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ハイスペック女子のため息

2020.06.10 更新 ツイート

木村花さんと「強い人」「弱い人」「繊細な人」 山口真由

木村花さんの急死は、多くの人に衝撃を与えた。オンライン上の誹謗中傷に法的な対処をすべきであるとの声があがっている。また、リアリティ番組のあり方を問う意見もある。

私は、木村花さんという方を存じ上げなかったのだけれど、「22歳」というはちきれんばかりの若さと、それにあまりに不釣り合いな「訃報」の見出しは、鮮明に印象に残った。

 

23日未明、Instagramで「愛してる、楽しく長生きしてね。ごめんね。」と猫と一緒に写る写真を投稿した後の急死であり、自宅からは硫化水素と遺書のようなメモが見つかったという(産経新聞2020.5.25)。「テラスハウス」という人気リアリティ番組に出演している彼女について、その番組での映り方に批判が集まっていたのだという。

「毎日100件近く率直な意見。
傷付いたのは否定できなかったから。
死ね、気持ち悪い、消えろ、今までずっと私が1番私に思ってました。
お母さん産んでくれてありがとう。
愛されたかった人生でした。
側で支えてくれたみんなありがとう。
大好きです。
弱い私でごめんなさい。」

と、花さんはTweetしている。自分のことを「弱い」と形容する彼女のことを、私はよくは知らない。だから、想像するしかないのだけれど、コロナによる緊急事態宣言でプロレスの試合もない中、家に1人ぽつねんと座り、携帯をスクロールして、延々と連なる誹謗中傷を眺めている姿を思い浮かべると、胸をぎゅっと締めつけられる。

サッカー元日本代表の本田圭佑選手は、23日の夜にツイッターを更新する。

「『誹謗中傷する人へ』
弱い人を狙うな。
誹謗中傷はやるなって言ってもなくならないし、なのでやってもいいからちゃんと強い人を狙うこと。
「結論」
俺んところに来い。そして末長く誹謗中傷のプラットフォームとして使用してください。」

なるほど。そゆこと。木村花さんは「弱い人」だったのだろうか? そして、木村花さんを誹謗中傷した人は「強い人」「弱い人」どっち側?

1.「弱い私」の精神的リストカット

私はメンタルが弱い。自分に対する批判にからきし弱い。「山口さん、お顔、テッカテカ」などとTwitterに書き込まれた日には、そんな顔をこともあろうか皆様にさらしてしまった悲しさで、最低1週間は落ち込む。

なので、若干獰猛なイメージのあるTwitter(←思い込みかもしれないが)については、あまり見ないようにしている。

が、それでもなぜか「お顔、テッカテカ」と書き込まれたことを知っている。なぜって?

ときどきものすごく落ち込む。番組でのコメントがうまく伝わっていないのではないか。リモート出演では発言のタイミングがうまくないのではないか。

そういうときに私はどうするか? あろうことか、自分の名前を、あの苦手なTwitterで検索しはじめるのである。私レベルの知名度では、ポジティブコメントもネガティブコメントもさほどない。それにもかかわらず、そこから、自分を批判するコメントだけを、とめどなく探し続けることがある。やめられないのだ。

(写真:iStock.com/Cristiano Babini)

むかーし、Twitterが今ほど普及していないときには、仕事で失敗した日に、Amazonで自分が書いた本を検索して、星1つ又は2つの低評価のものだけをまとめて一気読みしたっけ。そういや、もっとずっと昔、大学生のとき、あれはなんで落ち込んでたんだっけ? 忘れたけれど。あのときは、TwitterもAmazonもなくて、それでも私は2ちゃんねるに自分の悪口を見つけて、連々と読み続けたのだった。もうやめようと思ったけど、やめたほうがいいとわかったけど、自分で自分を止められなかったの。

私は、これを「精神的リストカット」と名づけた。

心の傷を自ら開く。その痛みを確かめる。そこに自分自身の存在を確認する。

私はリストカットはしない。血とかカッターとかまじで怖いじゃん!! でも、自分の心がまだ血を流すのを確認するというのも、似たような心理なのかもしれない。

私は、自分自身に診断を下す。

「あなたは、自己肯定感が低いのに、自己愛が強すぎる病」

自己肯定感が低いから、他人の目に自分がどう映るかを知ろうとあがく。自己嫌悪のときに、悪口を読むと、自分に対する憐れみすら抱くようになる。私って、可哀相な「テッカテカ」野郎!! そして、その自己憐憫を餌にして、自己愛はさらに肥大化していく。ある程度の客観性は残している。自分のしていることは不健全なのだろうと思う。それでもやめられない。

2.「繊細な私」の痛みセンサー

長年、自分のそんな部分を語ることをとても恥ずかしく思っていた。「メンヘラ」「かまってちゃん」。そんな言葉が脳裏をぐるぐる回る。本田圭佑さんは、自分を「強い人」に分類し、誹謗中傷に耐えられない人を「弱い人」に分類したのだろうか? だとしたら、私、絶対「弱い人」。強い人に憧れる。どうしたら、そうなれるのだろう?

(写真:iStock.com/oatawa)

緊急事態宣言でステイホーム(←小池都知事って英語がお好きよね?)している中、私は西加奈子さんの『i (アイ)』(ポプラ文庫、2019年)を読んだ。主人公のアイはシリアから裕福な家庭に養子としてもらわれてきた子。父はダニエル、母は綾子。二人とも愛情あふれる人たちである。ダニエルは「正義の人。強い人。父が何かのことで思い悩んでいる姿を、アイはほとんど思い出すことが出来なかった」。対照的に、アイは、常に傷つき続けている。9.11のテロ事件、アフガニスタンへの空爆、シリアの悲劇――世界中の悲惨な事件が起こるたびに、アイは思う。「生き残ってしまった」と。なぜ彼らが亡くなったのだろう。なぜ私ではなかったのだろう。そして、それは心の中に罪悪感として残る。彼女はその罪悪感から解放されることにすら、罪悪感を抱く。世界中の悲劇から自分自身を切り離すことができない。

そして、ここから! ここからが問題!

西さんはそんなアイを決して「弱い」とは言わない。「もどかしいほどに繊細」と表現するのである。さらに「アイは……繊細な子どもがおおむねそうであるように、非常に疑り深かった。どれほど両親に愛されても、その愛がどこで誕生するのか、どのような手続きを経てここにやってくるのかを、真実信じることが出来なかった」と続ける。

この言葉は胸に刺さった。

アイは、両親からあふれんばかりの愛を注がれていた。それでも、繊細な子どもは、第三者の視線を鋭敏に内在化する。父の親戚は「ダニエルのしたことを誇りに思う」と口にする。恵まれた両親は、慈善事業の一環として、シリアから養子をもらった。それは「誇り」に思うほど普通ではない決断なのだ。私は、本来、こちらの裕福な側にいられる人間ではない。それなのに、選ばれるべき他の誰かの権利を不当に奪って今ここにいる。この手のアイの思考回路は、もはや、いい悪いの問題ではなくて、彼女の性質の問題なのである。

私は、長らく、自分が親に正当に愛されなかったのではないかという疑いを抱いていた。そんな疑念を恥ずかしいとも思った。両親からは、他人におすそ分けできるほどの愛情をもらった気がする。だが、それにしては驚くほど、私は自己肯定感が低かったのである。「妹の方が、母のお気に入りなのではないか」という小さな疑惑に執念深く拘ったりした。

で、私は『i (アイ)』を読んで、悟りを得た。親に慈しまれなかったわけでは決してない。ただ単に、私が「非常に疑り深」かったのである。本当に愛されているのか、自分自身に愛される価値があるのかを疑う癖がつき、それが今でも、恋をするたびに相手を試すクセにつながっている。

だけど、それは私が弱いからではない。繊細に生まれただけなのである。その気づきは、私にとっては「赦し」にも感じられた。

ネットの向こうで誹謗中傷を繰り返す人の中にも、繊細に生まれついてしまった人がいるかもしれない。それ自体はいい悪いの問題ではない。生まれつき強い人もいれば、生まれつき繊細な人もいるというくらいの、性質の問題にすぎない。私たちは弱いのではない。繊細なのである。そこに気づくのがとても重要なことだ。

そうでなければ、自らの繊細さを弱さと感じ、強い人への強烈なあこがれを持つことになる。だけどね、本田圭佑氏とかね、ダルビッシュ有氏とかね、ああいう生まれ持っての強い人を、「鋼鉄のメンタル」なるものを、私たちが真似しちゃいけないのですよ。(「鋼鉄のメンタル」は、奇しくも、木村花さんの母の響子さんが、SNSで暴力にさらされる娘の防波堤たらんとして、放った言葉でもある。)いや、すみません。圭佑氏も、ダルビッシュ氏も、脆いところも、傷つくことももちろんあるんだと思うよ。鋼鉄のメンタルなんて決めつけるのはよくないけど。

とにかく、生粋の繊細さんが、生まれもってのメンタル強靭族になろうなんて無理。そうしたい、でもできない。その思いはストレスとして体内に蓄積し、歪んだ正義感となって発揮され、誰かに刃を振るうのかもしれない。

繊細な人は、その性質のまま、強くなることだってできるはずだ。強い人は、痛みに耐える力に優れている。一方、繊細な人は、痛みに対する感度が高い。それは全く異なる才能である。痛みに無自覚な超人になろうとする必要はない。むしろ、自らのその精巧な「痛みセンサー」をとことんまで磨き上げ、自己ではなく他者の痛みを拾い、それを自らの痛みとして想像する。それが私たちの進むべき道。そうすることでのみ、私たちは強い人になれるのだろう。

ちょっと待って。この結論。超ナイーヴ。現実主義と合理主義を貴ぶ36歳のキャリア女性がいうべきことじゃない。世間知らずの少女ですらいわない。気が弱い私は読み返す勇気もなく、一旦ここで退散させていただきます。

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山口真由『東大首席・ハーバード卒NY州弁護士が実践! 誰でもできる〈完全独学〉勉強術』(SBクリエイティブ刊)

桁違いの実績を実現したものこそ、「教科書を7回読む」という著者ならではの方法論。実際、塾に通ったり家庭教師についたりしたことは過去一度もなく、1冊の教科書にこだわり7回読み抜いてきたのです。そのシンプルにして合理的、かつ安上がりな独学法のすべてを惜しみなく公開。

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永田夏来/pha/藤沢数希/山口真由/酒井順子『「結婚・妊娠・出産」って最後の宗教みたい』

「子どもを持って初めて成長できる」。 印籠のようなこのセリフを否定するつもりはありませんが、でも、誰もが当たり前のように結婚して、子どもを産む時代は終わりに近づいているように思います。 それでも、非婚も子ナシもまだまだマイナーな選択なのでしょう。 王道のライフコースを選ぶ人生と選ばない人生。 そこにうずまく不安、安堵、諦念、自由……。 気鋭の学者、作家たちが、「結婚」と「出産」にまつわる社会の本音をあぶりだします。

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山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任准教授。『「超」勉強力』(プレジデント社、共著)『いいエリート、わるいエリート』(新潮社)、『ハーバードで喝采された日本の強み』(扶桑社)など著書多数。『東大首席弁護士が教える超速「7回読み」勉強法』(PHP研究所)の文庫版も出版された。 山口真由オフィシャルブログはこちら

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