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オトコ・マンガ/オンナ・マンガの世界

2019.12.03 更新 ツイート

第18回

女性シンガーソングライターと女性マンガ家の同時性中川右介

女性シンガーソングライター誕生と女性マンガ家の同時性

竹宮惠子と萩尾望都が少年誌に進出した1977年前後は、音楽の世界でも、松任谷由実と中島みゆきといった女性シンガーソングライターが、第一線に躍り出た時期でもある。

ユーミン・みゆきに先駆け、日本最初の女性シンガーソングライターとなっていたのが、加藤登紀子(1943~)である。東大在学中の1965年に日本アマチュアシャンソンコンクールで優勝し、翌1966年にレコード・デビューし、最初はプロの作詞家・作曲家が作った曲を歌手として歌っていたが、やがて自分でも作りたくなる。しかし周囲の音楽関係者は「女には作詞はできても、作曲はできない」と、相手にしなかった。

 

それでも加藤は1969年に自ら作詞作曲した『ひとり寝の子守唄』で、「女でも作曲できる」ことを実証した。ちょうど、「女には構想力と想像力が欠けているから、少女マンガも男が描いたほうがいい」と、リベラルな評論家が堂々と書く一方で、竹宮や萩尾がデビューした頃でもある。

音楽の世界での女性シンガーソングライターの登場と、少女マンガでの革命は同時期に起きたのだ。

その最初期に登場した女性たちは「女でもマンガが描ける、女でも作曲できる」ことを証明するところから始めなければならなかった。

先駆者が道を作ったところに、次の世代が登場する。

松任谷由実(1954~)は荒井由実として1972年にデビューし、最初はヒットしなかったが、75年10月発売の『あの日にかえりたい』がオリコンの週間チャートで初の1位となった。76年11月に松任谷正隆と結婚し、いったん引退同然となるが、78年3月に松任谷由実としてアルバム『紅雀』をリリースして、復帰した。

中島みゆき(1952~)は1975年にヤマハ音楽振興会のポピュラーソングコンテストで入賞し、9月にデビュー、10月に同コンテストで『時代』がグランプリを取り、第一線に躍り出た。

音楽の世界も、作品を発表する媒体(レコード会社、放送局、興行会社など)は圧倒的な男性優位社会だったが、タテマエとしては女性にも門戸は開かれていた。彼女たちはそういう世界へ乗り込み、ポジションを得ていった。

音楽にも、「男性向け」「女性向け」はある。しかし「男が作った作品を男が買う」とは限らず、むしろ、男性アイドルの作品は女性が買うように、作り手と受け手の性別は、一致しない。

松任谷由実も中島みゆきも、そのファンは女性だけではない。彼女たちの作る歌は、女性が聴けば共感を抱くし、男性もフィクションとして楽しめ感動できるもので、女性のみに売るために作られたものではない。それは男性シンガーソングライターの作品も同じで、男性のみのための歌は作られない。

「女性の進出」が同時期に始まったとしても、マンガと音楽は発展の仕方が異なっていた。

そして、小説や映画、演劇の世界も、音楽と同じように、男性優位社会に女性が乗り込む形の発展をした。

マンガだけが、女性マンガ家の登場と飛躍と活躍の結果、少女マンガが芸術的にも商業的にも成功し、「オンナがオンナのために描く」ジャンルとして確立され、男性優位社会に女性が乗り込む必要がなく、男女が分離してしまったのだ。

 

最初から少年誌に描いた高橋留美子

竹宮惠子と萩尾望都の革命の後、最初から少年マンガ誌にデビューする女性が登場する。

高橋留美子(1957~)は、竹宮・萩尾とは学年で8つ下になる。新潟県で開業医の子として生まれた。兄が2人いたこともあり、幼少期から少年マンガを読んでいた。

自分もマンガを描くようになり、初めてペンで描いたのが小学6年生。初めて投稿したのが中学1年生で、「少年サンデー」に、童話をモチーフとした4コママンガの連作を10数枚描いて応募し、一次審査は通過できたが、そこまでだった。

高橋は竹宮・萩尾と同じように少年マンガで育ったが、2人とは異なり、最初から少年マンガ誌に投稿していたのだ。「女は少女マンガを描かなければデビューできない」と考えなかったのは本人の資質もあるだろうが、時代も変わっていた。

県立新潟中央高校へ進学すると、同級生にマンガ好きの近藤ようこ(1957~)がおり、2人で漫画研究会を設立した。

筒井康隆を愛読していたので、その影響でスラップスティックSFマンガを描くようになり、高校2年の年に「少年マガジン」に投稿したが、採用されなかった。

高橋留美子は1976年に日本女子大学文学部に入学すると、ここでも漫画研究会を設立、さらに小池一夫の劇画村塾に入り、小池に師事した。大学在学中の1978年、小学館の「新人コミック大賞少年部門」に『勝手なやつら』を応募すると、佳作を受賞した。

『勝手なやつら』はスラップスティックSFで、「少年サンデー」1978年28号に掲載されると、読者アンケートで人気上位となった。そこで、同年39号から『うる星やつら』の短期連載が始まる。これも好評だったので、さらに続けることになったが、在学中だったので毎週の連載は無理だと、月に1回の連載になった。80年に大学を卒業すると、『うる星やつら』は毎週掲載されるようになり、1987年まで続く。

 

青年誌に描き、女性が読んだ柴門ふみ

一方、「少年マガジン」でも、高橋留美子と同年生まれの女性マンガ家、柴門ふみの『P.S.元気です、俊平』が1981年から始まっている。

柴門ふみ(1957~)は徳島県出身で、お茶の水女子大学教育学部に入学し、上京した。同大学の漫画研究会に入り、同人誌に描くようになる。柴門ふみが影響を受けたとしていてるのは、一条ゆかりの『デザイナー』なので、竹宮・萩尾の路線とは異なる。

在学中から弘兼憲史のアシスタントをしており、その関係で、卒業後の1979年に「少年マガジン」増刊号に『クモ男フンばる!』でデビューした。

高橋のように新人賞を経てデビューする新人もいるが、柴門のようにアシスタントをして編集者と知り合いになり、デビューする道もあった。

柴門ふみは1980年に弘兼憲史と結婚し、81年から「少年マガジン」で『P.S.元気です、俊平』という浪人生(物語の途中から大学生)を主人公にした恋愛ものを連載し、これがヒットした。

高橋留美子は「少年サンデー」での『うる星やつら』と並行して、「ビッグコミックスピリッツ」の1980年11月創刊号から、もうひとつの名作、『めぞん一刻』も連載し、同誌のスタートダッシュに貢献し、87年4月までの長期連載となる。

『めぞん一刻』は通常のコミックスとして発行されたが、柴門作品はA5判だった。

柴門ふみも「ビッグコミックスピリッツ」に1986年10月から88年10月まで『同・級・生』、続いて『東京ラブストーリー』、『あすなろ白書』と描いて、3作ともフジテレビの「月9」枠でドラマ化される。テレビドラマのヒットもあって、単行本がベストセラーとなり、柴門ふみは「フーミン」の愛称で、松任谷由実と並ぶ「恋愛の教祖」となった。

いまなら、柴門のこの3作は「オンナ・マンガ」に分類されるだろう。連載されたのは青年誌だが、『同・級・生』『東京ラブストーリー』『あすなろ白書』は通常のB6判の「ビッグスピリッツ・コミックス」ではなく、A5判のおしゃれな文芸書っぽい装幀の単行本として刊行された。女性を狙った版元の戦略が見事に当たり、『東京ラブストーリー』は全4巻で250万部を突破する。

柴門の作品は、青年誌掲載でありながら、女性が単行本を買ってベストセラーとなる、珍しい例となった。

 

※毎週火曜更新

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小平市の細貝さん  『女性シンガーソングライターと女性マンガ家の同時性』 #竹宮惠子 #萩尾望都 #松任谷由実 #中島みゆき #加藤登紀子 #高橋留美子 https://t.co/Q7EHk2NA2Y 5日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  女性シンガーソングライターと女性マンガ家の同時性|オトコ・マンガ/オンナ・マンガの世界|中川右介 https://t.co/NAAgjFwOWN 6日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  高橋留美子さん登場。竹宮惠子さん、萩尾望都さんと違った点とは?(片) 女性シンガーソングライターと女性マンガ家の同時性|オトコ・マンガ/オンナ・マンガの世界|中川右介 - 幻冬舎plus https://t.co/NAAgjFOpOl 6日前 replyretweetfavorite

林けいこ  女性シンガーソングライターと女性マンガ家の同時性|オトコ・マンガ/オンナ・マンガの世界|中川右介 - 幻冬舎plus https://t.co/0WElbqdD3W 7日前 replyretweetfavorite

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いまや世界を夢中にさせているマンガの世界。その発祥をたどると「オトコ・マンガ」と「オンナ・マンガ」に別れ、男女の壁が当然のように存在する。日本の女性は「オトコ・マンガ」をほぼ読まず、男性は「オンナ・マンガ」を読まずに大人になった。この交じり合わない男女像が、今の男女不理解に影響を与えている……!? マンガ独特の歴史をたどりながら日本社会を語る画期的論考。

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中川右介

1960年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。出版社IPCの編集長として写真集を中心に美術書を編集、ソ連の出版社とも提携した。後、出版社アルファベータを設立し、代表取締役編集長に(2014年まで)。ドイツ、アメリカ等の出版社と提携し、音楽家や文学者の評伝や写真集を編集・出版。クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガなどの分野で旺盛な執筆活動を続ける。おもな著書に『十一代目團十郎と六代目歌右衛門』『坂東玉三郎』『カラヤンとフルトヴェングラー』(以上、幻冬舎新書)、『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)、『サブカル勃興史』(角川新書)、『1968年』(朝日新書)などがある。

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