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オスマン帝国英傑列伝

2019.11.18 更新 ツイート

オスマン帝国は19世紀初頭に滅亡していたかもしれない【マフムト二世(1)】小笠原弘幸

およそ600年という史上まれに見る長期間、繁栄を誇ったイスラムの盟主「オスマン帝国」。前代未聞の大帝国を築いたのはどんな人物たちだったのか。
ベストセラー『オスマン帝国』(中公新書)の著者小笠原弘幸氏がオスマン帝国の傑物10人を考察する新連載。
今回は帝国の危機を救った「大王」マフムト二世を取り上げます。

伝統的な姿で描かれたマフムト二世(ジョン・ヤング画、1815年)
洋装のマフムト二世(作者不詳)

オスマン帝国はいかに近代化したのか

二枚の肖像画がある。

一枚は、ターバンに長衣(カフタン)をまとい、東洋風の意匠が凝らされた玉座に座す人物。立体的な構図に西洋画の影響がみられるものの、モチーフそのものは、オスマン君主の肖像画の伝統にのっとっている。

もう一枚は、洋装に身を包み、西洋風の椅子に腰かけた人物である。頭にかぶるのは、重苦しいターバンではなく、軽快なフェス(トルコ帽)だ。フェスがなければ、彼がヨーロッパの王侯であるといわれても納得するだろう。右手を高く掲げ、その指先は前方を指し示している。
あたかも、オスマン帝国の行く末を導くかのように。

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小笠原弘幸『オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史』

オスマン帝国は1299年頃、イスラム世界の辺境であるアナトリア北西部に誕生した。アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸に跨がる広大な版図を築くまでに発展し、イスラムの盟主として君臨した帝国は、多民族・多宗教の共生を実現させ、1922年まで命脈を保った。王朝の黎明期から、玉座を巡る王子達の争い、ヨーロッパへの進撃、近代化の苦闘、そして滅亡へと至る600年を描き、空前の大帝国の内幕に迫る。

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小笠原弘幸

1974年北海道北見市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、九州大学大学院人文科学研究院イスラム文明学講座准教授。専門は、オスマン帝国史およびトルコ共和国史。著書に『イスラーム世界における王朝起源論の生成と変容――古典期オスマン帝国の系譜伝承をめぐって』(刀水書房、2014年)、『オスマン帝国――繁栄と衰亡の六〇〇年史』(中公新書、2018年)。編著に『トルコ共和国 国民の創成とその変容――アタテュルクとエルドアンのはざまで』(九州大学出版会、2019年)。
 

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