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40歳から何始める?

2019.09.12 更新 ツイート

素っ裸で金色に輝いた白馬の山の忘れられない夏ペヤンヌマキ

40代になって4度目の夏を迎えました。

40歳から前向きに生きていくためにいろんなことに挑戦しよう!とこの連載を始めました。今まで自分が知らなかった世界に飛び込んで、やったことのないことを体験するということは、私にとって何よりも刺激的で楽しいこと。ネガティブをポジティブに転換させる「知恵」、失敗を恐れず思い切って行動する「勇気」。これこそが、これからを生き抜いていく方法なのだと、そう自分を鼓舞して加齢への恐怖を乗り越えようとしました。

しかし、ここ数年の私は先の見えない霧の中を歩いてはしょっちゅうつまずいているような状態でした。気分の浮き沈みが激しく、気力も体力もなくなって何もしたくない日が続いたり、ポジティブなことを書かなくてはという強迫観念に襲われて机の前に向かうのが嫌になったり。そしてこの連載も何度となくお休みしてしまいました。そんな自分はダメ人間だと自分を責めて、益々何もやる気がしなくなって……。不惑の40歳どころか惑いまくりの40歳なのでした。

たぶん自分という人間を心から肯定できていない。どこかで今の自分をみじめだと思っている。自虐ネタはもうダサいと思っているのに、結局自虐しかできない私は何も書けなくなりました。書けなくなってしまうこと、それは私にとって一番の地獄です。私は何のために生きているんだろう。プライベートを切り売りして物を書いてきて、そのプライベートもどんどんなくなり、書きたいこともなくなり、生きている実感がなくなっていたのでした。

今年の頭、そんな自分をなんとか奮い立たせ、今のありのままを描いてみようと、40代の自分と20代の頃の自分を対峙させた『エーデルワイス』という舞台作品を作り上げ、やっと暗いトンネルから抜け出せたような気がしました。しかしまた次のトンネルが待っていました。公演の赤字が生活を逼迫させ、仕事をたくさんしなければならない状態なのに、気力と体力が追いつかない。そんな自分をまた責める日々…。

こんなことを繰り返して、どんどん年だけ取っていって、この先私はひとりでやっていけるのだろうか? もうこの連載の趣旨どころか、ネガティブど真ん中ではないか。そして暑い暑い夏がやってきました。

私には毎年楽しみにしているイベントがあります。それは俳優であり舞踏家の麿赤兒さんが主宰する舞踏カンパニー「大駱駝艦」の白馬村公演を観に行くことです。毎年8月に長野県白馬村の野外ステージで行われるこの公演は、素人の合宿生が全身金粉姿になって、麿さんと大駱駝艦のメンバーと同じ舞台で踊るのです。

4年前に初めて観た時、大自然の中いち生命体としての人間の体からほとばしるエネルギーに圧倒され、金色に輝く合宿生たちの姿に心を揺さぶられました。それから毎年夏は白馬にこの公演を観に行くようになりました。

そして43歳の夏、私は一大決心をしました。

今年は観に行くのではなく、合宿に参加して私自身が金色に輝いてこようと。

 

私も参加してみたいという気持ちは心の片隅にいつもありました。しかしそれを実行するにはかなりのハードルがありました。私にとっての一番のハードルそれは、いくら金粉を塗るとはいえ“実質ほぼ全裸で人前で踊る”ことになるということでした。

体を使って表現することが苦手で人前で踊ったこともない、スタンディングのライブとかに行っても音楽に乗って体を揺らすことすら躊躇してしまうような私が、舞台上で全裸で踊るなんて羞恥プレイにもほどがある。しかもあらゆる部分に脂肪が乗っただらしない中年の肉体です。とても人前で晒せるようなものではありません。興味はあるけど“自分なんかには絶対に無理”とどこかで決めつけていました。

やってみたいと思いながらも勇気がなくて結局やらない。これは私の中で一番かっこ悪いことでした。

それに私には今の自分を劇的に変えたいと強く願う心がありました。今変えないとこの先、生きていけないのではないかという危機感がありました。それくらい切羽詰まっていました。

人前で素っ裸で踊れたら、怖いものは何もなくなるのではないか。白馬の大自然の中で金色に輝けたら、私のこれからの人生も金色に輝くのではないか。そんな気がしてくるのでした。一生のうちで、なかなかできない経験です。やらないで後悔するよりやって後悔したほうがいい。
 
ということで一大決心をした私は、仕事もSNSも一切断ち、白馬での8泊9日の舞踏合宿に参加したのでした。

合宿初日。白馬駅で“大駱駝艦”という文字がでかでかと貼られたボロボロのワゴン車に拾われ、合宿所へ。怪しげな宗教団体の施設へ連行される人たちのように見えてそう、となんだか愉快な気持ちに。

合宿参加者は30名弱。半分は海外の方で、年齢は下は17歳から上は60代まで。高校生、俳優、ダンサー、美術家、映画監督、舞踏好きのフランス人、麿さんのファン、“無になりたくて”参加した人、等々…。年齢も国籍も職業も様々な人たちが共同生活をしながら舞踏を学び、最終日に行われる本番に向かいます。

日々のタイムスケジュールは、朝6時半に起床して、まず宿舎の掃除をする。それから朝食をとって稽古場の体育館まで約20分のランニング。午前中稽古2時間。昼食後、午後の稽古3時間。夕食後、麿さん講義。24時消灯。食事は当番制で、自分が当番の日は、朝イチと稽古の合間に厨房で給食のおばさんのように働きます。加えて公演で使用する衣裳(ツンという股間を隠すTバックみたいなやつ)も自分で手縫いします。かなりやること盛りだくさんです。

合宿所に着き、オリエンテーションが済むと早速運動着に着替えて稽古場までランニング。いきなりきつい。なんとか一度も休まず完走し、息を切らしながら稽古場の体育館に付くと、今度は床の雑巾がけ。これが走るよりきつい。

初日の稽古は、まず基礎の動き。自分の体を、頭のてっぺんを1本の糸で吊るされている空っぽの皮袋だと思ってそこに足の下から水が入ってきては抜けていくのを繰り返すイメージ、全身がタコになったイメージ、背中に重い塊を背負っているイメージ……。とにかくひとつひとつ具体的にイメージしながら体を動かすことが大事、ということでした。これがなかなかできません。いろいろ頭で考えすぎて体がガチガチに固まって動けなくなる。体の力を抜くことが一番難しい。これは普段の私を象徴していると思いました。もっと体の力を抜いて楽な状態でいられたら、もっと自由に動けるのに。早くも壁にぶつかります。

そして、夕食後には待ちに待った麿さんの講義です。「ホモサピエンス20万年の歴史を背負って人類の先端に立っているという気持ちで舞台に立つ」というところからお話は始まります。

ひとつの言葉も逃すまいと真剣に聞いていると、麿さんの話はいろんな方向へ飛んでいき途中何の話をしているのかちんぷんかんぷんになり、今は概念的なことを習う授業なんだと体は油断していたら、突然、「じゃ、やってみて」と麿さん。え、何をやるんですか? 生徒みんなの頭上にハテナマークが浮かびます。が、すぐさま7人ずつ前に出てとにかく、やることになります。何をやればいいのかたぶん誰もわかっていません。でもやるのです。

そこで私は、普段自分がいかに人の目を気にしながら行動しているかを思い知らされました。上手くできなかったらどうしよう、変な動きをして笑われたらどうしよう、そう思ってガチガチに緊張してしまうのです。

でもよくよく考えてみると、ここではどういうものが上手いということになるのか見当もつきませんし、私が変な動きをしたからといって他の人にとってはどうでもいいことであり、人の目を気にして恥ずかしがっていても何の意味もない。何も気にせず思うままにやればいいだけではないか。恥をかいたっていいではないか。

「自意識を取っ払って“無”になりたい」そもそも大駱駝艦の合宿に参加したいと思った理由のひとつにこのことがありました。とはいえ自分の中に長年蓄積された自意識というものは、そう簡単にはなくなりません。必然的に私はこの合宿の1週間をかけて自意識と向き合うことになるのでした。

麿赤兒さんが提唱する「天賦典式」とは、「この世に生まれてきたことを一番の才能とする」という考えです。麿さんはどんなものも否定しません。体もいろんな体があってよい。体はその人の人生を背負っている。それ自体が個性で作品である。だからこんなみっともない体では人前に立てないとか、もっと痩せてからにしようとかそういうみみっちい私の自意識なんてどうでもいいこと。

作家は自分のみみっちい自意識を拡大して物を書いたりします。でも「踊る」には、その自意識をとっぱらって無になることが大切。これを使い分けることができたら自分がどれだけ豊かになるだろう。

ところで、同室になった駱駝艦メンバーのTさんは部屋の出入りの気配を全くさせない人でした。いないと思ってたら、すぐ横の布団だと思っていた塊が寝ているTさんだったり。舞踏手は、空っぽの体にいろんなものを入れるということを繰り返しているから、日常生活から知らず知らずのうちに、人間の気配を消して、物体と同化してしまっているのかもしれません。

稽古二日目、内股が激しく筋肉痛。しかしランニング休みたいと弱音は吐けません。そしてレッスンは早くもフォーメーションを決めての振付に入りました。覚えることが多くて全然ついていけません。立ち位置は身長順で決められたのですが、なんと私は最前列のどセンターに。まじっすか…。全裸で最前列どセンターで踊ることが確定した私は、大勢の観客の前で振付を忘れて真っ白になる全裸の自分を想像して、震え上がりました。本番までに何としてでも振付を完璧に覚えねば。でも膨大な量の振付をいったいどうやったら覚えられるのだろう?

「とにかく何度も繰り返して体に覚えさせるしかない、覚えさせてやっと自由な体を獲得できる」女優の安藤玉恵さんが舞台の稽古時に、言っていたことが脳裏をよぎりました。安藤さんは稽古以外の時間にも「ひとり通し」という、芝居全体の頭から最後まで一人で通してやるというのを日々やっていました。

素人のワークショップ生とはいえ、大駱駝艦の公演に出演するのです。お金を払って観るに値するパフォーマンスをお客さんにお届けしないと。

「何事も必死にならないといけない。必死が人の心を打つ」ここへ来て、女優・安藤玉恵の格言が次々と思い出されるのでした。

この1週間、私はできうる限りの努力をする。少しでもよくなるためなら何でもやってみる。そして、私の自主練の日々が始まりました。

毎朝起床時間の1時間前に起きて、振付を復習する。何度も繰り返し踊り、早朝から汗だくになりました。就寝前にはその日の稽古の動画を見てできてないところをチェック。ちょっとした腕の角度なども修正。苦手意識のある顔の表情も鏡を見ながら毎日練習。獅子舞の顔がなかなかできなくて同室のTさんにコツを教えてもらう。風呂上がりの脱衣所の鏡の前でひとり全裸で踊った。下っ腹のお肉がタプタプ揺れまくっている。

数日後にはこの体を人前で晒すのだ。再びゾッとした。だけどもう後戻りはできない。全裸最前列は確定なのです。少しでもお腹がへこむようにと、いくらお腹が減っていてもご飯はお代わりせず、若い子たちがやってる稽古後のアイスの買い食いもじっと我慢。

家ではなかなかできなかった早起きも、この状況下ではすんなりできました。どれだけ疲れていても毎朝5時には必ず目が覚めるのです。人は絶対に先延ばしにできない明確な目標があると、それに向かって必死になるし、そうすると自然に朝目が覚めるのだということを実感しました。

そうして、振付はなんとか覚えたぞというところまでは到達できたのでした。

ここでそもそもの麿さんの教えに立ち戻ると、“踊り”というのは、自分ではない何かによって踊らせてもらっているということ。だから上手く踊らなければいけないとか考えるのではなく、自分の体を空っぽの皮袋にしてそこに自分ではない別の何かが入ってくるという感覚を身につけること。入ってくるものはシーンごとに次々と変わります。その入ってくるもののイメージを明確に持つことが重要です。だから振付を覚えた後は、ひたすらイメージする作業に入りました。

例えば女だけで踊るシーンは観音様が入ってきたイメージ。それもどんな表情の観音様なのか具体的にイメージするにはネットの画像検索で「観音菩薩」で検索して自分がイメージしやすいものを探すといいですよ、と憧れのベテラン舞踏手Aさんからアドバイスを受ける。そしてなるべく自分の外側もイメージする。

例えば大木になるシーンでは、自分の頭上の何メートルも上、宇宙に向かってそびえ立っているくらいの大きなイメージを持ってやってみる、とか群舞では自分ひとりではなく全員で何を表現しようとしているのかを考えながらやる、とか。演劇にもそのまま通じることをたくさん教えていただきました。
 
必死でやっていると、いつの間にか自意識なんてものはすっかり忘れていました。そうして、あっという間に本番当日を迎えたのでした。
 
いくら万全の体勢で臨んだとはいえ、全裸に金粉を塗った状態で踊るのは本番のただ一回だけです。お腹のお肉はさほど変わらず乗ったままで、もう今のありのままを晒すしかありません。
 
顔に白塗りメイクを施し、ついにツン一丁になり全身に金粉を塗りました。鏡に映った自分はもう誰だかわからないものになっていました。これは私ではない。観音菩薩様が私の体に降臨したのだと思うようにしました。というより自然にそう思えました。

400名ものお客さんで埋め尽くされた白馬の野外会場。

私ではないものになった金色の私は、ステージへ駆け出しました。

白馬の山奥で素っ裸になり金色に輝いた43歳の夏は、一生忘れることはないでしょう。

“自分なんかには絶対に無理”と決めつけていたことに挑戦してみて、できた時の喜びは、想像を越えていました。私はこの喜びを何度も味わうために生きているのかもしれない。それは何歳になってもできることだから。むしろ歳を重ねれば重ねるほど、喜びは大きくなるのかもしれません。さあ、次は何しよう?

憧れの麿赤兒さんと


(お知らせ)
本連載は、電子書籍にまとめる予定です。バックナンバーは、第1回とこの最終回を残し、公開終了とさせていただきます。ご了承ください。発売の詳細についてはあらためてお知らせいたします。どうぞ楽しみにお待ちください!

ペヤンヌマキ『女の数だけ武器がある。』

ブス、地味、存在感がない、女が怖いetc.…。コンプレックスだらけの自分を救ってくれたのは、アダルトビデオの世界だった。働き始めたエロの現場には、地味な女が好きな男もいれば、貧乳に興奮する男もいて、好みはみなバラバラ。弱点は武器にもなるのだ。生きづらい女の道をポジティブに乗り切れ!全女性必読のコンプレックス克服記。

 

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ペヤンヌマキ『女の数だけ武器がある。 たたかえ!ブス魂』

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コメント

富川一人  ペヤンヌさんの連載。こちらまで勇気をもらえるようなステキな記事。 https://t.co/RjwHzkNwjl 5日前 replyretweetfavorite

Momoko Handa  あっぱれすぎるペヤンヌマキさんの勇気と行動力!尊敬!! 幻冬舎plusの連載 https://t.co/jVuDhnIz3O 5日前 replyretweetfavorite

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ペヤンヌマキ

1976年生まれ、長崎県出身。早稲田大学在学中に、劇団「ポツドール」の旗揚げに参加。卒業後はAV制作会社に勤務。現在はフリーの映像ディレクターとしてAVやテレビドラマなどを手がけるほか、演劇ユニット「ブス会*」主宰の劇作家・演出家として幅広く活躍中。著書に『女の数だけ武器がある。』がある。

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