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ぼくは、平熱のまま熱狂したい

2019.11.06 更新 ツイート

“細マッチョ”をめぐる冒険宮崎智之

日常生活を平熱のまま見つめ、言語化することを得意とする宮崎智之さん。なにげない日々のなかには静かな熱狂が埋まっているのです。

年の終わりが近づくと、雑誌「ターザン」を買いたくなる。翌年の目標を立て始める時期でもあり、来年こそは健康な生活をと思うからだ。年末になって格闘技のイベントがテレビ放送され始めると、ちょっとだけ筋トレしたりする。毎年この繰り返し。

ところが、この筋トレが続かない。ぼくは中学、高校とバスケットボールに打ち込み、大学のサークルでもやっていた(ほとんど飲み会だったけど)。よくひ弱に見られるものの、球技に限って言えばそんなに苦手ではない。スポーツは好きなほうだと思う。

ただし、それは対戦型のスポーツに限定される。つまり、身体を動かすのが好きというわけではなく、競技中に生じる相手との駆け引き、勝利に向けてどのように試合を運んでいくかといった、スポーツにおけるゲーム性が好きなのだ。だから、ただ単に身体を動かすエクササイズや筋トレなど、“自分と戦う系”の運動はどうも苦手である。

そんなんだから、年末にかけて盛り上がる筋トレ熱は、たいてい1か月もすれば冷めてしまう。「ターザン」で紹介されている筋トレを最後までこなすこともない。まあ1か月でもやらないだけマシか、と自分を慰めていたが、最近はそうも言っていられなくなってきた。

気がつけば、もう40代手前である。ぼちぼち身体の不調を訴える友人が増えてきた。ジムに通ったり、ランニングを始めたりする友人も多く、みんな身体を鍛え始めている。そんななか、ぼくは今、“細マッチョ”という概念に、自分でもうろたえるほど猛烈に惹かれている。細マッチョとは、いったいなんなのか。なぜこんなにも熱狂してしまうのか。それを語る前に、ここ1年ほどで起こった、個人的な体験を綴らせていただこうと思う。

 

まず、ぼくは昨年末に肋骨を折った。引っ越し作業中のことである。さぞ、重たい荷物を頑張って運び、テキパキと梱包を解いて部屋を整理し、その結果、名誉の負傷をしたのだろうと思うかもしれないが、そんな話ではまったくない。実際にはこんな感じだ。

引越し当日、新居には荷物が夕方に搬入された。準備で疲れていたこともあり、最低限の荷解きをして早々と寝ることにした。しかし、どうもうるさい。首都高速道路が近いため、二重窓になっていたのだが、室内側の窓が開いていたのである。寝る前に閉めなければいけない。

窓の前には段ボールが積まれていた。その段ボール越しに手を伸ばし、窓を閉めようとしたその瞬間、ゴリっという鈍い音がした。「痛て!」と思わず叫んだ。しかし、すでに疲れは限界に達しており、眠気に身を任せ、そのまま寝てしまった。次の日、痛みを訴えても、あまりに間抜けな理由のために妻は信じてくれなかった。ぼくも信じていなかった。

しかし、痛みはどんどん強くなってくる。時計を見ると、午後5時半過ぎ。そろそろ外来が閉まってしまう時間である。ぼくは、妻を説得する時間はないと判断し、iPhoneで近くの病院を調べて、ほとんど無言で家を飛び出していった。全治3か月だった。肋骨は、意外と折れやすいと後から聞いたけど、あまりにも弱すぎ身体に我ながら呆れた。そして、地道に開封作業を続ける妻から白い目で見られる気まずい日々が続くのであった。

長々と書いてきたが、この悲劇の裏には、もともと肩が痛かったということがある。肩が痛く、痛め止めを飲んでいたのだ。だから骨を折ってもすぐには気づかなかった。

そもそもなぜ肩が痛い、というかあちらこちら痛いのだろうかと、素人ながらに分析してみると、ぼくは姿勢が悪いのだ。昔から猫背を直せと親に叱られていたが、意識してもなかなか姿勢は良くならない。職業病でもあるんだからと、思い切って20万円もするオフィスチェアを買って改善しようとしたものの、その椅子にも疲れて長く座っていられない。資料を読むときには、平気で10時間以上もベッドで寝転がっている。まだ減価償却も終わっていないのに、思うように活用できていなくて悲しい。

これでは、さらに姿勢が悪くなるどころか、いろいろと健康にもよくなさそうだ。気休めにマッサージ店に行っても、その直後1日くらい楽になるだけで、根本的解決にはならない。

そんなわけで、ちょっと値段ははるものの、思い切って姿勢矯正を謳う整体に行ってみることにした。インターネットで調べてみると、近くにモデルやアスリートなども通っているという、意識が高そうな整体があった。なるほど、モデルも通っているのか。さすがは大東京。姿勢が直れば、スタイルがよくなって、かっこ良く見えるかもしれない。

ぼくは、可及的速やかに予約を取って、整体に向かった。マンションの一室というのも、いかにもプライベートサロン感があって期待が高まる。壁には、通っているモデルやアスリートの写真が飾ってある。担当してくれた整体師は、なにやら体を触ったり、写真を撮ったりして、ぼくの姿勢を点検した。どんな魔法のような施術をしてくれるのだろう。期待はピークに達する。しかし、それとは裏腹に彼女は少し渋い顔をしていた。

「施術は精一杯しますけど、そもそも筋肉が極端に少ないので、すぐ戻ってしまいますよ」

なるほど、筋肉か。やっぱり「ターザン」だったか。振り出しに戻った感じがあるが、面と向かって言われると、なんとも説得力がある。健康になるためには筋トレから逃れることができないのだ。しかし、である。壁に貼ってあるアスリートの写真を眺めていると、どうも違和感を覚える。「ターザン」にも同じ思いを抱いていた。その正体はなんなのか。

そう、ぼくはマッチョになりたくないのである。

これは、自分でもうまく説明しづらいのだけれども、大学生までは身長178センチで、体重は52キロくらいしかなく、レディースのパンツしか履けなかった。そのときは、ひ弱な自分を気にして気休めにプロテインとかを飲んでいたものの、年を重ねるにつれ、人より成長が遅かった3月生まれのぼくも、徐々に男性らしい体型になっていった。それを実感した時、なぜか強い嫌悪感を覚えたのだ。もともと体育会系的なノリは好きじゃないし、争いを好まないので殴り合いの喧嘩なんて絶対にしない。頼もしさがないと言われたこともあるけど、いわゆる男性的な頼もしさを求められることも嫌いだった。

関係ないことだが、男性は機械と地図に強いと思われがちなのも納得いかない。機械音痴、方向音痴のぼくからすると、そんなことを性差で語られて期待されても困るだけだ。とくに方向音痴は筋金入りで、店から出たらどっちから来たのかわからなくなり、平気で道を逆走する。地図アプリのナビゲート機能を使ってもよくわからないし、三半規管が弱いから画面を見ていると酔う。そのせいでタクシー移動が増えて、出費が馬鹿にならない。

話を戻すと、そんな頼もしさの欠片もないぼくは、自分の身体が頼もしくなることに強い違和感を覚える。下手にマッチョになって、頼り甲斐があるなんて思われたら最悪だ。

もちろん、真剣に筋トレに取り組んでいる人から言わせれば、そう簡単に人はマッチョになったりしない、ということなのだろう。科学的にトレーニングし、食事や休息に気を使ってもなお、簡単に筋肉は肥大化したりはしないと聞く。しかし、それでも目的が筋肉美を備えるための訓練なのだと思うと、どうもしてもテンションが上がらない。そうか。書いていて気づいたけど、だからぼくは筋トレが続かないのだ。ぼくは決して怠惰などではなく、思想信条としての筋トレに、どうしても乗れないのである。

そんな時である。ある画期的な解決策が舞い降りてきたのだった。

細マッチョーー。ふと、そんな言葉が頭に浮かんだのだ。そうだ。そういえば、日本には細マッチョという概念があるではないか。細いのにマッチョ。マッチョなのに細い。「小さな巨人」みたいな撞着語法をはらんだ概念だが、細マッチョという言葉は、ぼくのような生き方自体に矛盾を抱えた人間には、一種抗いがたい誘惑を覚える語感である。

そうか、ぼくは細マッチョになればいいのか。細マッチョだったのか。なにを今さらと思うかもしれないが、目的自体に違和感があった今までよりは、目指すべきゴールが魅力的なだけに、モチベーションを保つことができそうだ。ぼくは細マッチョになろう。

そうと決まれば、行くべきところは決まっている。明治時代からの雑誌が収蔵されている大宅壮一文庫である。無駄な勤勉さで有名なぼくは、まずは細マッチョの歴史について調べることにした。細マッチョという概念を、なんとしても自分のものにしてやるんだ、と意気込んで。

事前にネットで調べたところによると、2009年3月17日に発売されたサントリーの「プロテインウォーター」のCMが、細マッチョの起源だという説がある。中村獅童と松田翔太などの細マッチョ軍団が、ヴァン・マッコイ「ザ・ハッスル」の軽快なリズムにあわせてゴリマッチョ軍団と対峙するという内容である。しかし、この説は正しくないことが、すぐにわかった。

なぜなら、遡ること3か月前、「ターザン」2008年12月24日号で、「細マッチョ」という言葉が使われているからである。ぼくは、本当に冴えている。やっぱり「ターザン」だ。はじめから答えにたどり着いていたのだ。で、そのターザン先生によると、筋トレの肝は、もともとの体型から「なれるカラダ」を目指すことであり、日本人の平均体型なら引き締まったボクサー体型である細マッチョを志向するのがいいそうである。細マッチョは、流行の服をお洒落に着こなせる体型でもあるらしい。ちなみに、太りたくても太れないガリガリ体型の人は、「スキニーマッチョ」を目指すべきだと書かれているが、この言葉はあまり定着していない感じがする。

そして女性週刊誌のグラビアに細マッチョがはじめて登場したのが、「女性セブン」の2009年8月13日号。山ピーこと、当時24歳の山下智久が、細マッチョな上半身の裸体を披露している。また、同誌2009年9月24日号では、亀梨和也が細マッチョとして華麗な肉体を露わにしている。「女性セブン」は、細マッチョがとにかく好きである。

かわったところでは、雑誌「落語ファン倶楽部」2011年1月号で、柳家三三が「落界きっての細マッチョ」として登場し、「ウエストラインの大型化が進む落語界にあって、打ち上げの流れでの夜中のラーメン餃子の高カロリーにも負けず、若い頃からスリムな優男ラインをキープしている稀有な存在」と謎の解説が加えられている。さすがに裸体にはなってはいないけど。

そのほかにも、さまざまな雑誌が細マッチョを特集しているが、その努力が実ったのか、2010年1月27日号の「an an」では、好きな男性の体格ランキングで、細マッチョが堂々の1位となっている。いわく「脱ぐ前は細いから少年ぽい→脱ぐと筋肉質。それがドキッとする」(29歳・事務)なんだそうだ。ちなみに、細マッチョは男性だけのものではなく、「ターザン」2010年9月23日号では、「男も女も細マッチョ!」という特集が組まれていることも、付け加えておきたい。さすがに、ターザン先生は射程が広い。

もうこれで完璧だ。細マッチョについてのすべてがわかった。細マッチョを自分のものにしたも同然である。もはや、細マッチョ博士となったといっても過言ではない。細マッチョを完璧に会得したぼくは、これ以上、健康や姿勢について思い悩むこともないだろう。

と、胸をなでおろしたところで、肝心なことに気がついた。そう、まだトレーニングをしていないのである。ぼくの大っ嫌いな、あの「自分との戦い」という名の苦行を。

しかし、ターザン先生を読んでも、「細マッチョになるには、緩んだ筋肉を鍛える筋トレと、無駄な体脂肪をがんがん燃やす有酸素運動(エアロビクス)がダブルで必要」、忙しい人は筋トレとエアロを合体させた、数種類の筋トレを休みなく続ける「サーキットトレーニング」がオススメ、などと書いてある。ターザン先生は、いつも厳しい。

これでは、結局、トレーニングが続かないではないか。また年末にターザン先生を買って、すぐにやめてしまうの繰り返しになってしまう。そう危惧したぼくは、ネットや書籍を読みあさり、自分にもできそう、かつ細マッチョになれる方法を探すことにした。

ところが、世の中はいつもぼくに冷淡である。細マッチョへの道は険しい。いろいろ試してみたものの、これまでのように続けることが難しいものばかりだ。「細」というスタイリッシュな語感に惑わされていたが、結局は「マッチョ」なのには変わりなく、むしろ「マッチョ」こそが本体なのである。やっぱりサーキットトレーニングなるものをやるしかないのか。そんなことをするくらいなら、今のままでいいやと思ってしまいそうになる。

とにかくやることが多すぎるのだ。自分との戦いが苦手なぼくには、どうしても面倒くさくて継続的にこなすことができない。ただでさえひ弱な体と日々戦って生きているのに、さらに戦えというのか。そんな根性がないならトレーニングなんてするなと言われそうだが、ここで諦めるわけにはいかない。なんとか、自分にあったトレーニングはないものか。

そんな時、見つけたのが「ラクダのポーズ」だった。膝で立ち、体を反り返して両手でかかとを掴むポーズである。調べたところによると、ヨガのポーズの一種だという。サンスクリット語名「ウシュトラ・アーサナ」。神秘的な感じが、妙に心をそそる。

しかも、ある書籍によれば、姿勢改善に効くと書いてあるではないか。そう、姿勢矯正。ぼくが、体を鍛えようと思った動機の一つである。完全につながった。きっと、ぼくはラクダのポーズに出会うために、わざわざ八幡山の大宅文庫まで行ったのである。

そして、なによりもラクダのポーズは、「この動き単体でも姿勢改善に効く」のだそうだ。これならサーキットなんてまどろっこしいものをやる必要がないではないか。無駄な勤勉さで有名なぼくの知識によると、「単体」ということは「すべて」ということである。一はすべてを兼ねる。つまり唯一無二ということであり、これだけやっておけば、きっと細マッチョになれるはず……。

姿見の前に陣取り、ぼくは勇んでラクダのポーズをキメてやったのだった。

鏡には、まさに神秘的な光景が映し出されていた。ぎこちなく反り返り、ぷるぷる震えながらかかとを掴む38歳男性(バツイチ、アルコール依存症の治療中)。横では、普段はおとなしい愛犬ニコルが気が狂ったかのように吠えている。あまりに神秘的な光景に、彼女のなかの野生が目覚めてしまったのだろうか。もしかしたら、ぼくたち人間には見えない、この世ならざるものの存在が見えているのかもしれない。恍惚とした表情を浮かべている。

ぼくも震えが止まらない。思ったよりもつらいが、たしかに手応えがある。全身の筋肉がわななき、細胞にエネルギーが巡っているような気がする。これなら細マッチョも本当に夢ではないかもしれない。ラクダのポーズ、すごい。ぼくは、ついにたどり着いたのである。

唯一の欠点は、どうやったら元の姿勢に戻れるのかわからないということだった。愛犬は、なおも吠え続けている。書籍を見て、戻り方を確認したいものの、ラクダのポーズから動くことができない。ぼくは、このまま一生、ラクダのままなのであろうか。しかし、そこは細マッチョ博士である。とっさの機転をきかせ、横に倒れることで無事に人に戻れた。

あとで書籍を読み返してみたけれど、そこには「戻り方」なんていう気の利いたことは一行も書いていなかった。みんなどうやって戻っているのだろう。当然だが、「脱ぐと筋肉質。それがドキッとする」(29歳・事務)なんてことにはならず、「また怪我されたら大変だから」という妻の至極まっとうな一言で、ラクダのポーズは禁止されてしまったのであった。

ヨガを習ってみようかな、なんて最近では思っている。ヨガも意外と筋肉を使うことだけはわかったので、細マッチョになれるかもしれないし、ヨガをやっている人はみんな姿勢がいい。そんなことを考えながら、また1年の終わりを迎えようとしている。

(宮崎智之 @miyazakid


イベントのお知らせ

11月21日(木)20時〜、下北沢B&Bで開催される稲田豊史さんの新刊「ぼくたちの離婚」(KADOKAWA)刊行記念に、この連載の著者である宮崎智之さんが登壇します。タイトルは「ぼくたちは『いい夫婦の日』をどんなメンタルで迎えればよいのか」。詳細、申し込みは下北沢B&Bのサイトからどうぞ。

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宮崎智之『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』

どうにもしっくりこない人がいる。スーツ姿にリュックで出社するあの人、職場でノンアルコールビールを飲むあの人、恋人を「相方」と呼ぶあの人、休日に仕事メールを送ってくるあの人、彼氏じゃないのに〝彼氏面〟するあの人……。古い常識と新しい常識が入り混じる時代の「ふつう」とは? スッキリとタメになる、現代を生き抜くための必読書。

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宮崎智之

フリーライター。1982年生まれ。東京都出身。地域紙記者、編集プロダクションなどを経てフリーに。日常生活の違和感を綴ったエッセイを、雑誌、Webメディアなどに寄稿している。著書に『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。
Twitter: @miyazakid

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