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中山七里『作家刑事毒島』に出版界戦慄!

2016.08.29 公開 ツイート

出版業界のタブーに切り込む『作家刑事毒島』(4)

作家になりたい人の9割が、
才能も、根気も、自覚もない!? 中山七里

出版業界って、どんなところだとイメージしますか? 中山七里さんの最新作『作家刑事毒島』を読むと、その片鱗が垣間見れるかもしれません。売り出し中のミステリー作家で刑事技能指導員でもある毒島真理は、捜査一課が手を焼く殺人事件を解決に導きます。容疑者として疑われるのは、プライドが高すぎる新人作家、手段を選ばずヒット作を連発する編集者、ストーカーまがいの怖すぎる読者と、出版業界のどこかで耳にしたことのある人ばかり…!? 新人作家、出版社志望者にはかなり刺激の強い本格ミステリー『作家刑事毒島』の試し読みを、5回にわたってお届けします。第4回は、刑事・明日香と毒島が対決します!

 

                   * * *

「……知ってたんですね、作家志望者がどんなキャラクターなのか」
「前に一度だけ担当したからな。ヤラセ受賞でデビューした篠島タクが作家志望者に殺された事件だ」
 明日香が捜査一課に配属される前の事件だが、マスコミが騒いだのでよく憶えている。
「あの事件で出版業界には魑魅魍魎が棲んでいるのが分かった。世間の常識や商習慣が通用しない世界だと分かった」
「それならどうして」
「正直、あまり関わりたくない」
 呟くように洩らした言葉は本当に嫌そうだった。普段、一貫して鉄面皮の犬養がこれほど嫌悪感を露わにするのだから、出版業界の闇はまだまだ深いに違いない。
 このままでは自分一人が専従にされそうな気がして、慌てて麻生の方を見る。すると麻生までもが顔を逸らす。
「まあ、そろそろ高千穂主体で動いてみてもいいかもな。犬養のサポートがあれば、さほど不安はあるまい」
「班長。俺も他の事件抱えてるんで、それほどきめ細かなサポートは期待しないでくださいよ」
「そう言やそうだったな」
「班長!」
 悲鳴のような声を上げると、渋々といった体で麻生は考え込む。どうやら犬養以外のサポート役を思案しているようだった。
 そして、思い出したと言わんばかりに両手を叩く。
「いたぞ、うってつけの人材が。出版業界に滅法強い刑事」
「捜一にそんな人材なんて……ああ」
 犬養も合点顔で頷く。
「よし、高千穂。この案件、毒島さんに参考意見を聞いてこい」
「ブスジマさん? 誰ですか、その人」
「毒の島と書いてブスジマ。お前が配属された後は、週一でしか顔を出さなくなったから知らんのも無理はないか。犬養のトレーナー役だった人で俺の先輩でもある。一昨年、ちょっとしたことで退官したんだが、すぐに刑事技能指導員として再雇用された」「どうしてその毒島さんが出版業界に強いんですか」
「お前、最近本屋に行ったことないか。売出し中のミステリ作家で毒島真理って新人」
 あっと明日香は短く叫んだ。
「し、知ってます。確か二年前に新人賞を獲ってデビューした毒島真理!
 あの作家さん、ウチの刑事だったんですか」
「本名はマサトなんだが、シンリと読ませてペンネームにしている。もう二年も業界の垢
あかに塗れているんだ。貴重な意見がたっぷり拝聴できるぞ」
「公務員の副業は地方公務員法で禁止されてるんじゃないんですか」
「例外があるんだよ。著述業とかの許可基準を満たした職種なら、任命権者の許可を得られることになっている」
「それにしたって捜一所属なら、ここに毒島さんを呼んで皆で話を聞けば済む話じゃないですか」
 すると麻生は慌てたように頭を振る。
「いや、あの人、今は作家業の方が忙しいみたいだし……」
 どうにも歯切れが悪いので、次は犬養に振ってみる。
「じゃあ、犬養さん一緒にどうですか」
 その犬養の表情が見ものだった。まるで罰掃除を命じられかけた子供のような顔をする。
「俺は、いい」
 そして逃げるように刑事部屋を出ていった。
 理由を尋ねたくて麻生を見ると、いつも威圧的なこの上司が珍しく困惑している。
「あいつにも苦手な相手がいるんだよ」
「……あの、その毒島さんって何か問題があるんですか」
「刑事としてはとびきり優秀だ。犬養をああいう刑事に育てたし、能力が認められたから技能指導員に推薦されたんだ。ただなあ……」
「ただ?」
「いみじくも毒島さん本人が言ったことがある。才能と性格は全く別物だとよ」



 毒島の仕事場は神田神保町の中にあった。大型書店と古書店が立ち並ぶ間を埋めるように、昔ながらの飲食店が点在している。その中にあってひときわ古びた外観の天ぷら屋の二階がそうだと、明日香は聞かされていた。
 この天ぷら屋の店先には大型パネルが立て掛けてあり、それによると以前は江戸
川乱歩や井伏鱒二が行きつけにしていた店らしい。なるほど、それならどこか昭和の香りが漂っているのも納得できる。
 店舗横にある階段を上がっていく。天ぷら油の沁みついた壁、光量の乏しい電灯。昭和臭さは店構えのみならず狭い階段からも立ち上ってくる。
 ドアをノックすると、「どうぞー」とやけに陽気な声が返ってきた。犬養や麻生までが恐れ嫌う人物の声とは、とても思えない。
 その事務所には窓がなかった。いや本当はあるのだろうが、三方の壁が書棚に占領されているために用を成していない。そして書棚に隠されて壁の古さも分からない。
 中には二人の男がいた。
「お邪魔します。警視庁刑事部捜査一課の高千穂と申します」
 書き物机でパソコンに向かっていた男がこちらを向いた。麻生より五つ上だからもう五十を過ぎているはずだが、童顔と黒髪のせいでまだ四十代前半に見える。
「やあやあやあやあ、君ですね、電話くれたのは。どうもどうも毒島です」
 毒島は軽く頭を下げるが、立ち上がりはしない。
「ごめんなさいね、今、ちょうどデッドラインでさ。もうすぐ原稿アップさせるから、その辺に座って待っていてよ」
 毒島の示したソファには先客が座って、神経質そうにタブレット端末を弄っていた。
「幻冬舎の辛坊誠一といいます。毒島先生の担当をしております……ああっ、また編集長から督促メールが。まだですか、先生」
「あとたったの三枚だから。一時間で上げれば間に合うでしょ。ここから小川町の印刷所まで走って四分だよ」
「わたしを走らせるんですか」
「元々さあ、神保町に出版社が集中してるのは隣の小川町に印刷所があるからじゃない。先輩たちの労苦を偲べば、それくらいしたってバチは当たらないでしょ」
 見れば毒島は喋りながらキーを叩いている。
「高千穂さんは先日の百目鬼さん殺しの件で来たんだよね。何が訊きたいの?」
「百目鬼さんがやっていた下読みの仕事だとか、ワナビという人たちのこととか……少し特殊な業界だと聞いていますので、小説家になった毒島さんから詳しい事情を教えていただきたくて」
「じゃあさ、じゃあさ、このままで話していいかな。手が離せないものだから」
「先生! こんな切羽詰まった時に、妙な話に首を突っ込まないでください」
「だって、僕は一方じゃ警察官の端くれなんだし。ちゃんと原稿は書いてるじゃない」
「でも、毒島さん。捜査情報を第三者の前で話すのはちょっと」
「こちらから一方的に話す分には構わないでしょ。君も秘匿情報さえ話さなきゃいいんだし。それに、そこにいる辛坊さんは僕なんかよりずっと業界の泥に塗れているから。そういう話だったら誰よりも詳しく、誰よりも苦々しく語ってくれると思うよ。ねえ辛坊さん」
 話を振られた辛坊は哀しげな顔で毒島の背中を睨む。
「確かに作家志望の方たちとは色々ありますからねえ。仰る通り、プロ野球選手とかサッカー選手とかを目指している人たちとは違うし、他の芸術畑の美術や音楽とも毛色が違うし。第一、執念が怨念に変質するのはこの業界くらいのものです」
「怨念、ですか」
 鸚鵡返しに尋ねると、辛坊はますます哀しい顔をした。
「高千穂さんと仰いましたか。あなた、全国に作家志望者が何人いるかご存じですか」
「さあ……」
「国が正確な統計を取った訳ではありませんが、各新人賞に送られてくる原稿の数から類推すると五万人から十万人。投稿はしないけれど志望している者を含めれば、その倍以上は存在するでしょうね。ところが新人賞は中央の大きなもので二十タイトル前後。倍率だけを考えれば司法試験より難しい。選ばれる人間が少なければ、弾かれた人間の怨嗟の総量はとんでもないものになります」
 数を聞いて面食らった。明日香も本を読むのをもっぱら愉しむ側であり、書き手になろうなどとは一度も考えたことがない。だから、そんなに書き手を志望している者がいるとは想像もしていなかった。
「同じ憧れ産業だから、潜在的な希望者という点だけならアイドルやスター選手を夢見る者と同じに思えるのでしょうけど、文芸の世界はちょっと事情が違います。アイドルを夢見る人はそれなりに容姿が整っていたり歌の才能があったりする人でしょうし、スター選手を目指す人はやはりそれなりに運動能力の秀でた人でしょう。ところが、作家になりたがっている人の九割以上は才能もなければ根気もありません。ついでに自覚もありません」
「えっ。でもさっきの話だと五万人から十万人の人たちは作品を投稿してくるんですよね」
「ええ、およそ小説とは呼べない代物をね。要は自分に作家としての資質、物語を構築する素養があると勘違いしているだけなんです。野球に喩えれば、プロ野球の入団テストに草野球でいつもライトを守らされている小学生が参加するようなものです」
 聞いていて、少し眩暈を覚えた。
「百目鬼さんは弊社ともお付き合いのあった方ですから、事件については報道されている以上のことを小耳に挟んでいますよ。何でも三人の作家志望者が百目鬼さんに脅迫文を送ったとか」
「そんなことまで知れ渡ってるんですか」
「百目鬼さん本人があちこちで吹聴してましたからね。その三人はアレですよ。入団テストで真っ先に弾かれた小学生が、テストに落とされたのは試験官が意地悪をしたからだと逆恨みしたんです」
「でも、たかが公募に落ちたくらいで……」
 明日香は言いかけてやめた。事情聴取の際、三人は一次予選で落とされたことを、心底恨み、そして怒っていた。
「原稿用紙四、五百枚を埋めるのは相当な労力を必要とするんです」
「そうかなあ。五百枚なんてそんなに苦労する枚数じゃないと思うけど」
「先生はそこで茶々を入れないでください! 大抵の人間は十枚に達する前に挫折するのが普通だから、五百枚の完成原稿なんて自分の全てを注ぎ込んだ結晶です。それを初っ端から弾かれると、自分の存在を全否定されるように感じるんでしょうねえ。だから激しく気落ちするし、審査した人間を激しく憎むようになる。殊に〈小説すめらぎ新人賞〉は評者の署名入りで評価シートを戻すから、憎悪を向ける相手が特定されてしまう。わたしにも憶えがありますけど、それって結構キツいことなんです」
 辛坊は言葉を切ってから、深く溜息をついた。
「辛坊さんも下読みをされたことがあるんですか」
「新人に回される仕事の一つですよ。今はなくなりましたけど、以前はウチも文学賞を主催していたので、しばらく投稿作品を読まされてました……う」
 辛坊は急に顔色を悪くした。
 

 ※第5回(最終回)は9月1日(木)公開予定です。この連載は、『作家刑事毒島』の〈1〉ワナビの心理試験(p.5〜)の試し読みです。続きはぜひ書籍をお手にとってお楽しみください。
 

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中山七里

1961年岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年にデビュー。他い『おやすみラフマニノフ』『いつまでもショパン』『どこかでベートーヴェン』『連続殺人鬼カエル男』(以下、宝島社)、『贖罪の奏鳴曲』『追憶の夜想曲』『恩讐の鎮魂曲』(以上、講談社)、『魔女は甦る』『ヒートアップ』(ともに幻冬舎)など著書多数。

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