、先ほども指摘があった、「役割期待」の問題だと思います。ただ、不思議なのは、まったく相手にされず、告白もしていないのに、なぜ「終了した」と思っているかですよね。

文月 美人さんも、彼の気持ちに気づいていない可能性があります。

清田 美人さんに彼氏ができたりするのかな? あるいは、あまりの可能性のなさに心が折れるとか?

文月 ああ、なるほど。

清田 ただ、「身の丈にあった」っていう表現はちょっと引っかかるよね。相手からすると、「身の丈にあった相手が私?」「要するに妥協ってこと?」という風になっちゃうわけで。

宮崎 確かに、相手に対して少し失礼ですよね(笑)

清田 もちろん、容姿の好みがあって、そういう人に惹かれちゃうこと自体は悪いとは思わないけど……。

文月 美人な人とか、カッコいい人に目がいってしまうのは自然なことだと思うんですよ。私自身も、十代から二十代前半の時期はそういう傾向が強かったのですが、美人やカッコいい人を勝手に「自分よりスペックが上」と捉えて、「ははーーっ」と崇めてしまう。そうすると、相手からも気持ち悪く見えるし、自分も本当はもっと親しくなりたいのに、勝手に距離を置いてしまうようになる。この30代男性も、同じような状態に陥ってしまっているのではないでしょうか。

何気ない相談が持つ奥の深さ

宮崎 つまり、この男性は好きなった女性を崇拝しすぎてしまうということでしょうか?

文月 ファーストコンタクトが上手くいけば崇拝から解かれると思います。「この人は『美人』という生き物だ」と思うのではなくて、直接喋って「同じ人間なんだ」という理解ができれば、おそらくしっかりした関係性を築けるのではないでしょうか。たとえ恋人同士になれなくても、いい友人になれるかもしれない。自戒も込めてのアドバイスですけど。

朝井 この方のモヤモヤは、「自分との戦い」って感じがします。「美人ばかり好きになってしまう」とか、「話しかけられず、終了してしまう」とか、「身の丈にあった相手」とか。よくよく分析すると、全部、「自分に自信がない」という話をしているように思う。そんなに自分を卑下する必要はありませんよ。自分に自信がつけば、「結婚していない自分は半人前」という社会の圧力に対しても、過敏に反応しないですむような気がします。

でも、ちょっと気になるのは、なぜ美人が好きかということ。もしかしたら、美人が好きなんじゃなくて、「美人をゲットした自分」になることによって、自信をつけたいのかも。

文月 なるほど。美人と付き合うことによって、自分を高めたいという欲望ですか。

宮崎 何気ない相談のように思えますが、なかなか奥が深いですよね。誰もが、自分にも思いあたる節が少しはあるような内容ですし。

文月 あと、当然ですが、人の魅力は容姿だけではないですからね。

宮崎 このモヤモヤについても、明確な答えが出せたとは言えないものの、議論することによって、だいぶ全体像が見てきたように思います。こうした些細なモヤモヤを語ることに対して、「なにの意味があるのか」と思う人もいるかもしれませんが、たとえスッキリした解答が出なくても、モヤモヤと向き合うことにより、自分がどういう価値観を持っているのか、どういうことに憤りを覚えるのか、社会の“常識”とどのように距離をとって生活しているのか。そういったことがクリアになっていくと、僕は信じています。

登壇者の皆さんも、ご来場の皆さんも、これからも一緒にモヤモヤしていってもらえるとうれしいです。本日は本当にありがとうございました。

(おわり)

関連書籍

宮崎智之『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』

どうにもしっくりこない人がいる。スーツ姿にリュックで出社するあの人、職場でノンアルコールビールを飲むあの人、恋人を「相方」と呼ぶあの人、休日に仕事メールを送ってくるあの人、彼氏じゃないのに〝彼氏面〟するあの人……。古い常識と新しい常識が入り混じる時代の「ふつう」とは? スッキリとタメになる、現代を生き抜くための必読書。

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モヤモヤするあの人

文庫「モヤモヤするあの人」の発売を記念したコラム

バックナンバー

朝井麻由美

ライター/編集者/コラムニスト。著書に『「ぼっち」の歩き方』(PHP研究所)、『ひとりっ子の頭ん中』(KADOKAWA/中経出版)。一人行動が好きすぎて、一人でBBQをしたり、一人でスイカ割りをしたりする日々。 Twitter:@moyomoyomoyo

清田隆之(桃山商事)

1980年東京都生まれ。文筆業。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒。これまで1200人以上の恋バナに耳を傾け、恋愛とジェンダーをテーマにコラムを執筆。朝日新聞be「悩みのるつぼ」では回答者を務める。
単書に『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)、『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)、桃山商事名義としての著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、澁谷知美氏との共編著に『どうして男はそうなんだろうか会議──いろいろ語り合って見えてきた「これからの男」のこと』(筑摩書房)、トミヤマユキコ氏との共著に『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社)などがある。

文月悠光

詩人。1991年北海道生まれ、東京在住。高校3年の時に発表した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少で受賞。そのほかの詩集に『屋根よりも深々と』(思潮社)、『わたしたちの猫』(ナナロク社)。エッセイ集に『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)、『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)がある。NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、詩の朗読、詩作の講座を開くなど広く活動中。 Twitter:@luna_yumi

宮崎智之

フリーライター。1982年生まれ。東京都出身。地域紙記者、編集プロダクションなどを経てフリーに。日常生活の違和感を綴ったエッセイを、雑誌、Webメディアなどに寄稿している。著書に『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。
Twitter: @miyazakid

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