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感染爆発〈パンデミック〉の真実

2020.03.16 公開 ツイート

『隠されたパンデミック』より一部公開

感染者を差別し、マスク不足で殺気立つ市民の姿が、10年前の小説に…! 岡田晴恵

いま、テレビで見ない日はない、ウイルス学の第一人者、岡田晴恵氏。
実は、岡田氏は、10年前に自身の小説の中で、「弱毒性インフルエンザ」の流行によって起こるパンデミックを描いている。
なんと、小説の中で繰り広げられる社会的混乱の数々は、新型コロナウイルスによって起きている、今のパンデミックの様相そのものだ。

日本は……世界は……、いったいこの先、どうなるのか?
「弱毒性」でも混乱を極めるのに、もしこの先、致死率の高い「強毒性」のウイルスが発生したらどうなってしまうのか?
岡田氏の小説には、人類が生き延びるヒントがあるかもしれない。

小説『隠されたパンデミック』より、「市中感染」が始まり、マスク不足で人々が殺気立つ様子を描いたシーンを公開する。

*  *  *

――主人公は、新型インフルエンザ対策に奔走しているウイルス学者・永谷綾。致死率の高い「強毒型」インフルエンザがもし起こってしまったら、社会が崩壊する! 危惧した永谷は、厚労省の新型インフルエンザ対策の不備を追及し、本省を追われてしまった。そこへ、「弱毒型」のインフルエンザ(H1N1)が発生! ――

国内初の感染者。混乱する国民たち

ついに、米国帰りの高校生への感染が、成田空港の検疫で見つかった。

感染が確認された本人と、その人と濃厚に接触したと考えられた人たちの隔離、停留が行われた。“入国手続きをする前”に措置が取られたとの理由で、国内発生ではないと発表された。

そして、それに続き、神戸市内で複数の高校生が感染していることが確認されたが、この高校生は、海外からの帰国者ではなく、普段の生活の中で集団感染したものだった。つまり、「市中感染」である。

神戸市内での高校生らの感染に続いて、大阪でも高校を中心とした集団感染の報告がなされ、また報道は、新型インフルエンザ一色となった。

しかし、綾は、感染事例の報道が、まるで事件報道のような様相を示して熱を帯びてきているのを、危険に感じ始めていた。

感染者は、被害者であるはずなのに、「うつす可能性がある」「うつされたら大変だ」そんな心理を人の心に呼び起こす。感染者の出た学校や職場に、中傷メールや電話が来たという。あたかも感染者自身や感染者を出した学校や職場の責任者までが、犯罪者であるかのように追及され、謝罪が求められた。

これも感染症の怖さの一面なのである。

伝染病は、罹った者が社会からも追い詰められる。病気そのものの苦しさだけでない苦痛が付きまとうこともあるのだ。過去のペストやハンセン病、エイズなどと同じような差別に結びつく状況が、21世紀の日本でも起こっているのだ。しかも、メディアがこれを助長していることが危惧される。綾は、感染者への理解を繰り返し説く努力を、番組で試みた。

(写真:iStock.com/LewisTsePuiLung)

ちょうどこの頃、神戸や大阪では、マスクが品切れとなって、市内のどこに行っても買えない状況に陥っていた。

大手スーパーチェーンのチェリーマートでは、リスク管理部の城嶋が陣頭指揮を執って、店舗での新型インフルエンザ対策が動いていた。

チェリーマートは日本国内でも先駆的に新型インフルエンザ対策をやってきている。新型インフルエンザ発生時にも、自分たちは、食糧や生活必需品をお客様に届けるライフライン維持者であるという自覚を持って事前対策をやってきていた。

今回も、チェリーマートでは、H5(=強毒型ウイルス)の対策を緩めて、混乱なく新型インフルエンザ弱毒型のH1型に即座に対応していた。城嶋は、大阪や神戸などの感染者が発生した商区では従業員にマスクをさせることにした。

だが、マスクが店頭で品切れになったとき、レジの女性従業員に中年の男性がくってかかった。

「なんでおまえがマスクしとんねん。おまえの分のマスク売らんかい!

怯(おび)えたパートの女性から連絡を受けた店長が、走ってやってきて、その男性に説明する。

「すんません。これは万が一にも従業員が感染して、潜伏期で気がつかない場合でも、お客さんにうつすことのないように、従業員用に揃えてありますもので。どうぞご理解をよろしゅうお願いいたします」

店長が頭を下げて、一生懸命に説明すると、それを取り巻くように人だかりができていた。皆、マスクの品切れに殺気だっている。その中の女性が声を荒らげた。

「ほな、マスクはいつ来んの?」

その翌日、午前中に入荷したマスクも、従業員が段ボール箱から、商品棚に並べようとしたとたん、一斉にマスクを求める人々にとり囲まれて、箱の中からなくなってしまった。

チェリーマートでは、発生地域の店舗だけでも、数万人の従業員が働く。店員の接客用マスクの在庫も、今後の流行期間を考えれば、不安の材料である。城嶋は、マスクの再利用の手立てはないか? と綾に問い合わせてきた。

「電子レンジでチンしたら使えるでしょうか? どうでしょう」

城嶋の気持ちは十分理解できるが、綾としては、「使い捨てが原則です」を繰り返すしかない。

綾の出ている番組でも、マスクを買うために長蛇の列に並ぶ女性のインタビューが流された。

それを見た綾は、人ごみを避けることが大切なのに、マスクを求めて人だかりができたり、また繁華街を探しまわることは、感染のリスクを上げることになると考えて、ひどく気落ちしていた。やはり、市民は、新型インフルエンザの本当のところが、わかっていないのだ。

新型インフルエンザだけでなく、咳やくしゃみなどで飛沫感染する呼吸器感染症についても、その性質や怖さが理解されていない。綾は画面に映る人のいいおばさんといった女性の顔を見つめながら、そう実感した。

「孫が学校に行くんにマスクがいるんよ。会社に行く息子にもいるんよ。せやから、神戸中さがしとんよ」

インタビューに答えた女性はそう言って、

「どこに売ってんのか、知っとお?」

と、逆に記者に質問をしていた。綾は、こうやって人ごみを歩いて、自分が感染したら、同居の家族にもうつすことになるのにと、泣きたい気持ちで見ていた。

神戸市内でのマスク不足もあって、マスクの効能についての番組が異常に増えたようだった。いろいろなマスクの詳細な機能や効果、さらにマスクのつけ方から外し方、捨て方まで、番組が作られていた。

だが、その同じ番組のいくつかで、キッチンタオルを使った手作りマスクの実演が放送された。「キッチンタオルを蛇腹に折って、輪ゴムをホチキスで留めて作る」と番組では説明している。綾は、このマスクの効果はあまり見込めないからと、反対の姿勢を示したため、この番組の出演は立ち消えになっていた。

品薄で困った挙句のやむなしの活路かもしれないと、番組を見ながら綾は唇を嚙んだ。

メインキャスターの男性が、一応自分で作って、不格好にしてみせながらも、「これ、効果ないんじゃないですか?」とコメントをして、釘をさしてくれたことが救いのように思われた。

「いえ、先生やお母さんの心がこもっていますから!」

だから効果があるとばかりに声を張り上げた同席者は、自治体の感染症対策の責任者だった。

関連書籍

岡田晴恵『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』

南の島で強毒性新型インフルエンザが発生した。感染した商社マン・木田は帰国4日後に死亡。感染症指定病院や保健所は急いでパンデミックに備えるが、瞬く間に野戦病院と化す。R病院副院長・沢田他、医師の間に広がる絶望と疲弊、遂には治療中に息絶える者も。科学的根拠を基にウイルス学の専門家が描いた完全シミュレーション型サイエンスノベル。

岡田晴恵『隠されたパンデミック』

ワクチンが足りない!情報が操作されている!ウイルス学者・永谷綾は、厚労省の新型インフルエンザ対策の不備を追及、本省を追われる。同時期に、“弱毒型”インフルエンザが発生、同省の対策の甘さが露呈した。もし今“強毒型”が流行したら、被害は何百倍にもなる。綾は、政界や経済界に直訴を始めた。厚労省の闇を暴く、問題の社会派小説。

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感染爆発〈パンデミック〉の真実

世界的な新型コロナウイルスの大流行で、我々はいまだかつてない経験をしている。

マスクやトイレットペーパーが売り場から消え、イベント自粛や小中高休校の要請が首相から出され、閉鎖した商業施設もあれば、従業員の出社を禁止する企業も出ている。

そこで毎日、メディアに引っ張りだこなのがウイルス学の岡田晴恵教授。

なんと岡田氏は、10年前に自身が書いた小説の中で、まさにこうなることを、予言していた!

そこで、この2つの小説、『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』『隠されたパンデミック』を、緊急重版かつ緊急電子書籍化した。

バックナンバー

岡田晴恵 医学博士 感染免疫学・ワクチン学専門

白鴎大学教育学部教授。元国立感染症研究所研究員。医学博士。専門は感染免疫学、ワクチン学。「新型インフルエンザ完全予防ハンドブック」「H5N1」「隠されたパンデミック」(以上、幻冬舎)、「人類vs感染症」(岩波ジュニア新書)、「感染爆発にそなえる――新型インフルエンザと新型コロナ」(共著、岩波書店)、「強毒型インフルエンザ」(PHP新書)、「なぜ感染症が人類最大の敵なのか?」(ベスト新書)、「感染症とたたかった科学者たち」(岩崎書店)、「うつる病気のひみつがわかる絵本シリーズ」(ポプラ社)、「学校の感染症対策」(東山書房)など著書多数。

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