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『中動態の世界』で考える

2017.07.25 更新 ツイート

第2回(全4回)

僕たちは「尋問する言語」に支配されている國分功一郎/千葉雅也

  

『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院)『勉強の哲学――来たるべきバカのために』(文藝春秋)。今年の2大話題作の著者、國分功一郎さんと千葉雅也さんの対談を4回にわたってお届けします。
「する―される」の二項対立から自由になれたとして、「責任」はどこへ行ってしまうのか? 過去からの脈絡がないゼロ地点で、人が何か新しいことをするなど可能なのか? 「尋問する言語」「意志」……気になるキーワードが次々と登場し、話は一気に核心へと向かいます。

  * * *

法は人間の事象にうまく対応できていない

千葉 ではそろそろ、具体的な質問をしていきましょう。どうしよう、いきなりクリティカルな話をしてもいいですか。

國分 いいよ。いきなりクリティカルで。

千葉 まず、われわれは能動態か受動態かという二元論の世界に入っていて、そうすると、責任を帰属させる、帰責性ということが問題になるわけでしょ。
 それに対して、この本では、自分自身があるプロセスの中にいるという中動態的なものを復権させるわけじゃないですか、ものの考え方として。じゃあ、責任の問題って最終的にはどうなるんですか。それがこの本でどこまで考えられているのか。というか、國分さんがそもそもどうしたいのか。そこが聞きたいところなんですよ。
 たとえば依存症患者に対して、「薬に手を出したのは自己責任だからおまえが悪い」と言うのがまずい、ということはわかるんです。まずいという観点を保証するために、われわれが属している帰責性のシステムとは違う、中動態という行為のあり方を復権させているわけですよね。しかし、じゃあそうなったときに、依存症の人に対してどう言えるのか。あるいは、責任の概念一般についてどう言えるのか。そこはどうなんですか。

國分 そこは正直言って、わからなかったんですね。ただ、それについて何か言いたいなと思って書いたのが、最後の『ビリー・バッド』の章なのね。『ビリー・バッド』では、軍法ですけど、法律が問題になるわけですね。それが人間の事象にうまく対応していないというか、四角四面なものであるがゆえに、様々な悲劇が起こる。

千葉 法のためにね。

國分 うん。法が四角四面にしか対応できないことで悲劇が起こるわけですね。それをなんとかしなきゃいけないというところまでしか言えなかったですね、今回は。
ただ、ちょっと書いたことだけど、われわれが社会を動かしていくときに利用してきたのは、法だけじゃないんだよね。法律というものが、今、最も幅広くわれわれを規制している規則ですけれども、僕らが従ってきた規則というのはそれだけじゃない。たとえば宗教とか。もちろん、文法もそのひとつだけれども。
 だから、法律は何らかの仕方で手直ししなければいけないかもしれないけれども、そもそも法律に限界があるよねっていうことぐらいまでが、僕の結論でした、今回は。

千葉 なるほど。言い換えると、世の中って、法的な帰責性の判断だけで動いているわけじゃないということですよね。法的に責任があるから悪い、ないから悪くない、ということだけで動いてるわけじゃない。
 ちょっと僕的な言い方をすると、もっとグレーゾーンで動いていることがたくさんある。たとえば何かが表立って問題になると、責任を法的に問うという話になるけど、そうなる前のところ、水面下でのやりとりとか、内々で処理するとか、そういう次元で、物事を調整したりということがある。
 世の中ではそういう次元がすごく大事であって、何でもオープンに、どっちが悪い、どっちがやったんだ、やられたんだという話にしちゃうと、多くのリアリティが取りこぼされるということなのかなあと思うんですよね。

國分 今、千葉君が言った、法律を実際にどうするかという問題に関しては、この次の話ですねと思ってるわけ、申し訳ないんだけど。
 今回は、人間の行為を位置づけたり、記述したりするためのカテゴリーをもう1回考え直す、そのための基礎理論として出したつもりなんですね。で、これをどう応用するかということに関しては、僕はまだ、依存症者についてよくわかっているわけじゃないし、法律の専門家でもないので、読んでくれた皆さんに、これを応用していく感じで、様々な事象について論じてほしいと思ってるんですね。
 しかし、ただ法に関してけっこう強く言わなきゃいけないのは、僕らが使っている言葉の文法が、今の社会を規定している法と非常に密着しているということですね。ここを1回剥がして考えないとダメだと思う。僕らは常に法律的にものを考えるようになってしまっていて、それはやっぱり、尋問する言語が僕らを大きく規定しているからではないか。

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『中動態の世界』で考える

『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院)と『勉強の哲学――来たるべきバカのために』(文藝春秋)。今年の2大話題作の著者、國分功一郎さんと千葉雅也さんの対談を4回にわたってお届けします。

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國分功一郎

1974年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は哲学。主な著書に、『スピノザの方法』(みすず書房)、『暇と退屈の倫理学 増補版』(太田出版)、『ドゥルーズの哲学原理』(岩波現代全書)、『来るべき民主主義』(幻冬舎新書)、『近代政治哲学』(ちくま新書)、『民主主義を直感するために』(晶文社)、『中動態の世界』(医学書院)、『スピノザ「エチカ」(100分de名著)』(NHK出版)など。

千葉雅也

1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。哲学/表象文化論を専攻。フランス現代思想の研究と、美術・文学・ファッションなどの批評を連関させて行う。現在は、立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。主な著書に『動きすぎてはいけない』(河出書房新社)、『べつのしかたで』(河出書房新社)、『勉強の哲学』(文藝春秋)など。

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