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オトコ・マンガ/オンナ・マンガの世界

2019.12.24 更新 ツイート

最終回

オトコ・マンガ、オンナ・マンガの過去・現在・未来中川右介

主人公、作者、読者の性別の変化

少年マンガ(青年マンガも含む、男性向きのマンガ雑誌に掲載されるマンガ)と、少女マンガ(レディース・コミック、ヤングレディ向けも含む、女性向けのマンガ雑誌に掲載されるマンガ)は、最初は読者の性別が違うだけだった。

だが、どちらも男性マンガ家が描いていたので、1960年代なかばまでは、
 

少年マンガは、男が主人公で、男が描いて、男が読むもの

少女マンガは、女が主人公で、男が描いて、女が読むもの
 

という構図だった。少年マンガは最初から、主人公・作者・読者の性が一致していたが、少女マンガにおいて三者の性別が一致するのは、1960年代なかばまでかかった。

マンガ雑誌が男女とも増え、少年誌での仕事がないので、仕方なく少女マンガ誌に描いていた男性マンガ家は、少年マンガへ行き、「いまどきの女の子の気持ち」は、いまどきの女の子にしか分からないと気付いた少女マンガ誌の編集部が、積極的に10代の女性マンガ家を発掘、育成していったことで、1960年代末に、
 

少女マンガは、女が主人公で、女が描いて、女が読むもの


となった。

ところが、こうして誕生した女性マンガ家の一部が、美少年を主人公にしたマンガを描くようになった。
 

男が主人公で、女が描いて、女が読む、少女マンガ
 

の誕生である。

 

この「美少年マンガ」の一部がさらに先鋭化してBLへ発展する。

作者が男だった時代が終わり、女が作者になると、主人公が女から男へと変化したのだ。

 

一方、少年マンガ誌では、「女が主人公」のマンガは、少ないままだ。

少年マンガ誌への女性マンガ家の進出も、1970年代なかばに、里中満智子、萩尾望都、竹宮惠子らが実現したが、一過性の試みで終わった。

当時はまだマンガ全体のなかで、少年マンガのほうが少女マンガの上にあったので、当時の女性マンガ家にとっては、「少年マンガ誌に描く」のは、「描きたいマンガを描く」こともさることながら、キャリアアップを意味していた。

やがて少女マンガがジャンル全体として、その文学性において少年マンガを凌駕すると、女性マンガ家にとって、「少年マンガ誌に描くこと」は、キャリアアップではなくなった。

壁から垣根へ

1980年前後から、すでに読者は、男女の壁を乗り越え、少女マンガを読むオトコもいれば、少年マンガを読むオンナもいた。

マンガ家にとっても、少年マンガ・少女マンガの境界にそびえ立っていた強固な壁は、垣根のような低く緩いものになっていた。

(写真:iStock.com/Dmitrii_Guzhanin)

垣根は、壁とは異なり隙間だらけなので、その向こう側が見える。服が汚れたり擦り傷ができたりするのを覚悟すれば、乗り越えることも可能だ。

オンナであっても少年誌に少年マンガを描けるようになったし、オトコでも少女マンガを読むようになった。

そういう状況を見据えて、1980年代前半には、竹宮が柱となって「少年誌・少女誌の垣根を超える」マンガ雑誌として、「DuO」(朝日ソノラマ)や「少年/少女SFマンガ競作大全集」(東京三世社)などが創刊された。

しかし大手版元はこの路線は採らず、マンガ雑誌は男女別のまま、対象とする読者の年齢層を細分化し、点数を増やしていく道を採った。

男女混合マンガ誌はマニアックなものに留まり、拡大せず、長くは続かなかったのだ。

1980年代なかばが、ひとつの分岐点だった。マンガ雑誌は読者を男女混合化する機会を逸したのである。

男女間の壁の崩壊が、逆に「オトコ・マンガ」「オンナ・マンガ」の分化につながった。

壁であれば、女性たちは団結して打ち壊さなければならないが、垣根であれば乗り越えられるので、戦う必要はなく、越えたい者が越えたい時に越えていけばよくなったのだ。

高橋留美子のように、最初から少年マンガを描く女性マンガ家も登場した。彼女は少年マンガを描きたかったので、少年マンガ誌に描いている。

タイプは異なるが、柴門ふみも少年マンガ、青年マンガ誌に連載したが、単行本は女性読者をターゲットとしていた。

スポーツマンガやファンタジーマンガを少年誌に連載する女性マンガ家は珍しくはないが、多くが男性を思わせるペンネームで描いており、「男が描いていると擬装したほうがいいと思われている」状況はある。

このように、女性マンガ家たちは、いろいろな生き方ができるようになった。

男女の分化はいつまで続くのか

マンガに限らず世の中のあらゆる分野で、男女の間には壁があり、それは常に女性の側から破られてきた。

その結果、女性は「女だけの世界」と「男女差別のない世界」の2つを行き来できるようになった。しかし男性は、現代社会においてタテマエ上は「男だけの世界」は許されないので、「男女差別のない世界」でしか生きられない。

そのなかでは、少年マンガ=オトコ・マンガは、数少ない「男だけの世界」として残されている。

もちろん少年マンガ誌とて、完全な女人禁制ではない。「読みたければオンナも読んでいいけどさ、あくまでオトコが楽しむために描かれているんだから、そこんとこ、よろしくね」という形で、女性に開かれている。

たとえば、あだち充のマンガは、ラブコメとして女性にも共感が持てるキャラクターとストーリー展開だろうが、毎回、男性読者へのサービスカットとして、ストーリーに関係なく、女の子の下着や水着姿がインサートされる。これは、オトコ・マンガであることの確認作業として、必要なのだろう。

法的・制度的な男女平等が、戦後70年をかけて進むにつれ、世の中全体で「男性らしさ」「女性らしさ」も曖昧になってきたが、最も量的に多く提供されているフィクションであるマンガは、外見上は、読者の性別を分けたパッケージで流通している。

マンガ家と読者は、とっくに男女の垣根を乗り越えているが、発表媒体である雑誌は、男女別のままで、その単行本であるコミックスのレーベルも、男女別である。

マンガは、「ネットで読む」という人が多くなっているが、そのネット書店でも、男性向け・女性向けに分類されている。

本当に、そういう分類は必要なのだろうか。

壁ではなく垣根になったが、その垣根も取り払ってもいいのではないか。

いや、その垣根だって、出版社と書店が「あるように見せかけている」だけで、すでに実態はない。

書店のマンガコーナーに行くと、少年マンガのコーナーに女の子がたくさんいる光景を目にする。少年マンガが「男だけの世界」というのも、男性がそう思っているだけで、すでに幻想である。

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オトコ・マンガ/オンナ・マンガの世界

いまや世界を夢中にさせているマンガの世界。その発祥をたどると「オトコ・マンガ」と「オンナ・マンガ」に別れ、男女の壁が当然のように存在する。日本の女性は「オトコ・マンガ」をほぼ読まず、男性は「オンナ・マンガ」を読まずに大人になった。この交じり合わない男女像が、今の男女不理解に影響を与えている……!? マンガ独特の歴史をたどりながら日本社会を語る画期的論考。

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中川右介

1960年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。出版社IPCの編集長として写真集を中心に美術書を編集、ソ連の出版社とも提携した。後、出版社アルファベータを設立し、代表取締役編集長に(2014年まで)。ドイツ、アメリカ等の出版社と提携し、音楽家や文学者の評伝や写真集を編集・出版。クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガなどの分野で旺盛な執筆活動を続ける。おもな著書に『十一代目團十郎と六代目歌右衛門』『坂東玉三郎』『カラヤンとフルトヴェングラー』(以上、幻冬舎新書)、『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)、『サブカル勃興史』(角川新書)、『1968年』(朝日新書)などがある。

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