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オトコ・マンガ/オンナ・マンガの世界

2019.12.17 更新 ツイート

第20回

少女マンガの文学化と、文学の少女マンガ化中川右介

栗本薫『ぼくらの時代』『ぼくらの気持』における少女マンガ

「少女マンガ」が文芸評論の対象となったのは、1979年刊行の橋本治『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』あたりからだが、その前後から、少女マンガを読んで育った世代が作家としてデビューしている。その最初が中島梓=栗本薫だ。

中島は竹宮惠子の3歳下の1953年2月生まれで、マンガ、小説、映画、演劇という「物語」を愛する少女だった。中学2年生の1966年12月に「COM」が創刊されると、さっそく彼女もマンガを描いて投稿したが、採用されることはなかった。

 

早稲田大学文学部文芸科に入り、ワセダミステリクラブに所属した。1977年に中島梓名義の『文学の輪郭』で群像新人文学賞評論部門を、翌78年に栗本薫名義のミステリ『ぼくらの時代』で江戸川乱歩賞を受賞した。
 


1970年代後半は、文学に新しい風が吹いている時期だった。76年に村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が群像新人賞を受賞し、さらに芥川賞も取る。79年には村上春樹の『風の歌を聴け』が群像新人賞を受賞した。

そんな時代に、中島梓=栗本薫は評論と作家の両方でデビューし、56年という短い生涯に400冊以上の本を書く。

栗本薫としての作家デビュー作となった『ぼくらの時代』は、ロックバンドをやっている3人組の大学生が主人公で、彼らのバンド名は「ポーの一族」という。

1979年6月刊行のシリーズ第2弾『ぼくらの気持』は、人気絶頂の少女マンガ家が殺されるという事件で、当時の少女マンガ界が戯画的に描かれている。マンガ界を描いた小説としても最初期のものだろうが、その舞台となるのは、少年マンガではなく、少女マンガだったのである。同書「あとがき」には「アドヴァイスをくださった」として竹宮惠子への謝辞がある。

では、2人はどこで出会ったのか。

中島梓=栗本薫と竹宮惠子の「JUNE」という運動

栗本薫『ぼくらの時代』は1978年9月に刊行され、ベストセラーになった。その直後の10月に、「JUNE(ジュネ)」という雑誌が密やかに、創刊され(創刊当初は「COMIC JUN」)、一部の女性たちに熱く支持された。


「JUNE」は「日本最初の女性向けの男性同性愛を描いたマンガと小説の専門誌」である。版元は、SMやゲイの雑誌を出していたサン出版(現・マガジン・マガジン)で、ワセダミステリクラブでの中島の一年後輩の佐川俊彦が企画した。

佐川は、竹宮惠子や萩尾望都、大島弓子、木原敏江、青池保子らのマンガを愛読し、彼女たちがなぜ男同士の愛を描くのだろうと興味を持っていた。そして彼女たちのマンガが若い女性たちに支持されていることも知っていた。そこで、そういうマンガばかり載せる雑誌を企画し、さらに小説も載せようと考えて、旧知の中島にブレーンになってもらったのだ。

竹宮惠子は『風と木の詩』を連載中だった。美少年たちの友情を超えた愛憎のドラマを描き、その同性愛の描写は熱烈な支持を得る一方で、批判もされていた。そこで竹宮はこういう雑誌が出るのは自作への援護射撃となると考え、この雑誌に参加する。中島梓=栗本薫は、ミステリやSF、ファンタジーだけでなく、男性同性愛を描く小説も多数書いているのだ。

こうして竹宮と中島を主軸に、「JUNE」は創刊された。2人は作品を描くだけでなく、後進の指導にもあたった。「JUNE」は休刊していた時期もあるが、1996年まで続く。

この雑誌の誌上で「BL」(少年愛)という言葉が生まれたわけではないが、少女マンガともレディースコミックとも異なる、BLの起源はここにあるとされている。BLは、マンガ、小説からさらにアニメ、ドラマなどへ拡大し、一大ジャンルになっていく。

少女マンガは男性読者も入れる世界だが、BLは「男子禁制」のイメージが強い、オンナだけの世界として確立された(もちろん、愛読している男性もいるだろうが)。

「少女マンガのような小説」を書く女性作家の登場

「少女マンガのような小説」のイメージのある新井素子(1960~)は、中島梓・栗本薫と同時期の1977年にSF専門誌「奇想天外」の新人賞で『あたしの中の……』が佳作となり、デビューした。しかし新井の独特の文体は、少女マンガからの影響ではなく独自のもので、現在のライトノベルの文体の創案者とも言えるし、むしろ、新井素子の小説が次世代の少女マンガに影響を与えているとも言える。

「少女マンガのような小説」といえば、新井素子の本も出していたコバルト文庫である。その代表的な作家だった氷室冴子(1957~2008)は、自ら萩尾望都の影響を受けたと語っていたし、正本ノン(1953~)は大島弓子のファンとして知られている。

戦前からの「少女小説」が、「ジュニア小説」になり、コバルト文庫などのライトノベルへと発展していったが、少女マンガの影響は個別に指摘するのが無意味なくらい、渾然一体となっている。

そして、純文学の世界にも、少女マンガは影響していく。

1985年に、『ベッドタイムアイズ』でデビューした山田詠美(1959年~)になると、マンガ、それも男性向けのエロマンガでデビューしてから小説家になるという経歴を持つ。マンガの影響を受けたも何もない。

山田の次の1960年代なかば以降に生まれ、中産階級に育ち、小学生の頃から少女雑誌を買い与えられた世代は、「24年組による革命」(その多くが1970年前後にデビューしている)以降のマンガを読んで育っていた。

1964年に生まれ、87年にデビューした女性作家が、吉本ばなな、江國香織だ。2人とも、父親が著名な文筆家だが、その作品が「少女マンガのよう」と評された点でも共通する。2人とも、少女マンガを読んでいたことを公言している。

かくして、1960年代以降に生まれた世代が自分の思うように小説を書けば、それは少女マンガのようになるのは必然だった。

ここで言う「少女マンガのよう」とは、「出生の秘密」「継母のいじめ」「他愛のない学園ラブコメ」「ライバルと、その嫉妬といやがらせ」といった通俗・低俗なストーリーのことではない。

「24年組の革命」以後の少女マンガである。

少女マンガの技法上の革命

「24年組」の革命は、SFや美少年ものを描けるようになったことだけではない。

少女マンガ全体が、吹き出しのなかにあるセリフではない、モノローグの多用による内面の発露、演劇や映画に匹敵する、表情やちょっとした仕草による「気持ち」や「性格」の描写もなされるようになり、徹底的に洗練されていった。

少女マンガはその少年マンガとは異なる技法の確立によって、1970年代になると、私小説やエッセイのような作品も増えてきた。

このように少女マンガが文学化していたので、それを読んで育った世代が書く小説が「文学に影響された少女マンガを経由しての文学」になるのは当然だった。

少女マンガも多様化していくが、現代社会に生きる等身大の人びとの日常を描くフィクションとして、技巧は洗練され、テーマは深まり、題材は多彩だった。それゆえ、テレビドラマや映画の原作になる。

小説や映画、演劇よりも下位にあったマンガ、そのなかでも少年マンガや青年マンガよりも下位にあった少女マンガは、小説や映画、演劇、テレビドラマに先行するジャンルとなった。

少年マンガは、セリフによって状況と登場人物の気持ちを説明し、アクションでストーリーを展開していくものとして生まれ、その形を維持して発展した。

1960年代なかばの劇画の登場で、その絵はリアルさを得たが、内面を掘り下げる方向には向かわなかった。デューク東郷の内面は誰にも分からない。

少年マンガ・青年マンガは、エンタメとしてハリウッド映画に匹敵するスケールと、魅力的なキャラクターやメカ、計算され尽くしたストーリーを得た。アニメにもなりやすく、メディアミックスにより巨大ビジネスとして成長していくが、純文学的少年マンガという方向へはいかない。

きわめて乱暴に言えば、少年マンガ=オトコ・マンガは産業化し、少女マンガ=オンナ・マンガは文学化したのである。

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オトコ・マンガ/オンナ・マンガの世界

いまや世界を夢中にさせているマンガの世界。その発祥をたどると「オトコ・マンガ」と「オンナ・マンガ」に別れ、男女の壁が当然のように存在する。日本の女性は「オトコ・マンガ」をほぼ読まず、男性は「オンナ・マンガ」を読まずに大人になった。この交じり合わない男女像が、今の男女不理解に影響を与えている……!? マンガ独特の歴史をたどりながら日本社会を語る画期的論考。

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中川右介

1960年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。出版社IPCの編集長として写真集を中心に美術書を編集、ソ連の出版社とも提携した。後、出版社アルファベータを設立し、代表取締役編集長に(2014年まで)。ドイツ、アメリカ等の出版社と提携し、音楽家や文学者の評伝や写真集を編集・出版。クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガなどの分野で旺盛な執筆活動を続ける。おもな著書に『十一代目團十郎と六代目歌右衛門』『坂東玉三郎』『カラヤンとフルトヴェングラー』(以上、幻冬舎新書)、『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)、『サブカル勃興史』(角川新書)、『1968年』(朝日新書)などがある。

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