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担当編集者は知っている!!

2013.12.06 公開 ツイート

『去年の冬、きみと別れ』(中村文則 著)のウラ話 幻冬舎編集部

好評発売中!『去年の冬、きみと別れ』(中村文則 著)
 

「ミステリー作品を書くから」

 ある日、中村文則さんはそうおっしゃってくれました。中村さんは『銃』でデビューして以来、純文学作品を書き続けてきた方です。芥川賞や大江健三郎賞などの大きな賞も受賞されていました。「ミステリーを書く」ということが、中村さんにとっての大きな挑戦であることは言われた瞬間に察知しました。さらなる飛躍に向けて、中村さんは精神を研ぎ澄ませていらっしゃったのです。それなのに僕が言った言葉ときたら……。

「ちょー楽しみデス!」

 なんと薄っぺらい言葉でしょう。しかし、その言葉が本当に薄っぺらいものだったと骨の髄まで知ったのはその後です。その時の僕は「中村文則がミステリーを書く」ということ自体に酔いしれていました。その後、中村さんと僕は、一歩踏み込んだ打ち合わせに入っていきます。中村さんとの打ち合わせは、実に独特。

「このトリックに驚いたという作品を5つあげて」

「有馬さんがナンバー1だと思う漫画は? その理由は?」

「文体と物語を高い次元で融合させないといけないんです、今回は」

 作品の冒頭で「覚悟は、……ある?」という台詞が出てきますが、まるで僕の覚悟を試すかのごとき質問の嵐。作品の質を高めるために、中村さんの右脳と左脳はフル回転です。話の流れとまったく関係ないところで「今思いついたんだけど」と小説のことを語ることも再々でした。それくらい、中村さんの頭脳と生活の真ん中には「小説」があるのだと思い知りました。外部からの刺激のすべてを、小説に集約させようとするのです。

 中村さんと初めてお会いしたのは10年以上前です。『銃』でデビューされた直後の中村さんと、幻冬舎でアルバイトを始めたばかりの僕。生まれて初めて一人でお会いした小説家が中村さんでした。名古屋での初対面。緊張のあまり、新幹線「こだま」で2時間半以上かけて名古屋に行く僕。着くのが怖くて仕方なかった。手元には付箋だらけの『銃』。編集者としての手練手管など持っているはずもなく、あるのは「あなたと仕事がしたい」という情熱のみでした。若かった。そんな僕に中村さんは(中村さんもまた若かった)、こう言ってくださいました。

「いつか仕事しましょう」

 あの言葉が、こんな傑作に結実したのは編集者として望外の喜びです。原稿をいただいた際は興奮しました。と書きたいところですが、中村さんはセロテープで封をした状態で原稿を渡してくださったので、興奮より何より「早く読ませてください!」と懇願したい気持ちのほうが強かった……。

 池袋の喫茶店で中村さんと別れ、目についた別の喫茶店で急いで封を切って手にした原稿には「去年の冬、きみと別れ」の文字。編集者としては恥ずべきかもしれませんが、僕はタイトルさえ教えてもらっていなかったのです。作品の内容は中村さんのみぞ知るものでした。僕が知らされていたのは、「今、五割くらい」とか「もう一回読みなおして問題なければ渡す」とか、そういった進捗状況だけでした。とはいえ、作品の質に関しては、一切の不安がありませんでした。何しろ、書いているのは中村文則なのですから。面白くないわけがありません。

 これは嬉しい誤算ですが、内容を知らないがゆえに、純然たる「読者」として作品を読めました。執筆する前の中村さんが「刑事と刑事の頭脳戦にする」とおっしゃっていたようなうっすらとした記憶もありますが、たぶんそれは夢でしょう。池袋の喫茶店で読み始めた本作の、何と面白いことか。何と高潔なことか。何と斬新なことか。中村さんらしい文体と、先を読めない物語展開。「時間を忘れて没頭する」という表現がありますが、あの店にいた僕は、まさにその状態でした。

 没我の時間を経て、思考する力が戻ったとき僕は思いました。

「この小説を日本人全員に読んでほしい!」

 原稿をお預かりしてから今日までは、「走り抜けた」という感覚が一番近いように思います。正直、大変な思いもしました。でも今にして思います。「編集者としての全部を賭ける」「読者に届けるためなら何でもやる」と思えたこの作品には、人をそれだけの気持ちにさせる力があったのだ、と。小説を読む醍醐味がこの作品には凝縮されていたのだ、と。中村さんや、弊社営業と積み重ねた打ち合わせの数々。まるで祭りのような狂騒状態でした。初版3万部のプレッシャー、3日間まるまるかけた書店回り、王様のブランチでの特集、3万部の大重版……。すべてが熱狂の中で過ぎ、いまだその状態が続いています。

 未読の方がいらっしゃいましたら、ぜひとも書店で手に取ってみてください。冒頭の3ページで中村文則ワールドに惹きこまれるはずです。

担当・有馬 

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